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八丈島の断罪王 〜史実の絶望をへし折った転生宇喜多秀家は、大坂の炎の中で最も美しく散るために徳川を蹂躙する〜  作者: さじ
第三章:大坂の陣、華々しき終焉

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第20話:偽りの和睦、埋められた堀

第20話です。

真田丸と宇喜多丸の圧倒的な殺戮機構の前に、武力での制圧を諦めた徳川家康。老狸が次に放ったのは、大坂城の最も脆い急所である「女たちの心」をへし折る、陰湿極まりない心理戦でした。

城の防御を失うという絶望的な和睦の条件に対し、豊臣の狂犬が下した冷徹な決断と、その先に見据える本物の地獄を描きます。


慶長十九年十二月。


大坂冬の陣は、真田丸および宇喜多丸における凄惨な防衛戦を経て、完全に膠着状態に陥っていた。


圧倒的な火力の前に数万の死傷者を出し、堀を血の池に変えられた徳川軍は、もはや正面からの突撃を完全に放棄していた。

だが、天下の覇者たる徳川家康は、武力で城が落とせぬと悟るや否や、即座にその老獪ろうかいで陰湿な本性を剥き出しにした。


――ドォォォォォンッ!!


冬の鈍色の空を引き裂くような轟音が、大坂城の奥深くまで響き渡る。

それは、城の南に陣取る徳川の砲兵陣地から放たれた、南蛮渡りの長距離砲(カルバリン砲)の咆哮であった。


しかし、その砲弾が狙うのは、強固な防衛線を敷く俺たちの土塁ではない。

弧を描いて城壁を越えた巨大な鉄の塊は、城の最奥部、淀殿や女中たちが起居する本丸の奥御殿へと正確に降り注いだ。


「ひぃぃぃッ!!」

「お、お逃げくだされ! 淀殿様ァッ!!」


奥御殿から、鼓膜をつんざくような女たちの悲鳴が上がる。


砲弾は天守の屋根を砕き、豪華絢爛な装飾を吹き飛ばし、淀殿の居室のすぐ傍にある柱をへし折って、侍女の数人を無惨な肉塊に変えた。

血と土埃が、豊臣の栄華を象徴する美しい御殿を汚していく。


真田丸の土塁の上からその光景を眺めていた真田信繁が、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。


「……老狸め。外堀の我らを無視し、真っ直ぐに淀君様の御心をへし折りにきおったか。戦場で女子供を恐怖で脅すなど、天下人のすることかッ!」


信繁の義憤は、戦国武将として極めて真っ当なものだ。

だが、俺は硝煙の臭いを肺に吸い込みながら、ただ冷徹に、家康という男の「最適解」を評価していた。


「勝つためには手段を選ばん。それが徳川家康という男だ」


俺は、黄金の陣羽織についた土埃を無造作に払った。


「籠城戦において、最も脆いのは石垣でも堀でもない。『指揮官の心』だ。いくら俺たちがこの外郭で敵の血肉をすり潰そうとも、奥御殿にいる女たちが大筒の恐怖に発狂すれば、この城は内側から崩壊する。……見事な盤面だよ」


俺の予見は、数日を待たずして最悪の形で現実のものとなった。


     ◇


大坂城、本丸大広間。

つい先日まで「徳川を打ち払え」と狂熱に沸いていたその場所は、今や完全な恐慌と絶望の空気に支配されていた。


「……和睦を。直ちに、内府(家康)様と和睦を結ぶのです……ッ!」


上座に座る淀殿は、以前の威厳ある姿からは想像もつかないほどにやつれ果てていた。

度重なる砲撃の恐怖により、彼女の顔面は蝋のように蒼白となり、豪華な打掛うちかけを握りしめる両手は、ガタガタと小刻みに震え続けている。


「母上、なりませぬ!」


豊臣秀頼様が、悲痛な声で立ち上がった。


「今、徳川と和睦を結べば、彼らは必ずやこの城の防衛線を解体するよう要求してまいります! 備前や左衛門佐が命がけで守り抜いた真田丸を捨てることになりましょうぞ!」


下座に控えていた真田信繁も、床に額をこすりつけながら血を吐くように叫んだ。


「秀頼公の仰る通りにござる! 淀君様、どうか御心を強くお持ちくだされ! ここで和睦の条件を飲み、大坂城の堀を埋められれば、我らは丸裸も同然! 次に徳川が牙を剥いた時、我らには戦う術が残されておりませぬ!」


