【11】『For L』――Lのために。〜犯人像と一致しない指紋〜
画面に表示されたのは一言。
『For L』
――Lのために。
ギャレットの頭に即座に浮かんだのは、『Lowell』ローウェル。
FBI行動分析課の課長のマーカス・ローウェルだった。
ギャレットは一気に水を飲み干すと、ガタンと音を立ててグラスをテーブルに置いた。
そして午後。
鑑識チームから報告があった。
指紋を復元出来たのだ。
そして、犯罪者データベースでは引っかからなかったが、データベースの範囲を広げると、銃の登録者としてその指紋の持ち主は見つかった。
名前はブレイク・カーター。
カーター商会という、おもちゃ雑貨の卸売り業者の社長の次男だった。
ノラの声が会議室に響く。
「カーター商会は、バージニア州ノーザンバージニアに本社がある家族経営の優良企業ですね!
まあ、企業と言っても中小企業ですが、赤字を出したことも、税金を滞納したこともありません。
年間売上高は約680万ドル。
従業員数は約80人。
ブレイクは、会社の中では配送の担当をしています。
大型免許の資格を持っていて、自分でも率先しておもちゃの配達をしています。
ジョージ・メイソン大学卒業。
専攻は経済学です!
今は35歳。独身。離婚歴あり!子供はいません!」
「学生時代にトラブルは?」とヴォーン捜査官。
ノラが即答する。
「ありません!
子供の頃から習っているテニスに熱中していて、そちらの活動に熱心ですね!
但し、プロ志向ではなく、趣味の範囲で楽しんでいます。
バージニア州の高校生の大会で3位に入る腕前です!」
ヴォーン捜査官がふうっと息を吐くと、続けた。
「では、大学時代もテニスに熱中していたのか?」
ノラが勢い良く答える。
「その通り!
大学のテニスサークルに入って、全米の大学に遠征したりしています!
楽しそうな写真がいっぱい個人のSNSに溢れています!」
ギャレットの鋭い声が飛ぶ。
「離婚の原因は?
金銭関係のトラブルなどは?」
ノラが一拍置いて答える。
「うわー……!
奥さん、浮気してました!
でも、泥沼の離婚裁判にはなっていません。
双方弁護士を立てて、円満離婚しています。
その際、ブレイクは逆に3万ドル渡していますね!
記録によると、『二度とブレイクの前に現れない』のが条件です!
次に現れた時は接近禁止命令を取るとまで言っています。
金銭関係も――
トラブルは見当たりません。
50万ドル以上の貯蓄もあります!」
「ありがとう、ノラ。
後ほど」
ギャレットの静かな声にノラが「ハイッ!」と答えて、ブチッとスピーカーが切れる。
スクリーンに映るブレイクは――
運転免許証でも、分かるくらいスポーツマンらしい爽やかな印象の男だ。
ヴォーン捜査官が、珍しく苛立った声音で言った。
「このブレイク・カーターはおそらく学生時代にも、薬物にすら手を出していないでしょう。
バージニア州で高校時代に3位の成績を出しているなら、薬物なんて避けて通っているはず。
悪い連中とつるむくらいなら、ブレイクは練習していますよ。
SNSもテニス関連や、カーター家の家族写真で溢れています。
しかも、テニスだけじゃない。
サーフィン、ゴルフ、スキー……本当にスポーツが好きらしい。
離婚した妻は当然SNSから削除されていますが、妻ともテニス関連で出会っている。
留年、休学も無く大学生活を順調に送り、家族経営の為でしょう、経済学部を卒業している。
そして、社長の息子なのに、わざわざ大型免許まで取得し、自分でもハンドルを握る程、熱心に仕事をしているこの男があの青年を刺す?
しかも、強盗を警戒してでしょう、銃の携帯許可証まで持っている。
それなら、なぜ、銃を使わない?
このスポーツマンが、青年の反撃を避けられなかった”手慣れた”犯罪者?
プロファイル像と一致しません」
クロウ捜査官もうーんと腕組みをして言った。
「あの青年のように、その”爽やかスポーツマン”の顔がブレイクの武器だったのか?
だがなあ……彼は社会的地位もあるよな?
金にも困っていない。
個人的な怨恨か?」
ヴォーン捜査官が即座に口を開く。
「ブレイクならば、個人的な怨恨があれば、弁護士を立てて、相手を破滅させるまで追い込むでしょう。
現に妻の浮気での離婚でも、弁護士を立てて解決している。
しかも、3万ドルをポンと出して、今後一切の関係を絶っている。
これはブレイクらしいやり方です。
ですが、あのずさんな青年へのやり口は、彼にはそぐわない」
ギャレットがスピーカーをオンにする。
「ノラ、ブレイクは今何処にいる?」
ノラが即答する。
「ヨーロッパに買い付けに行っています!
青年が亡くなった丁度三日後ですね!」
「成る程。
では、カーター商会の金の流れを徹底的に探れ」
「了解!少しお時間下さい!」と言って、ノラがブチッと通信を切る。
アッシュ捜査官が話し出す。
「こうなると――
あの指紋が出て来たからと言って、ブレイクが犯人だとは断定出来なくなってきたわね。
ブレイクなら、訳アリの高級アパートメントに知り合いがいてもおかしくないわ。
例えばテニス仲間。
それに、ブレイク程活動的なら、好奇心旺盛な性格だということもあり得る。
あの工事現場を覗いてみようとしたかも知れない。
そのアパートメントに住む友達とね。
警備員は笑って済ませるでしょう。
そこで、何か……そうね、転んだりして、思わず手を付いたのかもしれない。
それでどこかを怪我した。
でもブレイクは犯罪者じゃないから、それを放置しておいた、という仮説も成り立つわ」
「確かに」とギャレットが言った時だった。
会議室のスピーカーから、オーラの鑑識チームのリーダーの声がした。
「ローク主任。
あの奇妙な袋の証拠保存完了です。
お手数ですが、鑑識室までお越し願えませんか?
実際に見て頂いた方がよろしいかと」
ギャレットが即答する。
「了解。ではチームと向かう」
そして、ギャレットは自分の横に立つ、ホイットモア渉外官を見た。
「ホイットモア、俺が鑑識にいる間は、君が俺への連絡を全てさばけ。
緊急事項以外はシャットダウンだ」
ホイットモア渉外官が静かに答える。
「お任せ下さい」
そうして、ギャレットを先頭にオーラのメンバー全員が鑑識室に向かう。
ギャレットはエレベーターに乗り込む瞬間――
ふと、心の奥底から湧き出てきた言葉に蓋をする。
『For L』を。
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