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八丈島の断罪王 〜史実の絶望をへし折った転生宇喜多秀家は、大坂の炎の中で最も美しく散るために徳川を蹂躙する〜  作者: さじ
第三章:大坂の陣、華々しき終焉

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第25話(最終話):黄金の残り火、散りて義を成す

最終話(第25話)です。

家康に消えない傷を刻み込み、秀頼たちの脱出路を確保した宇喜多秀家。

押し寄せる数万の徳川軍に対し、彼はたった一人で茶臼山の頂に立ち塞がります。

「豊臣が滅びる」という歴史の正解を知りながら、それを拒絶し、一人の男として生き抜いた転生者の、あまりにも凄絶で、あまりにも美しい最期を描きます。

慶長二十年、五月七日、黄昏。

 大坂の平野を血に染めた夏の陣は、茶臼山ちゃうすやまという一点において、歴史のことわりが崩壊する特異点と化していた。


頂上にただ一人、黄金の陣羽織を翻して立つ男――宇喜多秀家は、押し寄せる数万の敵軍を見下ろしながら、静かに己の鼓動の音を聞いていた。


「……行ったか、全登。……秀頼様を、あの未来の先へ連れて行ってくれ」


俺は、西の堺へと突き進んでいく明石全登や真田信繁たちの後姿を、一瞬だけ振り返って見送った。

 彼らの影が夕陽の残照の中に溶けていくのを確認し、俺は再び、目の前を真っ黒に埋め尽くす徳川の大軍勢へと向き直った。


そこには、主君を傷つけられ、本陣を蹂躙された屈辱に震える、数万の殺意があった。

 松平、井伊、本多、榊原。徳川を支える重鎮たちが、ただ一人の大逆人を葬り去るために、地鳴りのような咆哮を上げて斜面を駆け上がってくる。


「……ふぅ……」


俺は深く、長く、肺の底にある硝煙と血の匂いを吐き出した。

 現代の記憶を持って目覚めたあの朝から、俺はずっと「恐怖」と共にあった。歴史という名の巨大な流れは、俺のような一人の人間が足掻いたところで、何一つ変わらないはずだった。

 だが、俺は抗った。八丈島での十四年間、己の肉体を「歴史を壊すためのくさび」へと変えたのだ。


「……来いよ。歴史の正解がどうあれ、俺の正義はここにある」


――激突。


最初に肉薄してきた十数人の騎馬武者を、俺は抜刀の一閃でまとめてなぎ払った。

 ズバァァンッ!! という、肉と骨が同時に断裂する凄まじい音が響き、周囲に鮮血の霧が舞う。


「な、なんだこの力は……ッ! 槍だ、槍で囲んで突き殺せェッ!!」


前後左右、死角から同時に数十本の槍が繰り出される。

 たった一人の男が十五万の軍勢を足止めするなど、本来なら瞬きする間にすり潰されて終わる。

 だが、極限の死地にあって、俺の脳内は異常なほど研ぎ澄まされていた。かつて現代で培った知識が、この不可能を可能にする『ことわり』を直感として弾き出していたのだ。


「……狭いな、ここは」


茶臼山の頂上は限られている。眼下に十五万がいようと、俺を取り囲んで同時に刃を向けられるのはせいぜい十数人に過ぎない。俺は多人数を相手にする際の定石である「敵の死角」へと血みどろの体を絶え間なく滑り込ませ、最小限の動きで次々と命を刈り取っていく。


さらに、敵の足並みは絶望的に乱れていた。

 家康が深手を負ったことで、本陣の指揮官たちは「目の前の狂鬼を討つ」か「血まみれの主君を後方へ逃がす」かの判断でパニックに陥り、有効な号令を下せていない。俺がここで暴れて敵の目を釘付けにするほど、西へ向かう秀頼様への追手は確実に薄くなる。


そして何より――。


「どうした徳川ッ! さっきまでの勢いはどこへ行ったァッ!!」


俺の口から、歓喜の哄笑が漏れた。

 視界は返り血で真っ赤に染まり、腹を裂かれ、肩の肉が抉り取られている。常人ならとうにショック死しているはずの痛みを、俺は闘争のたきぎに変えて刀を振るい続けた。


銃弾を浴び、肉を抉られながらも笑って肉薄してくる巨大な黄金の修羅。

 その常軌を逸した「死の拒絶」を前に、徳川の将兵たちは『生物としての根源的な恐怖』を完全に刺激されていた。

 「近づけば確実に殺される」「自分が最初の一人にはなりたくない」。

 その伝染する恐怖の連鎖こそが、数万の軍勢の足を竦ませる最も巨大な城壁となっていたのだ。


地形の利、指揮の空白、そして恐怖。

 悠長に理屈を並べている暇などない。そのすべてを、十四年間削り出したこの肉体と狂気で一つに束ね、俺は十五万を押し留める血の関所と化していた。


「鉄砲隊、構えッ! 狙いを定めずともよい、あの男に一斉に放てッ!!」


徳川の指揮官の一人が、もはや自軍の被害を厭わぬ狂気に走った。

 俺の周囲に群がっていた自軍の兵士ごと、百を超える火縄銃の銃口が俺を捕らえる。


――ド、ド、ドォォォォォンッ!!


