第21話:夏の陣、燃え残った命の使い道
第21話です。
大坂城の堀は埋められ、いかなる防衛能力も持たない「裸の城」へと成り果てました。
家康の予想通りの裏切りにより再び戦端が開かれる中、籠城という選択肢を失った豊臣軍は、全てを野戦での「家康暗殺」に懸ける決断を下します。
死を前提とした軍議と、燃え残った命を薪とする凄絶な覚悟を描きます。
慶長二十年、四月。
大坂城の桜が散り、青葉が芽吹き始める頃。天下の空は、再び絶望的な戦火の暗雲に覆われようとしていた。
和睦の条件に従い、大坂城の堀は完全に埋め立てられ、強固な石垣を持つ難攻不落の巨城は、ただ平地に建つ「巨大な屋敷」も同然の丸裸にされていた。
そして、徳川家康は当然のように牙を剥いた。
大坂城内に残る牢人たちの存在や、大野治長への襲撃事件などを強引な口実とし、「豊臣方に戦の意志あり」と断定。再び全国の諸大名に号令をかけ、十五万を超える大軍をもって、大坂城を完全に蹂躙すべく進軍を開始したのである。
「……やはり、備前(秀家)の申した通りになったな」
本丸大広間。
かつてのような威光を完全に失ったその場所で、豊臣秀頼様は、静かに、だが確かな覚悟を宿した瞳で居並ぶ将たちを見渡した。
「内府(家康)は、初めから我ら豊臣を生かしておくつもりなどなかったのだ。堀を埋めさせ、牙を抜いた上で、じわじわと嬲り殺しにする腹積もりであったのだろう」
秀頼様の隣に座る淀殿は、もはや涙を流してはいなかった。
極限の恐怖と絶望を通り越した彼女の顔には、死を受け入れた者特有の、能面のような静けさが張り付いている。
「……秀頼。立派に戦い、太閤殿下の子としての意地を、天下にお見せなさい」
「はっ。母上」
下座に控える牢人衆の将たち――真田信繁、後藤又兵衛、毛利勝永、長宗我部盛親らの顔つきも、冬の陣の時とは全く異なっていた。
功名を立てて恩賞を得るという野心は、すでに誰の目にもない。
あるのは、いかにして徳川の兵を一人でも多く道連れにし、武士としての死に花を咲かせるかという、破滅的な決意だけであった。
俺は、その悲壮な空気が充満する広間の末席で、ひとり腕を組み、冷徹に戦の盤面だけを思考していた。
「……備前殿。我らはこれより、どう動くべきか」
秀頼様の問いに、俺はゆっくりと顔を上げた。
「籠城は、物理的に不可能です」
俺は、一切の幻想を排した事実のみを口にした。
「堀のない城など、ただの大きな的に過ぎませぬ。徳川の大軍に包囲されれば、数日で押し潰されます。……我々が取るべき道は一つ。城から打って出て、大坂の南に広がる平野部で敵を迎え撃つ『野戦』のみです」
「野戦……。しかし備前殿、我ら大坂方は五万余り。対する徳川は十五万。平野で真っ向からぶつかれば、数の差で瞬く間にすり潰されようぞ」
後藤又兵衛が、眉間に深い皺を寄せて反論した。
「ええ、まともにぶつかれば、必ず全滅します」
俺は立ち上がり、大広間の中央へと進み出た。
俺の全身から放たれる、八丈島の六畳一間で十四年間濃縮され続けた「死の気配」が、将たちの背筋を凍らせる。
「だからこそ、これは『戦』ではありません。……俺たちがこれより行うのは、五万の兵の命を薪として燃やし、その炎の勢いで、家康の首ただ一つを焼き斬るための『特攻』です」
広間が静まり返る。
俺は、大坂の南に広がる地形図を思い描きながら、将たちに冷酷な死の宣告を下していった。
「敵は、大和口と河内口、そして南の天王寺の方角から、三つの波となって押し寄せてきます。……又兵衛。お前は大和口、道明寺の地へ向かえ」
「道明寺……。敵の先鋒、伊達政宗や水野勝成とぶつかる場所か」
「そうだ」
俺は、又兵衛の目を見据えた。
「お前はそこで、確実に死ぬ」
あまりにも無慈悲なその言葉に、他の将たちが息を呑む。だが、又兵衛自身は、微かに口角を上げて笑った。
「敵の先鋒を足止めし、陣形を崩す。だが、背後からは次々と敵の援軍が湧いてくる。……お前の部隊は、完全に孤立し、伊達の騎馬隊と鉄砲隊の前に挽き肉にされるだろう」
「……ならば、俺の役目はなんだ。ただの捨て石か?」
「『極上の肉の盾』だ」
俺は、一切の感情を交えずに告げた。
「お前が道明寺で死狂いになり、敵の進軍を半日、いや数刻でも遅らせてくれれば、家康の本陣は天王寺の平野で完全に孤立する。……俺と真田左衛門佐が、その薄くなった狸の喉笛に、全火力を叩き込むための時間を買え」
後藤又兵衛は、豪快な猛将として知られる男だ。
個人の武勇を誇りとし、名誉ある討ち死にを望む彼にとって、俺の「時間を稼ぐための肉の盾になれ」という命令は、本来であれば最大の侮辱である。
だが、又兵衛は腹の底から、カハハハッと楽しそうに笑い声を上げた。
「面白い。……武士の誉れもクソもねえ、ただの道具扱いとはな。だが、天下人の首を獲るための極上の盾になれるというのなら、この又兵衛、喜んで地獄への先駆けを務めてやろう」
