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八丈島の断罪王 〜史実の絶望をへし折った転生宇喜多秀家は、大坂の炎の中で最も美しく散るために徳川を蹂躙する〜  作者: さじ
第三章:大坂の陣、華々しき終焉

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第22話:平野を蹂躙する異形、その名は『宇喜多丸』

大坂城の堀をすべて埋められ、圧倒的に不利な野戦を強いられた豊臣方。

徳川十五万の物量による、一方的な蹂躙が始まる――はずでした。


しかし、八丈島から帰還した「初老の狂犬」宇喜多秀家が平野部に展開したのは、戦国の常識を物理的に叩き潰す異形の兵器でした。

現代の軍略(戦車陣・傾斜装甲・戦列歩兵)と、十四年間の怨念、そして児島党の狂気的な忠誠が融合した動く城『宇喜多丸』。


伊達政宗や松平忠直といった歴戦の徳川軍が、理解不能な暴力の前に絶望へと呑み込まれていく蹂躙劇をお楽しみください。

慶長二十年、五月。

 初夏の強い陽射しが照りつける大坂の南、天王寺から阿倍野にかけて広がる平野部は、徳川十五万の軍勢が発するむせ返るような熱気と、馬のいななき、そして無数の旗指物が風にはためく音に支配されていた。


大坂城の堀は冬の陣の和睦によってすべて埋め立てられ、もはや豊臣方に「籠城」という選択肢は残されていない。

 裸同然となった巨大な城から、野戦に討って出てきた豊臣の軍勢。徳川方はそれを圧倒的な物量で幾重にも包囲し、ひたすらに押し潰すだけの、極めて単純な力と力のぶつかり合いになるはずだった。


徳川方の先鋒を務める越前松平軍の主将・松平忠直や、独眼竜の異名をとる伊達政宗の軍勢は、完璧な陣形を敷き、勝利を確信してじりじりと距離を詰めていく。

 だが、彼らの視界の先に現れたのは、槍を構えた足軽の列でも、騎馬武者の集団でもなかった。


「……なん、だあれは。城が……平野を動いているのか?」


伊達の陣から、誰とも知れぬ震える声が漏れた。

 土煙を上げて平野をゆっくりと、しかし不気味なほどの一定の速度で前進してくるのは、幾重にも束ねられた巨大な竹束と、分厚い船板を幾重にも組み合わせた、異形の巨大な防壁の群れであった。


それは車輪で動くような、ただの巨大な盾や荷車ではない。

 防壁の裏側に潜り込んだ数百の屈強な児島党の兵士たちが、極めて統率の取れた低い掛け声に合わせ、文字通り自らの「足」で、その重厚な壁を押し歩いているのだ。

 ズシン、ズシンと、大地を揺らすような重い足音。


動く要塞、『宇喜多丸』。

 その陣形の中心で、黄金の陣羽織を纏った初老の将――宇喜多秀家は、押し寄せる徳川の軍勢を冷徹な目で見据えていた。


(……堀がないなら、自分たちで動く城壁を作ればいい。至極単純な話だ)


秀家は、現代から持ち込んだ己の記憶の引き出しを開け、この戦国時代には存在しない異国の軍略を、戦場という名の現実の泥の上に展開していた。


俺が現代の歴史知識から引きずり出したのは、かつて遠い西欧の歴史に存在した「ワゴン・フォート(戦車陣)」という概念だ。

 十五世紀、フス戦争という異国の宗教戦争において、農民兵たちが考案したとされる無敵の戦術。堅牢な荷車を連結し、動く要塞として精強な重騎兵の突撃を粉砕したあの陣形を、俺は日本の平野部に合わせて最適化した。

 材料は、大坂にいくらでも転がっている木材と、銃弾を絡め取るための大量の青竹だ。


「構えよッ!!」


秀家の怒号にも似た号令と共に、宇喜多丸の前面に開けられた無数の銃眼から、一斉に火縄銃の黒い銃口が突き出された。

 その光景に、歴戦の猛将である伊達政宗が即座に反応した。


「怯むな! 敵は重く鈍重な的ぞ! 騎馬鉄砲隊、撃ちかけよッ!!」


伊達が誇る騎馬鉄砲隊が、猛然と土煙を上げて接近し、先制の一斉射撃を仕掛ける。

 ――ドドドドォォォンッ!!

 無数の鉛玉が空気を切り裂き、宇喜多丸へと降り注いだ。

 通常の竹束や木の盾であれば、貫通して裏側にいる兵士たちを何十人も薙ぎ倒しているはずの威力。


だが。

 カンッ! バキィッ! という鈍い音を響かせ、弾丸のほとんどは分厚い竹束を貫通することなく弾き飛ばされ、あるいは斜め上へと逸れていった。


「な、弾かれただと……!?」


伊達の兵たちが愕然と目を見開く。


(……驚くのも無理はない。平らな木の盾を並べただけの、お前たちのその場しのぎの陣防ぎとは、根本から作りが違うんだ)


