【12】砂の城を作っていた青年。〜役立たずの使い捨てスマホを博士が捨てる時〜
オーラの鑑識室の強化ガラスのテーブルの上には――
トートバッグ、手持ち出来るサイズのバケツ二個、そして、やはり手持ちサイズのスコップとヘラとコテ、小さな刷毛が証拠品袋に入って整然と並んでいた。
鑑識室のリーダーが話し出す。
「このトートバッグの中身はこれで全てです。
バケツは同じ物が二つですが、一つは底をくり抜いてあります。
底をくり抜いたバケツは、もしかしたら、このバケツを買った時に、店員に頼んでくり抜いて貰った可能性もあります。
綺麗に丸くくり抜かれているので、こういうことに慣れているのでしょう。
バケツと共にスコップ、ヘラ、コテ、それと刷毛は、水道水で洗われた形跡がありますが、完璧に綺麗にしようとしたのではありませんね。
トートバッグに仕舞う前に、とりあえず水で汚れを落としたのでしょう。
砂が残っていました。
砂は解析中ですが、砂浜の砂とは異なっています。
証拠品は、どれもホームセンターやスーパーで買える量産品で、どこで買われたのかは不明。
ただし、亡くなった青年の指紋が全ての証拠品から出ました。
これは、彼の私物で間違いありません。
それと、指紋の角度からして、彼は何らかの作業をしていたようです」
ギャレットが静かに口を開く。
「その作業は大規模ではないな。
バケツは小さい」
その時、アッシュ捜査官が声を上げた。
「公園……!
公園で何かしてたんじゃないかしら!?」
「なぜだ?」とクロウ捜査官。
アッシュ捜査官がにこりと微笑む。
「うちの子供たち!
6歳と4歳でしょ?
小さい頃、公園でスコップで砂を突いたり、色々と作ったりしていたわ!
4歳の子の方なんて、今も砂場に夢中よ!」
クロウ捜査官がうーんと唸る。
「だがなあ……あの青年の年齢は20代後半から30代前半と言ったところだぞ?
砂場で遊ぶか?
目立つだろう?
子供に混じって砂場なんかに居たら、通報される可能性だってある!」
アッシュ捜査官は一度頷くと、再び言った。
「でも、公園に居たのは確かだわ!
彼の最後の言葉にもあるでしょう?
『あの公園を知られました』
FBIの二人を呼び出して、これをまず、最初に言っている!
彼には”公園”が最も重要なのよ!」
タブレットを叩いていたヴォーン捜査官が、画面を見ながら言う。
「バケツの底をくり抜いた理由が分かりました。
彼はどうやら砂の城を作っていたようです。
砂の城を本格的に作るには、くり抜いたバケツと、そのままのバケツが必要らしいですね。
本格的に砂の城を作るのなら、スコップ、ヘラ、コテ、刷毛を買った理由にもなる」
ギャレットのスティールブルーの瞳がギラリと光る。
「つまり彼は、FBIに出頭する前に、公園で”本格的な砂の城”を作っていたことになる。
彼は慎重に動いていた。
FBIに近い、警備が厳重な高級アパートメントに”偉大な大物”に匿って貰い、確実に、約束通りFBIに出頭出来るように手筈を整えていた。
それなのに――
なぜ、公園で砂の城を作る?
それはリスクでしかない。
そして、そのリスクは現実になった。
公園を知られたが為に、自ら死を選ぶという事実だ」
数秒の間の後に、アッシュ捜査官が静かに言った。
「エレナのためなら?
彼はエレナに恋をしていた。
出頭前に、砂の城をプレゼントしようとしていたのかもしれないわ」
クロウ捜査官が、またうーんと唸ると口を開く。
「だが、じゃあなんで砂の城なんて脆いものを、プレゼントするんだってことになるよな?
子供が蹴飛ばしただけで崩れる!
彼はFBIに逮捕されるか、証人保護プログラムが適用されるかも知れなかったんだぞ?
もっと、形に残る物が良いだろう?
指輪はともかく、ネックレスでもイヤリングでも、ブレスレットでもな!
エレナのような人間なら、値段で判断はしないだろうし!」
「確かに。
砂の城は、最終的には消えてしまいますからね」
そう、ヴォーン捜査官が言った時だった。
ギャレットの目の前を、微かな光が横切った。
それは――
グラスの中できらきらと光る、氷。
『グラスの中の氷が、きらきらと光を反射しているのが見えますか?
この欠片一つ一つに、きらきらと輝く愛情が――』
氷は溶ける。
だが、それを、”愛情”だと認識する人間もいる。
ギャレットの鋭い声が響く。
「ここでプロファイルしていては、鑑識のチームの仕事の邪魔になる。
皆、会議室でこの物証から、あの青年のプロファイルを続けろ。
俺は、オフィスに戻る。
何か掴んだら報告を」
そして、誰の返事を待つことなく――
ギャレットは鑑識室を出て行った。
ギャレットはオフィスに戻ると、いつもは開け放してあるドアに鍵を掛け、オーラの捜査官たちが見える側のブラインドを全て下ろすと、窓のブラインドも全て下ろした。
それから、パソコンで、ホイットモア渉外官からの、自分が不在中の連絡の優先順位を見る。
特に急ぎはないことを確認すると、スマホをデスクに置き、じっと見つめながら考える。
ヴェイル博士にまたメッセージを送るべきか?
しかし、博士は『Lのために』と返して来た。
つまり、あの使い捨てのスマホは、ローウェル課長のために残した通信手段と言うことになる。
だが、この仕事はローウェル課長から依頼された仕事だ。
ローウェル課長は、俺に伝えたいことがあるならば、直接伝えれば、それで済む。
なぜ、博士が、あの使い捨てのスマホで俺と繋がる必要性がある?
それは――博士の献身。
そう、結論付けた瞬間、ギャレットは使い捨てのスマホの番号に電話を掛けていた。
何度かコール音が鳴った後に、「はい!」と声がした。
快活な女性の声だ。
ギャレットは直ぐに相手がFBIのお抱え精神科医、クララ・モリス博士だと、分かった。
「失礼。
オーラのロークです。
どうやら、電話番号を間違えてしまったらしくて」
そう丁寧に告げるギャレットに、モリス博士はフフッと笑って応える。
「間違えていませんわ!
ヴェイル博士にお掛けになったんですわよね?」
ギャレットが静かに「ええ」と答える。
モリス博士は楽しそうに言った。
「どうやら、ヴェイル博士も間違えてこのスマホを、私のオフィスに置いて行ったみたいです!
私のオフィスに顔を出してくれたんですけど、このスマホをね『役立たずだから、処分して欲しい』って言って、私のデスクに置いて講義に行ってしまって。
良かったですわ!
もう少しで処分に出すところでしたから。
ヴェイル博士に届けておきます。
何か急用でしたら伝言をお伝えしましょうか?」
「いいえ。
博士には私から直接連絡を取ります。
お手数をお掛けしました。
モリス博士」
モリス博士は、暗いギャレットのオフィスに、痛みすら伴うような明るさで答える。
「とんでもない!
彼ってああ見えておっちょこちょいなんですの。
ごきげんよう、ローク主任捜査分析官」
「ごきげんよう、モリス博士」
通話が切れると、ギャレットは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、立ったまま、そのままごくごくと飲んだ。
そして、デスクの椅子に凭れると、再びスマホを手にした。
そして、番号をタップする。
その番号は――
ヴェイル博士の”本物の”スマホの番号だった。
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