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長谷川植物研究所日誌  作者: 空色
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カメオの行方⑤

 

 ──数日後




 相馬の言った通り、藤子の父であり、現清川家当主清川藤吾がやって来た。清川家の家令や執事といったところだろうが、老齢の使用人も一緒だ。要件は勿論、藤子の縁談についてである。

 長谷川は藤吾に応接用の椅子を勧めると緊張

 の面持ちで自分も彼の前に座った。


 ──ああ、何を言われるのだろうか。


 内心大荒れではあるものの、できる限り表情を出さないように心掛ける。

 研究所内を軽く見渡してから、腰を下ろした彼は少し窶れてはいるものの、背筋を伸ばし堂々たる佇まいである。向き合う長谷川の方も気が引き締まる。


「──娘が迷惑をかけたようだな。そこについては詫びよう」


 開口一番に藤吾が口にしたのは、謝罪の言葉だった。


「い、いえ、滅相も御座いません」


 長谷川も慌てて頭を下げた。名家の当主に頭を下げられるなど早々機会もない、胃が縮む思いである。僅かに盗み見た彼の表情は少し疲れている様だった。


 ──寧ろ、俺に迷惑をかけているのは相馬なんだが。


 訂正したい気持ちで一杯だが、言うとややこしくなりそうなので何とか堪えた。

 沈黙が異様に長く感じられ長谷川は視線を泳がせる。藤吾は長谷川に決して詫びに来たわけではないだろう。


「──だが、もし、娘の縁談が破断になるような事があれば、貴殿にも相応の責任をとって頂く。心にとめておけ」


 沈黙の後、彼はそう言うとあっさりと帰って行った。その姿を見送る長谷川には「責任」の2文字が重くのしかかる。


 ──責任とは? どう責任を取れと?


 長谷川は遠い目をした。

 ただ日がな一日研究所に詰めている男に何ができるというのだろうか。

 不意に、にこやかに笑う容姿端麗な男の姿が頭を過り、長谷川は無性に腹立たしくなった。




 ◇◇◇




 ──数カ月後



 季節は初夏も過ぎ去り、夏真っ只中。世知に疎い長谷川の耳に清川家が持ち直したという報せが届いた。


 ──ああ、縁談が上手く纏まったんだな。


 長谷川は短絡的にそう考え、ほっと胸を撫でおろしていたのだ。

 その為、清川藤吾と藤子の二人揃っての来訪には顎が外れる程驚いた。


「──き、清川様? 今日はどのようなご用件で?」


 驚きのあまり呆然と立ち尽くす長谷川に親子は顔を見合わせている。


「おや、相馬君から聞いていないかね? 先触れは出していたのだが?」

「い、いえ」

「行き違いになってしまったのだろうか?」


 首を傾げる藤吾の手前顔には何とか出さなかったが、その相馬のせいだろうという事は直ぐに気が付いた。なんて心臓に悪い冗談だろうか。


 ──相馬め! 彼奴態と教えなかったな!


 此処にはいない男に内心で握り拳を作った。


「──今日来たのは、()()()()()()件だ」

「は、破談!!?」


 応接用の椅子に二人を案内し、茶を出していた長谷川は思わず大声を上げてしまった。長谷川には死刑宣告に近いが、その割に二人の顔が明るいのが気になる。


「おや、その件も知らなかったのかね?」


 当の藤吾は不思議そうだ。長谷川は全く知らなかったが、どうやら市中でも噂にはなっていた様だ。


「実のところ、元々藤子の縁談には不安が無かったわけではない」


 何でも、藤子の縁談相手は余り良い噂が無かったらしい。たが、家を存続させるために相手方からの申し出を受けたらしい。


「君のおかげだ」


 突然そう言われ、長谷川は顔を上げる。長谷川は感謝されるような事は何もしていない。


「長谷川様は私に両親に相談する様に進言して下さいましたわ」

「わ、私は、縁談を先延ばしにできないか相談するように申し上げただけですが……」

「ああ。だが、君は別の方法も取れただろう? 盗まれていなかったとする事も出来た筈だ」


 ──その手があったか……!


 長谷川は目の覚める思いだ。


「おかげで私は藤子の気持ちを知る事が出来たし、一世一代の賭けに出る決心もついた」

「え?」


 ──俺の知らないところでそんな決心をつけないで頂きたい!


「では、清川家が持ち直したというのは……?」

「新しく起こした事業が軌道にのったんだ」


 藤吾の顔には「それも知らなかったのか?」と明らかに書かれていたが、長谷川は視線を泳がせるしかなかった。


「だから、娘の藤子を無理に嫁がせる必要がなくなった」

「じゃあ」

「私、女学院をやめなくて良くなりましたの!」


 長谷川が藤子を見ると彼女は憂いが晴れて眩い程の笑みを浮かべている。長谷川も嬉しくなる。


「それは良かったですね」


 素直にそう思った。散々な思いをしたが、この笑顔を見られただけで役得だろう。


「いやはや、相馬君は本当に優秀な()()()雇っているようだ」

「え?」


 藤吾の言葉に一瞬にして長谷川の笑顔が凍り付いた。


「九条院家の奥方も大層褒めていらしたよ」


 嫌な汗が背中を伝う。


「いえ! それは──」

「──申し訳ありません、清川様! 少々立て込んでおりまして、遅れてしまいました!」


 長谷川が訂正しようとした時、ガラっと扉を開ける音がして、背広(スーツ)に身を包んだ相馬が現れた。


 ──こいつ!!


 長谷川は内心で再び握り拳を作った。




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