至近距離から放たれた鉛の嵐が、俺の肉体を情け容赦なく穿った。


「……ぐ、ぅ……ッ!!」


黄金の陣羽織が、蜂の巣のように撃ち抜かれる。

 右肩に二発、腹部に三発、左の太ももに深々と一発。重厚な鉛の衝撃が、俺の肉体を何度も後方へとのけぞらせた。

 だが、俺は倒れなかった。


「……そんなものか、徳川ァッ!!」


俺は口から鮮血を吐き出しながら、自らの太ももに突き刺さっていた槍を強引に引き抜き、それを全力で投擲した。風を切り裂き、その槍は鉄砲隊を指揮していた男の胸板を鎧ごと貫き、地面へと釘付けにした。


「化物か……正真正銘の化物だ……!!」


敵の陣列が、波が引くように退いていく。

 だが、俺の肉体は確実に終わりを迎えつつあった。視界が、ゆっくりと黄金色に霞み始める。


(……あぁ、そうか。……もう、いいんだな)


激闘の最中、俺の脳裏をいくつもの景色が走馬灯のように駆け抜けていった。

 現代で過ごしていた、あの何者でもなかった自分。

 転生し、この世界で目覚めた日の、あの凍てつくような冬の朝。

 八丈島の六畳一間で、俺の背中を見て育った息子の、真っ直ぐな瞳。


そして。

 あの雪の降る夜、黄金の陣羽織を掛けてくれた、小さな、だが誰よりも大きく、温かかったあの人の手。


『――秀家。泥を啜ってでも、生きい。……お前は、わしの宝よ』


「……殿下。……俺、ちゃんと、貴方の宝物になれましたかね」


幻影が浮かんだ。

 夕陽に照らされた戦場の向こう、黄金の光に包まれた秀吉様が、いたずらっ子のような笑みを浮かべてこちらに手を振っている。


「……ハッ。……待たせて、すみません。……すぐ、行きますから」


俺は、最後の一兵を袈裟懸けに切り捨てると、茶臼山の頂のど真ん中で、ボロボロに欠けた愛刀を地面に深く突き立て、ぐっと両足で踏ん張った。


周囲には、俺一人の手によって肉塊に変えられた数百の徳川兵の屍が山を成していた。数万の徳川軍は、もはや近づくことすらできない。


「……宇喜多、秀家……」

「死んでおるのか……? それとも、眠っておるのか……?」

「……笑って、おられる」


徳川の将たちが、武器を握る手を震わせながら畏怖を込めて呟いた。


俺の肉体は、とうの昔に生物的な限界を超えていた。

 全身に三十発を超える弾丸を浴び、血は一滴残らず大地へと流れ尽くしている。だが、俺は膝を屈さなかった。

 正面の茶臼山の下に広がる戦場を、そしてそのはるか西の、秀頼様たちが逃れていった海の方角を見守るように、俺は立ち続けた。

 その顔には、かつての復讐に狂った面影はどこにもなかった。ただ、すべてをやり遂げた一人の男の、この上なく晴れやかで、誇り高い微笑みが刻まれていた。


――慶長二十年、五月七日。

 豊臣の狂犬、宇喜多秀家、茶臼山にて絶命。享年、四十四。


その死は、徳川家康の描いた「完璧な歴史」という設計図を物理的に引き裂き、二百六十年の泰平の礎に、決して拭い去ることのできない恐怖と欠陥を刻み込んだ。



数刻後。

 燃え盛る大坂の街を遠くに、堺の港から一隻の異形の軍船が、静かに夕陽の海へと滑り出した。


「……閣下。……見ていて、ください」


船の甲板で、明石全登は真っ赤に染まった大坂の空に向かって、深く頭を下げた。

 隣には、秀家の命によって救い出された秀頼様と真田信繁が、未来を見据える力強い瞳をして立っていた。


歴史の因果は、あの日、茶臼山で一人の男が流した血によって完全に捻じ曲げられた。

 生き延びた豊臣の血脈は、はるか海の向こうで、新たな「黄金の世」の種を蒔いていく。


現代から来た俺が、この世界で何を残せたのか、それはもう俺には分からない。

 けれど、八丈島の絶海から始まったこの復讐と執念の旅路は、確かに俺という人間の生きた証となった。


大坂の空を照らす初夏の太陽は、あの人の世のように、どこまでも、どこまでも黄金色に輝き続けていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

明日に閑話を2話追加して終了となります。

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 :(´;ω;`):喩え征き着く先が煉獄でも、秀吉に褒め称えられてから逝って欲しい…
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