「大儀だ。……一匹でも多く、道連れにしろ」
俺は又兵衛から視線を外し、次に真田信繁を見た。
「左衛門佐。お前は天王寺口、茶臼山の正面に陣を敷け。……俺は、そのすぐ横に配置につく。俺たちが、この戦の『切っ先』だ」
「承知いたしました。……真田の赤備え、最後の一兵まで、徳川の陣を喰い破るための牙となりましょう」
信繁もまた、自らが死ぬことを微塵も恐れていなかった。
ここにいる誰もが、自分の命がすでに「燃え残った灰」に過ぎないことを理解している。
関ヶ原で、あるいはその後の長き泰平の世で、生きる意味を失い、徳川の天下から弾き出された者たち。
俺たちは皆、この大坂という巨大な火葬場で、最後の命の炎を燃やし尽くすために集まった亡霊なのだ。
「……明石全登」
「はっ、ここに」
広間の入り口に控えていた全登が進み出る。
「地下の隠し蔵に収めた一万の種子島と硝石は、全て平野部へと運び出せ。真田丸という壁を失った以上、俺たちは平野のど真ん中で、自らの肉体を壁にしてあの『連続射撃の機構』を再現しなければならない」
俺は、八丈島の裏側で造り上げた軍船と同じように、いかなる困難な状況でも殺戮を可能にする物理的な手段を講じていた。
「竹束を大量に用意しろ。そして、分厚い木の盾に狭間を開けた『可動式の防壁』を数千枚組ませろ。……野戦において、徳川の騎馬隊が突っ込んできても、決して足を止めるな。盾を並べ、歩きながら弾幕を張り続け、家康の本陣まで物理的にすり潰して進む」
「……御意に。すでに手筈は整っております。児島党の生き残りを核とし、一万の鉄砲隊は、閣下の手足となって火を噴く機構へと仕上がっております」
俺は深く頷き、秀頼様に向かって一礼した。
「秀頼様。……これより先は、修羅の道。我ら将兵の命、いかようにも使い潰させていただきます」
「頼むぞ、備前。……そして、皆の者」
秀頼様は、立ち上がり、広間に居並ぶ将たちに向かって深く頭を下げた。
天下人の血を引く若き君主が、牢人たちに向かって頭を下げる。その光景に、将たちの目から堪えきれない涙が溢れ出した。
「太閤殿下の大恩、この秀頼に代わり、報いてくれること、心より感謝する。……皆の死に様、この目にしかと焼き付けようぞ」
◇
五月五日。
大坂の街を、生暖かい初夏の風が吹き抜けていた。
俺は、大坂城の南、天王寺の平野へと続く道を、一万の鉄砲隊と数千の長槍隊を率いて無言のまま行軍していた。
身に纏うのは、関ヶ原の泥と血を吸い込み、八丈島で潮風に晒されて黒ずんだ、かつての黄金の陣羽織。
手には、俺が島で振り回し続けた鉄の如き流木ではなく、抜き身の打刀が冷たい輝きを放っている。
背後には、住む者を失い、空虚な巨城となり果てた大坂城がそびえ立っていた。
この戦が終われば、あの城も灰燼に帰すだろう。
豊臣の世が完全に終わるのか、それとも、歴史の因果が俺の腕力によって物理的に捻じ曲げられるのか。
「……閣下。道明寺の方角より、激しい銃声と土煙が」
傍らを歩く全登が、東の空を指差した。
後藤又兵衛の部隊が、伊達政宗の軍勢と激突したのだ。
「始まったな。……又兵衛の命が燃え尽きる前に、俺たちは所定の位置につく」
前方には、茶臼山の丘を中心に、地平線を黒く埋め尽くす徳川の大軍勢が陣を構えている。
風に乗って、彼らの軍馬のいななきと、何万という兵士たちの息遣いが、地鳴りのように伝わってくる。
「全軍、歩みを止めるな」
俺は、胸元に隠した秀吉様から賜った黄金の数珠を、服の上から強く握りしめた。
「俺たちの命は、すでに燃えカスだ。だが、その燃えカスがどれほど恐ろしい業火となって狸の喉笛を焼き焦がすか……天下の覇者どもに、身の程を教えてやれ」
一万数千の「宇喜多軍」という名の巨大な死神が、ついに大坂の平野へとその姿を現した。
退路はない。城もない。
あるのは、ただ前方の敵を肉塊に変えながら、一直線に家康の首を目指すという、極めて純粋で、冷酷な殺戮の意思だけだ。
歴史上最も凄惨な野戦、大坂夏の陣の火蓋が、ついに切って落とされた。
※本作における布陣について
史実の夏の陣では、徳川家康公は岡山(御勝山)に本陣を置きましたが、本作ではあえて最前線に近い「茶臼山」へと陣を移しています。
その理由は、八丈島から帰還した宇喜多秀家がもたらした規格外の火力と、平野部を蹂躙する「宇喜多丸」の脅威にあります。想定外の被害に動揺する徳川軍の士気を繋ぎ止めるため、そして豊臣の息の根を確実に止めるべく、家康公自らが前線へ乗り出さざるを得なかった――という独自解釈をとっております。
真田信繁がかつて布陣した因縁の地、茶臼山。
そこへ引きずり出された家康と、執念の牙を剥く秀家。歴史の特異点となった両雄の激突を、ぜひ最後まで見届けていただけますと幸いです。




