【13】狩る側の男、狩られる側に立つ。〜その宝物は自分からやって来る〜
ヴェイル博士は、たった3コールで電話に出た。
そして、ギャレットが何も言う隙を与えず、一方的に言った。
「この電話はFBIが精査する権限を持っていますよ。
あなたは元軍人。
大切なことは目で見て確認する方でしょう?」
それだけ言うと、通話は切れた。
まるで駄々っ子をあやすように、ヴェイル博士の声はやさしかった。
ギャレットは立ち上がると、全てのブラインドを開けて、会議室に向かう。
会議室に現れたギャレットに、まずクロウ捜査官が言った。
「もしも、砂の城をあの青年がエレナへの最後のプレゼントに作ったとしたら、『青年とエレナの思い出』か『青年とエレナにしか分からない合図』じゃないかと結論に達した。
主任の意見を聞かせてくれ」
ギャレットは三人を見渡せる位置まで歩くと、答えた。
「その通りだろう。
彼は危険を冒してまで砂の城を作った」
そこで一拍置くと、続けた。
「もしくは――
自分はもう安全だと、過信していた、だ」
「あり得るわ!」とアッシュ捜査官。
「被害者にはありがちな心理よ。
自分は完全に、安全だと思っていた。
そこを不意打ちされたのね!」
ヴォーン捜査官も口を開く。
「それなら――
刺した犯人は、当日の青年の行動を見張っていたのかもしれません。
もしくは、先にあのアパートメントに匿われているのを見つけてから、ずっと周到に見張っていた。
そして、FBIに出頭するのを知った。
そこで、青年が砂の城を作ったのを見たか、記録までした。
スマホの写真でも良い。
それを告げられて、青年は砂の城とエレナに結び付くのを恐れて、"捜査されない方法"で亡くなった」
「そうだな」とギャレットが口を開く。
「まず、今は砂の城は横に置こう。
鑑識の砂の鑑定を待ってからでも、遅くはない。
何故なら、エレナ・ウィンスロウは見ていない可能性の方が高いからだ」
「なぜだ?」とクロウ捜査官が前のめりになる。
ギャレットが低く告げる。
「もし、その砂の城が、『青年とエレナの思い出』か『青年とエレナにしか分からない合図』だとしたら、エレナはとっくに行動を起こしている。
彼女はきっと何も知らない。
幼馴染のウェルズ特別捜査官は、青年との約束を守った。
彼女は青年が『仕事で遠くに行った』と信じているだろう。
今は、な」
アッシュ捜査官がモスグリーンの瞳を見開く。
「それよ……!
青年は『突然、仕事で遠くに行く』ことが出来る仕事に就いていた。
もしくは、エレナにはそう思わせていたんだわ!」
クロウ捜査官も腕組みをすると、頷く。
「きっと、エレナはよく知らない仕事だな!
特命大使の娘で、外科医で、ボランティア活動に熱心なお嬢様には無縁の仕事だろう。
但し、エレナが信用出来るレベルのホワイトな仕事だ。
しかし、そうなると……無数にあるな!」
すると、ヴォーン捜査官が言いづらそうに話し出した。
「あの青年を悪くは言いたくないですが、もし、彼がブラックでもなく、ホワイトでもない、グレーな仕事をしていたとしたら?
エレナにはとても言えない仕事です。
だが、エレナに好意を抱いたから、仕事を偽った。
そうなると、"偉大な大物"との接点も不自然ではない」
ギャレットの鋭い声が響く。
「そうなると、協力者がいた筈だ。
エレナは確かに上流階級のお嬢様だが、馬鹿じゃない。
国境なき医師団で、悲惨な現場でも働いていた医師だ。
名刺一枚偽装したところで、彼女なら見抜く。
そうなると――
ウェルズ特別捜査官も、その協力者に会っている可能性が高い」
アッシュ捜査官が肩を竦める。
「そう!
ウェルズ特別捜査官も、ヴェイル博士もきっと会ってるわ。
でも彼らに聴取することは出来ない。
だから、私たちが青年の最後の足取りをプロファイルしている。
堂々巡りね」
ギャレットのスティールブルーの瞳がギラリと光る。
「いや。
ウェルズ特別捜査官のファイルを見ることが出来る人物からの依頼だ。
聴取出来なくても、ウェルズ特別捜査官の上司は彼より格下だ。
彼に頼もう」
クロウ捜査官が目を丸くして、叫ぶように言った。
「主任……!
