【17】金の十字架と砂の城の証。〜リアムの不可解な移動と、FBIへの銃弾〜
ギャレットはヴェイル博士が眠ったのを確認すると、自分の寝室に戻った。
ロドンは博士のベッドサイドで、耳を垂らして座っていた。
パソコンを立ち上げ、『リアム』の情報を纏める。
・刺された青年の名前は『リアム』(名字は今のところ不明)
・エレナ・ウィンスロウとの接点
エレナのマイアミ滞在時の、同じアパートメントの隣の部屋の住人。
アパートメントは、エレナのような上流階級の人物が借りるには、ワンランク下である。
但し、十分にセキュリティは整っており、内装も豪華。
(ボランティア活動における、エレナの合理的判断)
・リアムは職業をエレナに偽っていた(幼馴染の会社名を使用)
本業は不明。
エレナはリアムの嘘の職業を信じていた。
・二人は今年の夏に出会っている。
マイアミでエレナとリアムを含む友人と"レジャー"を楽しんでいた。
・互いに好意を持っていた可能性あり。
・リアムの本来の状況は"悲惨"であった。
そして、ギャレットは最後に付け加えた。
『この情報は、私、ギャレット・ローク、サイラス・クロウ捜査官、ルーカス・ヴォーン捜査官、ヴィクトリア・アッシュ捜査官、ノラ・ペイジ・テクニカルアナリスト、ローレンス・ホイットモア渉外官以外は共有しないこと。
このメールが届き次第、秘匿性の高い新しいフォルダを作成し、記録せよ。
他者に共有された場合は、即座に処分にする』と。
そして、5人に一斉にメールを送ると、ギャレットはノラにだけ、追加のメールを送った。
翌朝。
ギャレットが午前5時に起床し、ヴェイル博士の寝室を覗くと、博士は良く眠っていた。
そして、ギャレットがベッドのサイドテーブルに置いておいた、氷をいっぱい入れていた水が入ったグラスは、1/3程度しか残っていなかった。
――夜中に飲んだのか。
そう思うと、ホッとした。
ロドンがギャレットに駆け寄って来る。
ギャレットは「分かっている」とロドンに言うと、昨夜ヴェイル博士がしていたように、ロドンに水と食事を用意してやった。
ロドンは満足げに食べている。
ギャレットは身支度を整えると、キッチンに立ち、チキンスープを作りながら、アップルソースも同時に作った。
そして、7時半。
ギャレットのスマホが鳴った。
相手はノラだ。
ギャレットが素早く電話に出る。
「俺だ。
どうした?」
ノラが勢い良く話し出す。
「実は、昨夜の主任からのメールの後に、ちょっと探ってみたら、エレナはまだマイアミにいることが分かりました!」
「成る程。
アパートメントは?」
「それはまだ不明ですが、今週末に資金集めのチャリティパーティを開きます!
もう、堂々とボランティア団体のHPのトップページに出ています!
参加費だけで1万ドル!」
ギャレットが鋭い声で言う。
「やはり、彼女はまだ、リアムの死を知らないな。
彼を待つ為に、マイアミに留まる理由を作ったんだ」
その時――
ふわりと風がギャレットの頬を撫でた。
ギャレットが振り返ると、リビングから裏庭に繋がるガラス張りのドアに、白いシルクのガウンの裾が舞っているのが見えた。
ギャレットは一度目を瞑り、決断する。
「ノラ、私は飛行機のチケットが取れ次第、午前中にはバージニアを発つ」
ノラが再び勢い良く言った。
「了解です!