「黙りゃれッ!!」


淀殿の金切り声が、広間に響き渡った。


「このままでは、天守が崩れ落ちる! 秀頼が、太閤殿下の大切な忘れ形見が、無惨な鉄の塊に押し潰されて死んでしまうのですよ!? 堀の一つや二つ、埋めてでも生き延びねば、豊臣の血脈が途絶えてしまうではありませんか!」


もはや、淀殿の耳にはいかなる戦術論も、武士の誇りも届いてはいなかった。

ただ我が子を死の恐怖から遠ざけたいという、母親としての純粋で、そして絶望的に視野の狭い哀願。


大坂城の首脳部である穏健派の家臣たちも、淀殿の恐怖に完全に呑まれ、「和睦やむなし」という空気が広間を支配しつつあった。

後藤又兵衛や毛利勝永といった牢人衆の将たちは、己の死に場所を奪われる口惜しさに唇を噛み切り、血を流している。


俺は、その惨めな光景を、広間の末席から無表情のまま眺めていた。


(……八丈島の六畳一間よりも、ずっと息苦しい空間だ)


俺の脳裏に、十四年間己の狂気を発酵させ続けた、あの潮風の吹きすさぶ狭く薄暗い六畳の牢獄が蘇る。

あの六畳一間で、俺は絶対的な孤独と絶望の中で、徳川を殺すための理知を限界まで研ぎ澄ませた。だからこそわかる。


闘志を失い、恐怖に屈した者が指揮を執る組織は、どれほど巨大な石垣を持とうとも、ただの巨大な棺桶に過ぎないということを。


「……備前殿。貴方からも、淀君様を説得してくだされ!」


信繁が、すがるような目で俺を見た。

豊臣の五大老であり、関ヶ原から蘇った狂犬。彼らは、俺がここで激昂し、和睦を力ずくで破棄させることを期待していた。


だが、俺はゆっくりと立ち上がり、秀頼様と淀殿に向けて、極めて冷淡な声で告げた。


「……和睦を、お受けなされませ」


広間が、水を打ったように静まり返った。


「び、備前殿……!? なにを血迷ったことを!」

「本気で仰っているのか! 貴方が築き上げた、あの絶対的な火力の砦を捨てるというのか!」


牢人衆から非難の怒号が飛ぶ。

だが、俺は彼らを一瞥すらせず、ただ秀頼様だけを見据えた。


「城とは、戦う意志を持つ者が立て籠もってこそ、初めて要塞として機能するものです。……淀殿のお心が折れ、戦う意志を失った今、この大坂城は、もはや我々にとって何の役にも立たない『ただの足枷』に成り果てました」


俺のあまりにも直截で、容赦のない言葉に、淀殿がビクッと肩を震わせた。


「堀を埋めろというのなら、好きに埋めさせればよい。真田丸も宇喜多丸も、くれてやればよいのです。……俺は、あの老狸を殺すためだけにここへ戻った。この巨大な石の壁にすがりついて、無様に寿命を延ばすために帰ってきたわけではない」


俺は愛刀の鯉口をカチャリと鳴らし、広間の者たちを睥睨へいげいした。


「秀頼様。……この和睦は、家康の罠です。奴は堀を埋め尽くしたのち、遠からず必ず難癖をつけ、再び大軍でこの城を完全に潰しにきます。……ですが、それは同時に、俺たちにとっての『最高の好機』でもある」