まさか……行動分析課のトップを顎で使うつもりか!?
彼はあんたとは違う!
政治家でもあるんだぞ!」
ギャレットの口の端がほんの少し上がる。
「だが、彼は宝物を持っている。
その宝物も、彼を大切に思っていたとしたら?
大切な『L』――ローウェル課長だ。
ヴェイル博士を揺さぶれば、ローウェル課長は絶対に動く。
ヴェイル博士を守る為に、海軍大将の息子のファイルくらいは見る。
但し」
ギャレットが厳しい目をして三人を見渡す。
「俺はマーカスとトップ同士の”セッション”をしたくて、FBIに行く。
これは俺の個人行動だ。
君たちは知らなかった。
いいな?」
そうしてギャレットは単独で、バージニア州に行くことが決まった。
ギャレットがFBI本部の受付を通り、重大犯罪対応群を通り抜けると、マーカスが足早にやって来るのが見えた。
マーカスはアポイントも取らずに現れたギャレットに、眉一つ動かさず、冷静な声音で言った。
「良く来てくれた、ギャレット。
私のオフィスで話そう」
「ええ」
そうして、マーカスのオフィスに入ると、マーカスは扉に鍵を掛け、全てのブラインドを下げた。
そして、立ったままのギャレットを凍り付くような眼差しで見た。
耳が痛くなるような静寂が二人の間を支配する。
先に口を開いたのは――
ギャレットだった。
「突然押しかけて、申し訳ありません。
進展がありましたので、直接お話しようと。
それにご相談したいこともありまして」
「私を欺けるとでも思っているのかね?
ローク主任」
マーカスの声は眼差しと同じように、冷たい。
「電話一本掛けてくれれば良い。
オーラのローク主任捜査分析官が、電話を忘れる?
あり得ない。
君の狙いは何だ?
"資料"ならばもう渡した筈だ」
「彼は、入念に準備していた」
ギャレットの低い声がマーカスのオフィスに響く。
「ここからタクシーで10分の軍事産業の直営高級アパートメントに身を隠し、確実にFBIに出頭するつもりだった。
だが、ローウェル課長。
彼はエレナの為に、出頭する当日に砂の城を公園で作っていたんです。
あなたならどうプロファイルしますか?」
マーカスの眉根が寄る。
「砂の城……?
なぜ?
その公園の場所は?」
「公園は不明です。
砂は残っていました。
今、うちの鑑識が分析中です。
ですが――
きっと、バージニア州のほぼ全ての公園に使われている砂でしょう。
ローウェル課長。
あなたなら、この事実だけで理解出来るでしょう?
我々に与えられた情報は、少な過ぎる。
あの青年は、絶対にウェルズ特別捜査官とヴェイル博士の知り合いだ。
せめて、二人の一ヶ月以内の行動記録を見せて貰えませんか?
必ずあの青年と接触している。
重要な場面で」
マーカスが無表情な顔でギャレットを見る。
「それが無理だから、オーラに頼んだ。
オーラは我々行動分析課とは違う。
現場に直行出来る。
現に君たちはあれだけの情報で、青年の隠れ家、砂の城という不審な行動まで辿り着けたじゃないか。
きっとその先も――」
「無理です」
そうギャレットが答えた時だった。
小さなノックの音がした。
マーカスが「来客中だ!」と声を上げると、ノックの主は消え入るような声で答えた。
「失礼しました。
ではまた後で」
その瞬間――
マーカスが素早くドアに向かい、鍵を開けると同時にドアを開く。
「セオ!
どうした!?」
そう、ヴェイル博士が立っていた。
ヴェイル博士は真っ直ぐにマーカスを見ると言った。
「オーラのローク主任捜査分析官がいらしていると聞いて。
彼に、どうしても聞きたいことがあるんです」
その時、ギャレットは無表情の下で、計画は順調だと確信していた。
だが、狩る側に立ったことしかないギャレットは知らない。
今、この瞬間、自分が狩られる側に立っていることを――
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