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八丈島の断罪王 〜史実の絶望をへし折った転生宇喜多秀家は、大坂の炎の中で最も美しく散るために徳川を蹂躙する〜  作者: さじ
第二章:絶海、六畳の墓標

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第15話:真田の密使、枷を外す刻

第15話です。

第二章「絶海、六畳の墓標」の最終話となります。

天下が再び戦火に包まれるという確報を携え、絶海の孤島に密かに上陸した真田の密使。

その報せを聞いた主人公は、十四年に及ぶ流人としての「枷」を自らの手で物理的に破壊し、ついに狂犬としての正体を島全体に顕にさせます。

血塗られた反逆の狼煙のろしをお楽しみください。

慶長十九年、晩秋。

 八丈島を分厚い雨雲が覆い、海鳴りが地底からの怨嗟のように響き渡る嵐の夜だった。


 俺が病床に伏せっていると信じ込んでいる幕府の役人たちは、早々に代官所に引きこもり、戸板を固く閉ざして酒盛りを始めている。

 そんな荒れ狂う風雨を衝いて、島の裏側の入り江から、次郎吉が一人の見知らぬ男を六畳一間の小屋へと案内してきた。


「……備前様。海賊衆の船が、本土から一人の客人をお連れしやした。どうしても、備前様に直接お耳に入れたい儀があると……」


 次郎吉に促され、ずぶ濡れのみのを脱いだ男は、土間に片膝をつき、深く頭を垂れた。

 武士ではない。その足運びの無音さ、極限まで気配を殺した呼吸の深さ。暗殺や諜報を生業とする、いわゆる「草の者」の類であることは一目で知れた。


「……面を上げよ。何者の使いだ」


 俺が暗がりの中で低い声を掛けると、男は鋭い眼光を床に向けたまま、静かに口を開いた。


それがしは、九度山に蟄居ちっきょしておりました、真田左衛門佐さえもんのすけ信繁様にお仕えする者にござる」


 真田、信繁。

 後世において「真田幸村」としてその名を天下に轟かせる、日本一のつわもの

 俺の口元に、自然と獰猛な笑みが浮かんだ。


「左衛門佐か。……あの男もまた、関ヶ原で西軍につき、紀州の山奥で長い雌伏の時を過ごしていたはず。それが、なぜ絶海の孤島にいる俺の元へ使いをよこした」

「はっ。我が主君、左衛門佐様は、すでに九度山を脱出し、秀頼公の召喚に応じて大坂城へ入城を果たされました。現在、大坂には徳川に一泡吹かせんとする牢人衆が十万近く集結し、戦の気配が満ち満ちております」


 密使の男は、息を殺して言葉を継いだ。


「内府(家康)は、諸大名に号令をかけ、総勢二十万を超える大軍をもって、近く大坂城を完全包囲する手はず。……左衛門佐様は、大坂城の南に巨大な出丸でまるを築き、徳川の軍勢を真っ向から迎え撃つ腹積もりにござる」

「出丸……『真田丸』か」


 俺の呟きに、密使はわずかに肩を震わせた。己の主君の極秘の軍略を、なぜこの絶海の流人がすでに知っているのかと驚愕したのだろう。

 だが、俺には歴史のことわりが全て見えている。家康の狙いも、真田の戦術も、全ては俺の脳内にある盤面の上での出来事だ。


「左衛門佐様より、備前中納言様への伝言にござる。『関ヶ原にて、小早川や福島を圧倒的な火力で蹂躙し、内府の喉笛まであと一歩に迫ったあの狂気が、このまま海の底で朽ち果てるはずがない。……もし生きているのなら、大坂へ来られよ。死地は、我らが用意する』と」


 俺は立ち上がり、六畳一間の天井を仰ぎ見た。

 真田信繁。あの男は、戦国という時代の終焉にあって、最後に残った本物の「戦術家」だ。

 俺がこの島で死を待つ哀れな流人などではなく、復讐の炎を煮えたぎらせていることを、遠く離れた九度山の地から正確に読み取っていたのだ。大坂城という絶対的な防衛拠点に、俺の指揮する「鉄と鉛の飽和攻撃」が加われば、徳川二十万といえども容易には落ちないと計算している。


