【22】やさしい嘘は罪じゃない。〜プロファイルされなかった主任は、白いソファに崩れ落ちる〜
約三時間のフライトを終えて、ギャレットは空港からヴェイル博士の自宅にタクシーで直行した。
1キロ手前でタクシーを降り、タクシーが視界から完全に消え去るのを待って、ヴェイル博士の一軒家に向かう。
ヴェイル博士の家は、ギャレットが去った時から何ら変わらずに見えた。
しかし、ガレージのシャッターは閉まっていた。
FBIの職員がヴェイル博士の入院中にタイヤを変えて、整えて行ったのだろう。
ギャレットは作戦通りだと、確認する。
そうして、ギャレットがインターフォンを押すと、「今、開けます」と柔らかな声がして、ギャレットは手土産すら買って来ていないことに気づく。
思わず舌打ちしそうになったその時、玄関のドアが開いた。
ギャレットの目に入ったのは、まず、光。
そして、その光が、ヴェイル博士の輪郭そのものだと気づく。
ヴェイル博士がアッシュブロンドのストレートの髪をサラリと揺らし、淡いヴァイオレットグレーの瞳がギャレットを見上げる。
「どうぞ。
お呼び立てして申し訳ありません」
その声はやさしい。
そして、博士の足元のロドンが尻尾を振って、お座りしている。
ヴェイル博士がロドンに向かってにこりと微笑む。
「ローク主任捜査分析官が来てくれたよ!
ロドン!
お昼ごはんにしようか?」
そう言ってキッチンに向かうヴェイル博士の後ろを、ロドンが付いて行く。
すると、ヴェイル博士が楽しげに言った。
「ローク主任捜査分析官、どうぞ、ソファに座って待ってて下さい」
ギャレットは真っ白なソファに座りながら、FAXが撤去されていることを確認する。
これも作戦通り。
だが、ギャレットはそれを確認すると――
なぜだかヴェイル博士の家の中の“暖かさ”から目を離せなくなった。
上品で可愛らしい家具。
そこかしこにある瑞々しい観葉植物と、飾られた美しい花々たち。
網代編みの持ち手付きの丸いカゴに入った、ロドンのおもちゃ。
リビングから見える、色とりどりの花に囲まれた裏庭の芝生の色までも。
NYの自分の部屋の寒々しさがギャレットの胸を刺す。
すると、ヴェイル博士が戻って来た。
博士はギャレットとその対面の位置に、ロイヤルミルクティーを置くと、再びキッチンに戻り、皿を並べると、言った。
「エスプレッソマシーンが壊れてしまって。
ローク主任捜査分析官は、ロイヤルミルクティーはお好きですか?」
ギャレットがやさしく「ええ」と答えると、ヴェイル博士は嬉しそうに笑った。
「良かった!
それとクロワッサンのローストビーフサンドを作ったので、よろしければどうぞ」
ギャレットもフッと笑う。
「ヴェイル博士がお料理を?」
ヴェイル博士は、ちょっぴり膨れた顔をして横を向いて言った。
「だって……クロワッサンを温めて、後は切るだけだから……」
ギャレットは「頂きます」と一言言うと、ヴェイル博士が用意してくれたランチを食べ始めた。
食後、ヴェイル博士はレモングラスのハーブティーを淹れてくれた。
博士はリラックスしている様子だ。
ギャレットが柔らかく切り出す。
「私にお話と言うのは?」
ヴェイル博士が微笑む。
「マーカスは今、シアトルにいます。
ご存知でしたか?」
「ええ。
パソコンを通じてお話しました」
「何を?」
ギャレットはヴェイル博士の目を見て答える。
「それはFBIの案件です。
私は助言を頼まれただけです。
ローウェル課長に直接お聞きください」
ヴェイル博士が俯く。
真っ白な頬にアッシュブロンドの髪がサラリと落ちる。
「マーカスとは話したくなくて」
「なぜですか?」
ヴェイル博士は一度唇を噛むと、消え入るような声で言った。
「マーカスをプロファイルしたくないから」
ギャレットは黙って小さく頷く。
博士が俯いたまま、続ける。
「マイク・ジャコビーが復活したことは知っています。
ジャコビーの資料が見たい。
見せてくれますか?
それとも――
ローク主任捜査分析官のプロファイルを聞かせてもらえますか?」
ギャレットは柔らかな声音で答える。
「では、私からFBI行動分析課に資料を纏めるように伝えます。
博士のパソコンに送らせてもよろしいですか?」
「ええ」
「それでは、少し、外で話して来ます」
「裏庭を使って下さい」
俯いたままのヴェイル博士を残し、ギャレットが裏庭に出る。
美しい裏庭で、ギャレットはヴェイル博士の気持ちが痛い程分かった。
――博士は“予感”している。
マーカスの身に何かあったのかを。
FBIと接触すれば、きっと博士が知りたくなくても、博士には分かってしまう。
そうして、ギャレットは行動分析課にヴェイル博士の要望を伝えると、二つ返事で承諾された。
そして、リビングに戻ろうとして気づく。
ヴェイル博士は自分がローウェル課長と話していることを知っている……!
俺をプロファイルしたのではないのか?
なぜ、資料を欲しがる?
ギャレットが音もなくリビングに戻ると――
博士はロドンを相手に遊んでいた。
真っ白なソファの上で、白地に白い刺繍入りのふわりとしたシャツを着て、アイボリーの七分丈のパンツに裸足姿のヴェイル博士の笑顔は、カーテン越しの淡い太陽の輝きにすら、溶けてしまいそうに儚くも美しい。
ロドンの博士を見る目。
色とりどりのおもちゃ。
ギャレットは掠れた声で、小さく言った。
「ヴェイル博士……私をプロファイルしなかったんですか?」
ヴェイル博士はロドンの頭を撫でながら、ギャレットを見上げる。
「なぜ?
あなたは危険じゃない」
「しかし、私は……」
拳を握りしめるギャレットに、博士が言った。
「あなたの、嘘が、好きよ」
やさしい、甘ったるい声。
ギャレットは立ち尽くし――
ヴェイル博士の淡いヴァイオレットグレーの瞳に、自分が映っているのを見る。
その瞳は、みるみるうちに潤んでいく。
「リアムの最後の手紙を読んで、エレナはそう言っていました。
僕も同じ。
あなたはやさしい嘘をついたかもしれない。
でも、それは危険じゃない。
罪じゃない」
ヴェイル博士はそう言うと、恥ずかしそうに目元を細く白い指先で拭った。
そして、重量など感じていないかのように、ふわっと立ち上がった。
「そろそろ、FBIから資料が届くでしょう。
僕はプロファイルを行います。
あなたは、その結果を、マーカスに伝えてくれますか?
今はまだ――
マーカスと“接触”は出来なくて。
無理なら……」
ヴェイル博士の最後の言葉を待たずに、ギャレットがやさしく言った。
「いえ。
私からローウェル課長にお伝えします。
どうぞ、ごゆっくりプロファイルをなさって下さい。
私はここで、お待ちしています」
ヴェイル博士はにこりと微笑む。
「そんなことを言ってキッチンに立つのでしょう?
ロドン、良い子にしててね」
ロドンが小さく「ワン」と答える。
博士が廊下の向こうに消えて行く。
ギャレットは、直ぐ傍にあるソファへ崩れ落ちるように座った。
胸ポケットを掴みながら。
そして、ギャレットは知ることになる。
ヴェイル博士のプロファイルの凄まじさと、『週末の爆弾魔』マイク・ジャコビーとリアムとの接点を――
こまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
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