秀家が竹束の配置に用いたのは、後世の鋼鉄の兵器に採用される「傾斜装甲」の理であった。

 装甲を垂直ではなく、あえて斜めに傾けて配置する。たったそれだけのことで、銃弾が命中した際の物理的な厚みを何倍にも増し、直撃の威力を斜めへと受け流すことができる。

 木と竹という戦国時代のありふれた素材でありながら、それは現代の力学に裏打ちされた、当時の火縄銃では絶対に抜かれない強固な壁であった。


「撃ちてし止まむッ! 敵は一度撃てば隙ができる! 今なら懐に潜り込めるぞ、かかれェッ!!」


越前松平軍を率いる松平忠直が、功を焦り、火縄銃の装填の隙を突こうと怒号を上げた。

 数万の松平軍が、地鳴りを上げて一斉に宇喜多丸へと殺到する。

 戦国時代の火縄銃の常識。それは、一度撃てば次の弾を込めるまでに致命的な時間がかかること。織田信長が用いたとされる三段撃ちであっても、その隙を完全に無くすことはできない。肉迫して白兵戦に持ち込めば、数の利がある徳川方が圧倒できる。彼らはそう信じて疑わなかった。


だが、彼らは目の前の「狂犬」が、どれほどの異常な執念でこの軍団を鍛え上げたかを知らなかったのだ。


「……撃て」


秀家が無機質に腕を振り下ろす。

 ――ドォォォォンッ!!

 突撃してきた松平軍の最前列が、瞬く間に血煙となって吹き飛んだ。


「ひるむなッ! 次の矢弾が来る前に押し込めッ!」


松平の将兵が屍を乗り越えて突進する。だが。

 ――ドドォォォンッ!!

 息をつく間もなく、二度目の轟音が平野を揺らした。さらに数十の兵が泥の中に倒れ伏す。


「な、ば、馬鹿なッ!? なぜ次がすぐに撃てるッ!」

「前列が倒れたぞ! 退け、一度退けェッ!」


だが、宇喜多丸からの銃撃は止まらない。

 数秒の間隔すら空けず、第三波、第四波、第五波と、およそ戦国の世ではありえない、途切れることのない死の暴風が、徳川の軍勢を容赦なく物理的に削り取っていく。

 平野部は瞬く間に硝煙で真っ白に染まり、松平軍の悲鳴が轟音にかき消されていく。


宇喜多丸の内部。

 そこはもはや、血の通った人間の集団ではなく、殺戮という目的のためだけに稼働する一つの巨大な「絡繰からくり」であった。

 秀家が取り入れたのは、百年以上先の未来、ナポレオンが欧州を席巻する時代に完成する「戦列歩兵」の分業による一斉射撃の理である。


銃を構えて撃つ者、火薬を測り入れる者、弾を込めて火縄を渡す者。銃身が焼き付けば、すぐさま冷やした予備の銃身と交換する者。

 児島党の死兵たちは、一人一丁の銃を持つのではなく、完全に役割を分担し、工場の歯車のように動いていた。

 前の射手が撃ち終わった銃を引き抜くと同時に、背後の装填手から新しい銃を受け取り、再び銃眼に差し込む。

 八丈島から帰還して以来、大坂の地下深くで血反吐を吐くような訓練を繰り返した彼らの動きには、一切の無駄がない。そこには個人の手柄を求める武士の情などは微塵もなく、ただ冷徹に、主君の命のままに、弾幕という名の暴力の壁を前に押し出し続けているのだ。


「……ぐ、あああぁッ! 引け! 引けェェッ!!」

「撃たれるぞ! 逃げろッ!!」


松平軍の陣形が、完全に崩壊した。

 伊達の誇る騎馬隊も、近づくことすらできずに次々と馬ごと蜂の巣にされ、無惨な肉塊となって泥の中に沈んでいく。

 無敵の防御と、途切れない火力。その二つを兼ね備えた『宇喜多丸』という巨大なすり鉢が、徳川十五万の誇りを粉々に砕いていく。


「進め」


秀家の低く重い声が、硝煙の底を這うように響き渡る。

 ズシン、ズシンと、宇喜多丸が死体の山を乗り越え、大地を削りながら前進を再開する。

 その光景は、戦というよりも、圧倒的な天災が平野を蹂躙しているかのようであった。


(……この程度の出血で音を上げるなよ、徳川)


秀家は、分厚い竹束の隙間から、視界の先、はるか前方に敷かれた徳川家康の本陣――茶臼山を見据えた。

 本来なら安全な後方であるはずの岡山(御勝山)ではなく、自ら前線へと進み出て馬印を掲げている老狸の姿が、そこにはっきりと見えた。


(……味方が逃げ出さないように、自ら督戦に出張ってきたか。いい度胸だ)


秀家の初老の顔に、修羅の如き笑みが浮かぶ。


(俺はお前が築く完璧な天下の設計図を、この手で直接叩き壊しに来たんだ。……さあ、その老いた首を洗って待っていろ、家康)


現代の知識という「異国の理」と、十四年間発酵させ続けた「豊臣への狂信」。

 その二つを融合させた黄金の狂犬が、十五万の軍勢を真っ向から切り裂き、因縁の特異点である茶臼山へと、ついにその牙を向けたのであった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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