「……次郎吉」

「は、はいッ!」


 俺は、視線を床の間の隅――粗末なむしろで隠してある床下へと向けた。


「あの『荷』を出せ」


 次郎吉が慌てて床板を外し、油紙に厳重に包まれた細長い包みと、黒漆塗りの箱を引きずり出してきた。

 妻・豪姫が、数年前に前田家の密船に託して送り届けてきた、俺の魂の半身である。

 包みを解くと、中から現れたのは、かつて関ヶ原で振るったものと同じ、いや、それ以上に鍛え抜かれた業物わざものの打刀。そして箱の中には、黄金の糸で『』の字が刺繍された、宇喜多家の本陣旗が折り畳まれていた。


 俺は打刀を手に取り、鯉口を切った。

 冷たく青白い刀身が、行灯あんどんの微かな光を反射して、六畳一間の空間に絶対的な殺意を撒き散らす。


「真田の使者よ。左衛門佐に伝えよ」


 俺は、刀を鞘に納め、帯に深く差した。

 十四年間、粗末な麻布しか纏っていなかった俺の腰に、戦国武将としての確かな「重み」が戻った瞬間だった。


「宇喜多秀家は、これより島を出る。大坂の土を踏み、あの老狸の首を物理的に刎ね飛ばすためにな」

「……おおッ! 左衛門佐様も、さぞお喜びになりましょう!」

「だが、その前に片付けねばならん『ゴミ』がある」


 俺は六畳一間の戸を蹴り開け、吹き荒れる嵐の闇夜へと足を踏み出した。


 島を出る以上、幕府が遣わした監視役の役人どもを生かしておくわけにはいかない。

 奴らが江戸へ「宇喜多が逃亡した」と早船を出せば、海上封鎖が敷かれ、俺の造り上げた軍船といえども無駄な消耗を強いられることになる。

 俺が本土へ上陸するその日まで、この島からの情報は完全に遮断されなければならない。

 すなわち、代官所にいる幕府の役人二十余名を、一匹残らず「廃棄処理」する必要がある。


「次郎吉。海賊衆に伝えよ。船を出す準備をしろ。……俺は、代官所の掃除を済ませてくる」

「び、備前様! お一人で向かわれるおつもりですか!? 相手は二十人、しかも鉄砲も備えておりやす! あっしらも加勢を……」

「不要だ」


 俺は、嵐の雨を全身に浴びながら、修羅のように凄惨な笑みを浮かべた。


「ただの準備運動だ。初老を迎えたこの身体が、十四年前と同じように『動く』かどうか……狸の首を獲る前の、ちょうどいい試し斬りだ」


     ◇


 島の平地にある代官所は、周囲を頑強な木柵で囲まれていた。

 吹き荒れる嵐の中、見張りの役人も立っておらず、建物の中からはいびきと、微かな酒の匂いが漏れ出している。

 流人が反乱を起こすなど、微塵も警戒していない平和ボケの極みである。


 俺は音もなく木柵を乗り越え、母屋の縁側に降り立った。

 雨音に己の足音を完全に同調させ、気配を無に帰す。

 雨戸の隙間から中を覗き込むと、広間には十数人の役人が雑魚寝しており、奥の座敷では、俺を嘲笑していた代官が遊女を侍らせて高いびきをかいていた。


 俺は、帯から抜いた打刀の切っ先を、雨戸の隙間に静かに差し込み、かんぬきを音もなく斬り落とした。


 スパーンッ!


 障子を蹴り破り、俺は一瞬にして広間の中心へと躍り出た。

 突然の侵入者と、吹き込んできた嵐の冷気に、寝ていた役人たちが目を覚まして鈍く身じろぎする。


「な、なんだ……!? 貴様、何者……」


 男が言葉を発し終えるより早く、俺の刃がその首を横薙ぎに刎ね飛ばした。

 血柱が天井まで噴き上がり、生温かい鮮血が周囲の役人たちの顔に降り注ぐ。


「ひぃッ!? て、敵襲ゥッ!!」


 ようやく事態を飲み込んだ役人たちが、慌てて刀を抜こうと這いずる。

 だが、遅すぎる。

 俺は、関ヶ原の泥濘で培った、無駄の一切ない最適化された殺戮の歩法で広間を滑るように動き回った。

 右から斬りかかってきた男の小手を刃で弾き落とし、そのまま反転して左にいた男の心臓を正確に突き刺す。抜くと同時に柄で背後の男の顔面を粉砕し、倒れ込んだ隙に喉笛を踏み潰す。