チームに知らせますか?」
「頼む」
「ハイッ!」
そう言って、ノラからの通信がブチッと切れる。
ギャレットは走って、リビングに向かった。
ヴェイル博士は裏庭に立っていた。
裸足で。
色とりどりの花々に囲まれながら、ロドンを裏庭から森へと放してやっている。
博士が振り返り、ギャレットを見て微笑む。
揺れるブルーミストフラワーが、まるで"博士の為にある"ように、ギャレットには見えた。
「昨夜はお世話をお掛けしました。
ありがとうございます。
ローク主任捜査分析官」
ヴェイル博士がはにかみながら言うと――
一匹の蝶が、ブルーミストフラワーに引き寄せられる様に優雅に飛んで来た。
博士の淡いヴァイオレットグレーの瞳が蝶を追う。
朝日に照らされてサラリと揺れるアッシュブロンドの髪。
その刹那――
ギャレットの頭の中で警報が鳴った。
ギャレットはその後、ヴェイル博士にNYに戻らなくてはならなくなったと告げた。
博士はマーカスには自分から連絡をしておきますと言ってくれて、タクシーも呼んでくれた。
タクシーを待つ間、ヴェイル博士はギャレットを見上げてにこりと微笑むと言った。
「手を開いて下さい」
そのやさしく甘ったるい声は、ギャレットの鋼の精神を動かす圧倒的な力を持つ。
ギャレットが手のひらを見せる。
すると、ヴェイル博士が細い金の十字架のネックレスを、ギャレットの手のひらに置いた。
「昨日のお詫びと、今朝の朝食のお礼です。
良かったら。
要らなかったら、引き出しにでも入れておいて下さい」
ギャレットは自分が本気で握ったら、折れてしまいそうな華奢な十字架のネックレスをスーツの胸ポケットに仕舞う。
そして、ギャレットが「ありがとうございます」と告げるのと同時に、タクシーがやって来た。
NY、オーラ本部。
ギャレットが現れた途端、クロウ捜査官とヴォーン捜査官、アッシュ捜査官が会議室に向かう。
もちろん、ホイットモア渉外官も。
ギャレットは自分のデスクの脇に出張バッグを置くと、足早に会議室へと向かった。
いつものように、円卓に三人が座り、ギャレットはスクリーンを背に立つ。
「どうだ?」と一言訊くギャレットに、まず、クロウ捜査官が口を開いた。
「まず、彼の名前が分かったのと、彼が居た場所は突破口になる!
だが、マイアミにリアムが居て、なぜ、バージニア州FBI本部勤めの、ウェルズ特別捜査官の元までわざわざやって来て、自首するんだ?
まず、フロリダ支局に出頭すれば良い。
そこで身柄を保護して貰えば、最悪の事態は避けられたんじゃないか?
あの軍事産業の訳アリ高級アパートメントに身を隠す必要もない!」
「刺した犯人側からすると、リアムをフロリダで見つけられなかった。
だが、リアムの後ろ盾の"偉大なる大物"が、彼を匿っていそうな場所を探したのでは?」とヴォーン捜査官。
ギャレットが「続けろ」と一言。
ヴォーン捜査官が頷くと話し出す。
「リアムがフロリダでグレーな仕事をしていたのは分かる。
もしくは、エレナには到底言えないホワイトな仕事。
それに、エレナが満足して暮らせるアパートメントに住んでいたのも、その後ろ盾が用意してくれたんでしょう。
彼、単独では無理でしょうから。
そして、その後ろ盾の"偉大なる大物"は、リアムをそこまで可愛がっていたが、裏の顔からすると、自分の地元のフロリダで出頭されるのは困る。
だから、あの軍事産業直営高級アパートメントをリアムに貸したのでは?
そこを見つけられた」
すると、アッシュ捜査官が言った。
「でも、それじゃあ、あの砂の城を作る道具はどうなるの?
私がリアムだとして、フロリダで砂の城を作ったのなら、わざわざバージニア州まで持っては来ないわ。
その場で捨てるでしょう」
「捨てられなかった」
ギャレットの厳しい声に、三人がギャレットを見た。
「砂の城はいずれ崩れる。
だから、リアムはその"証"を持っていたかった。
エレナと二度と会えなくなっても、その"証"を手元に置いておきたかった。
きっと、FBIに出頭する時に、持っていくつもりだったんだ」
ギャレットは思わず、胸ポケットを掴みそうになるのを堪える。
その瞬間、スピーカーからノラの声が響いた。
「FBIの行動分析課、マーカス・ローウェル課長がシアトルで撃たれました!
まだ非公開の情報です!
指示を下さい!」
ギャレットのスティールブルーの瞳が、良く磨かれたナイフのようにギラリと光る。
ギャレットは瞬時に決断する。
そして、例え、ヴェイル博士に憎まれても良いと、思いながら――
次なる指示を飛ばしたのだった。
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