「好機、だと……?」


秀頼様が、俺の放つ底知れぬ狂気に魅入られたように問い返した。


「左様。城壁があるから、俺たちはこの場所に縛り付けられていた。……だが、堀が埋まり、壁がなくなればどうなるか。もはや籠城など不可能。次の戦いは、大坂の広大な平野部を舞台にした、完全に逃げ場のない『野戦』となります」


俺の口角が、凄まじい殺意を孕んで吊り上がった。


「野戦となれば、徳川の大軍も陣形を広げざるを得ない。家康の首を守る盾は、必然的に薄くなる。……俺たちの一万の鉄砲と、死を恐れぬ死兵たちを、大平野の只中で一点に集中させ、一直線にあの老狸の喉笛へ突き立てる。……城の防衛という枷が外れた時こそ、俺たち狂犬は、本当の牙を剥くことができるのです」


俺の常軌を逸した「死兵の論理」に、広間の誰もが息を呑んだ。


俺は最初から、この大坂城を守り抜くことなど考えていなかったのだ。

冬の陣で敵の兵力を削り、老狸の油断を誘う。そして城を裸にされた上で、全てを捨てた最後の突撃によって、家康の命だけを物理的に道連れにする。

それが、八丈島から俺が持ち込んだ、最終にして最悪の復讐の筋書きであった。


「……和睦を進めよ。そして、徳川の陣方どもに、せいぜい汗水垂らして堀を埋めさせてやれ。奴らは、自分たちの墓穴をならしていることに気づいていないのだから」


     ◇


慶長二十年、一月。


和睦が成立し、大坂城の周囲では、徳川方の数万の作業員たちが、蟻の群れのように群がって堀の埋め立てを行っていた。

総堀、二の丸の堀、そして俺たちが血泥に塗れて守り抜いた真田丸の深い空堀も、次々と土砂によって無惨に埋められていく。


俺が構築した鉄と鉛の機構「宇喜多丸」の雛壇も、幕府の役人たちの監視の下、木組みを解体されてただの木材の山へと変わっていった。


「……閣下。よろしかったのですか。我らの血と汗の結晶が、斯様に無惨に……」


解体作業を遠巻きに眺めながら、明石全登が血の滲むほど拳を握りしめて呟いた。


「構わん。あの程度の足場、また野戦で組めばいいだけのこと」


俺は、冷たい冬風に吹かれながら、極めて穏やかな顔で土砂が埋まっていく堀を見下ろしていた。


「それよりも全登、種子島一万丁と弾薬は、全て地下の隠し蔵へ移したな。……徳川の検使には、旧式の使えなくなった筒を数百丁ほど差し出して誤魔化しておけ」

「はっ。全て、閣下のご指示通りに。……野戦において、再びあの『途切れることのない弾幕』を大平野で展開する準備は、地下にて着々と進めております」

「重畳」


俺は、土砂によって完全に平坦な土に覆い尽くされた大坂城の南方を、満足げに見渡した。


家康は今頃、江戸への帰途につきながら、己の謀略が完璧に成功したとほくそ笑んでいるだろう。大坂城を丸裸にし、もはや豊臣の命脈は風前の灯火であると。

だが、その油断こそが、俺が十四年間待ち望んでいた「老狸の急所」だ。


城壁という檻が壊されたことで、俺たちという名の災厄は、ついに大坂の平野へと完全に解解き放たれたのだ。


「春が過ぎ、夏が来る頃。……必ず、家康は再び兵を挙げる」


俺は、黄金の陣羽織を翻し、本丸の地下深く――死兵たちが息を潜める巨大な暗闇へと歩みを進めた。


「その時が、俺たちの本当の反逆の終わりだ。……全登、児島党の生き残りと牢人どもに伝えよ。命を捨てる覚悟を決めろ。俺たちは、次の戦いで、歴史の因果ごと家康の首を物理的に刎ね飛ばす」


大坂冬の陣は、偽りの和睦という名の薄氷の上に、一時的な終結を見た。

だが、それは全てを焼き尽くす「夏の陣」に向けた、地獄の釜の蓋が閉まる直前の、極めて恐ろしく、狂気に満ちた静寂に過ぎなかったのである。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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