 一切の感情の昂りはない。

 怒りも、憎しみもない。

 大坂という本命の死地へ向かうための、ただの無機質な障害物の排除。

 俺は、四十半ばという年齢を感じさせない圧倒的な膂力りょりょくと速度で、わずか数分の間に十数名の役人を完全なる肉塊へと変えていた。


「な、何事だッ! この騒ぎは……ヒッ!?」


 奥の座敷から、刀を引きずりながら転がり出てきた代官が、広間の惨状を見て腰を抜かした。

 血の海と化した畳の中央。

 返り血で赤黒く染まった俺が、静かに刀の血を振り落としている姿を見て、代官の顔から一瞬にして血の気が引いた。


「び、備前……お前、病で床に伏せっていたのでは……! な、なぜ、お前のような病人が、これほどの……」

「病? ああ、そういえばそうだったな」


 俺は、血塗れの顔で代官を見下ろし、極めて冷酷に笑った。


「幕府への報告書にはそう書いておけ。宇喜多秀家は病死し、島には誰もいなくなった、とな」

「ま、待て! 命だけは……! 私を殺せば、江戸の内府様が黙っておらんぞ! 島ごと火の海にされるぞ!」

「それがどうした」


 俺は代官の胸倉を掴み上げ、その震える顔面に己の顔を近づけた。

 俺の全身から放たれる、十四年間発酵させ続けた純度百パーセントの死と狂気の匂いが、代官の精神を完全に破壊した。


「俺はこれから、その内府の首を刎ねに大坂へ行くのだ。……島が燃えようが、天下がどうなろうが知ったことか。俺の目的はただ一つ、あの狸を殺し、豊臣の因果を取り戻すことだけだ」


「ひ、あぁぁぁッ……!!」


 代官が失禁し、泡を吹いて絶叫した瞬間。

 俺は容赦なく刃を振り下ろし、その脳天から顎までを真っ二つに叩き割った。

 ぐちゃりという不快な音と共に、幕府の監視という名の「枷」は、物理的にこの世から消滅した。


     ◇


 夜明け。

 嵐が過ぎ去り、東の空から白々と夜が明け始めた頃。

 血の匂いが充満する代官所の前に、島の庄屋である次郎吉や、海賊衆の男たちが集まっていた。

 彼らは、たった一人で幕府の役人を皆殺しにした俺の姿を畏怖の目で見つめ、誰一人として言葉を発することができない。


「……終わったぞ、次郎吉」


 俺は、代官所の井戸の水で刀の血を洗い流しながら、静かに告げた。


「船は出せるか」

「は、ははッ! 荒波も収まり、風は本土へ向かって順風にござんす! いつでも出立の号令を!」


 俺は刀を鞘に納め、次郎吉から受け取った長い竿に、ある布を括り付けた。

 そして、代官所の最も高い屋根の上に飛び乗り、風に向かってその竿を力強く突き立てた。


 バサァァァッ!!


 朝の海風を受け、十四年ぶりに天下の空に翻ったのは、黄金の糸で刺繍された宇喜多家の『児』の字の陣旗であった。

 関ヶ原の泥に塗れ、一度は地に落ちたはずのその旗が、絶海の孤島から、徳川の天下に向けて明確な反逆の意志を示してはためいている。


「よく聞け、お前たち!!」


 俺の咆哮が、波音を圧して島全体に響き渡った。


「十四年の泥水を啜る日々は終わった! 俺たちはこれより、黒潮を越え、大坂の地へ上陸する! 狙うは徳川家康の首、ただ一つ!!」

「オォォォォォォッ!!」


 海賊衆と島の男たちから、地鳴りのような勝鬨かちどきが上がった。

 彼らの目にも、俺が伝染させた途方もない狂気と、天下をひっくり返すという熱病のような歓喜が宿っている。


「錨を上げろ! 帆を張れ! 豊臣の亡霊が蘇ったことを、あの老狸の脳髄に叩き込んでやる!」


 絶海に設えられた六畳一間の墓標から、ついに怪物が解き放たれた。

 歴史の因果を物理的に喰い破るための、異形の軍船が黒潮を切り裂き、本土を目指して進み始める。

 目指すは、戦火の煙が立ち上る大坂。

 第一章の関ヶ原から十四年の時を経て、俺たちの「本当の復讐」が、今ここに幕を開けたのであった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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