【16】マイアミの夏にいたリアム。〜『For me』私のために〜
ギャレットはやさしく言った。
「ヴェイル博士、まず、座りましょう」
ヴェイル博士は小さく頷くと、ソファに座った。
ギャレットは真正面では無く、ヴェイル博士の左側にある一人掛けのソファに座ると言った。
「あの亡くなった青年のファーストネームは『リアム』ですね?
名字を教えてくれませんか?」
「それは……」
ヴェイル博士が長い睫毛を伏せる。
「言えません」
「なぜ?」
ギャレットのやさしい声が続く。
ヴェイル博士はゆっくりと瞼を開けると言った。
「リアムが亡くなる寸前、僕を呼んだ時、僕は彼をプロファイルしたんです。
そして、彼がエレナの為に、砂の城を作ってから、僕を呼んだことが分かりました。
そして今日――
受付にいるあなたを見て、"分かった"。
あなたは、リアムが砂の城を作ったところまでは、突き止めた。
だけど、その先に進めなくて、マーカスと僕を"揺さぶって"情報を得る為に、単身バージニアまで来たことを。
だから、マーカスのオフィスに行ったんです。
あなたが信用出来る人か知りたくて。
でも、頭痛がして仕方なくアスピリンを噛んだ。
そして――
あなたは、今、ここにいる」
ギャレットは本気で自分を殴りたくなった。
そう、ヴェイル博士は同じ空間に立っただけで、自分を"暴いた"。
まだ彼の驚異的なプロファイル方法すら知らないというのに、ノコノコと彼の家まで来たのだ。
ヴェイル博士は、ギャレットの葛藤をまるで気づいていないように続けた。
「でも、マーク……マーカスが窮地に陥るようなことは、言えない。
マーカスはあなたのチームに依頼するしかなかった。
それは理解してくれていますよね?」
「ええ、もちろんです」
ギャレットはやさしく答える。
ギャレットはヴェイル博士を、疑えなかった。
自分もオーラの主任捜査分析官として、彼がこの家に着いてから、自分をプロファイル"していない"ことぐらいは分かっていたからだ。
ヴェイル博士がホッとしたように微笑む。
その瞳に浮かぶ真珠のような涙が、ギャレットの心臓を直撃する。
ヴェイル博士は、悲しげに話し出す。
「でも……この捜査のスピードでは……エレナに知られるのは時間の問題だから……。
あなたに『For L』とヒントを送ったけれど、あなたは気づいていないし……。
だから、あなたに伝えるのは、今日しかないと思ったんです」
ギャレットは、思わず乾いた笑いが出た。
『For L』を直ぐに、ローウェル課長に結び付けた自分の愚かさに。
ヴェイル博士の存在で、目が曇っていたのだ。
ヴェイル博士は、そんなギャレットを不思議そうに見ている。
ギャレットは、またやさしく尋ねる。
「ローウェル課長を、窮地に落とすような真似は絶対にしません。
話せる範囲で、リアムについてお話を聞かせて下さい」
「……ええ……」と、ヴェイル博士は小さな声で言うと、一呼吸置いて話し出した。
「僕はある事件をプロファイルした後に、倒れた。
犯人は逮捕出来たし、マーカスが休暇を取れと言ってくれた。
そうしたら、エレナから連絡が来た」
エレナ・ウィンスロウ――
ギャレットは無表情を貫く。
「『今、マイアミにいるから、ロドンを連れて遊びに来ない?』って。
旅行の手筈も自分がするからと。
それで、マイアミに行って、リアムに初めて会ったんです。
エレナとリアムは……なんて言うのかな……お互いを好きな癖に、それを隠していた。
僕は恋愛はしたことがないから、きっとこれから恋人になるのかな?くらいにしか思っていなかった。
そして、エレナが一時的に借りたアパートメントに招待された。
その時、エレナはマイアミでボランティア活動をしていたので。
彼女は全米を移動してボランティア活動をするから……その時々に合わせて、アパートメントを借りるんです。
担当の仲間たちと合流しやすいように。
でも、エレナならどんな高級アパートメントにも住めるのに、そこは高級というより、ワンランク下でした。
エレナは笑って言っていました。
『ここが一番仕事場に近いし、十分よ』って。
エレナの言う通り、そのアパートメントはセキュリティも整っていたし、十分に"豪華"だった。
そして――
リアムはエレナの隣に住んでいたんです」
「成る程」とギャレットが柔らかく頷く。
ヴェイル博士が、ポツリポツリと語り出す。
「僕たちは花火大会に行ったり、海に行ったり……フロリダを楽しんだ。
ただ、リアムの仕事は不規則だったから、予定を合わせるのが難しかったけど」
ギャレットがやさしく問う。
「リアムの仕事が何か聞きましたか?
例えばお友達とか?」
その刹那――
ヴェイル博士の身体がグラリと揺れた。
ギャレットがサッとヴェイル博士を支える。
ヴェイル博士は――
発熱していた。
ギャレットはヴェイル博士をソファに横たえると、体温計の在り処を聞いた。
ヴェイル博士は37.2度の微熱だった。
ギャレットはまず、自分の客間に戻ると、ブランケットを持って来て、ヴェイル博士に掛けてやった。
それから、ギャレットは青い氷嚢をヴェイル博士の頭に、そっと置く。
ヴェイル博士は瞼を閉じたまま、「……冷たい……気持ちいい……」と掠れた声で言うと、付け加えた。
「あなたがキッチンにいる間に、マーカスからメッセージが来ました。
マーカスは今日は来られないそうです」
ギャレットが素早く自分のスマホを見ると、マーカスから短いメッセージが届いていた。
『済まん!事件だ。私はこれからシアトルに向かう。セオを頼む』と。
視線をヴェイル博士に戻す。
博士はアスピリンを飲もうと――噛もうと――するところだった。
ロドンはソファの脇にきちんと座り、心配そうに博士を見つめている。
ギャレットが柔らかく「待って下さい」と告げる。
ヴェイル博士がぼんやりとギャレットを見上げる。
「水を用意してあります。
氷水では薬は飲みづらいので、水を。
噛まずに水で飲んで」
ヴェイル博士がグラスを見つめて呟く。
「why?」
なぜ?
ギャレットはグラスを差し出し答える。
「For me」
私のために。
ヴェイル博士は半身を起こし、グラスを受け取ると、水でアスピリンを飲んだ。
そして、しっとりと濡れた睫毛を閉じると言った。
「僕はリアムをプロファイルしたくなかった。
でも、僕の脳は、危険を感じ取ると、勝手に動く」
「それは、あなたのせいじゃない」
ギャレットはやさしく、だがキッパリと告げた。
ヴェイル博士が悲しげに続ける。
「リアムは、彼の幼馴染と同じ会社に勤めていると言ったけど――
それは嘘だ。
でも、エレナは信じていたし、僕も信じる振りをした……彼はもう、僕の友達だったから」
ヴェイル博士の閉じた睫毛から、零れ落ちる、涙。
ギャレットはその涙に、動くことが出来ない自分に驚いた。
そして、ヴェイル博士は小さく言った。
「それに、彼はとても、"悲惨"だったから――」
ギャレットはヴェイル博士から聞いた『リアム』の情報を纏め、オーラのチームに送らなくては、と思った。
しかし、彼はまず、ヴェイル博士をブランケットごと抱き上げると、言った。
「博士の寝室はどちらですか?
ベッドで休んで下さい」
「……ありがとうございます……」
ギャレットは博士が揺れないように、細心の注意を払って歩く。
そう、壊れやすい宝物を運ぶように――
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