カメオの行方③
──翌日
長谷川が予想していたよりも早く藤子は芳乃と婆やを連れて『長谷川植物研究所』を訪れていた。
──思ったよりも早いかったな。
正直なところ、長谷川はもっと先になるかと踏んでいたのだ。
「──お嬢様、早速研究所にいらして下さったという事は、何かお話になりたい事があったのですよね」
長谷川は3人にお茶を出しながら、藤子に尋ねた。彼女はこくりと頷いたものの、言い出しにくいのか中々口を開かない。横で厳しい顔をしている婆やを気にしているのだろう。長谷川は少し考えてからこう切り出した。
「──お嬢様、もしかしたら、カメオの行方が分かったかも知れません」
「え?」
「嘘!?」
「何ですって!?」
3人が三様の表情を浮かべている。困惑、歓喜、猜疑の顔だ。長谷川は3人が口を開かぬ前に素早く口を開いた。
「ですので! 最後の確認の為、お嬢様に幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」
藤子は「ええ」と困惑気味に頷いた。
「では、まず1つ目の質問です」
長谷川は指を一本伸ばした。
「お嬢様の部屋は、お嬢様が帰宅された時、既に荒らされていたのですよね? 棚はどんな状態でしたか?」
「棚ですか? 棚の物は全て落とされて部屋に散乱していましたわ」
「小瓶もですか?」
「こ、小瓶ですか? 小瓶も落とされていました」
「わかりました。ありがとうございます」
困惑する藤子に礼を言い、質問を続ける。
「続いて、2つ目の質問です」
そう言って、長谷川は2本目の指を伸ばした。
「窓はどうなっていましたか?」
「窓は……」
「窓は閉まっておりました」
この質問に答えたのは、婆やだ。痺れを切らしたのだろう。
「成る程。では、3つ目の質問です」
長谷川は3本目の指を伸ばした。
「普段とは違う事は起こりましたか?」
「いえ、特には」
「何もありませんでしたよ」
これには藤子と婆やは同時に答えた。
「こんな質問をして本当にカメオの在り処は分かったのですか?」
厳しい眼差しで婆やは長谷川を見た。「はい」と長谷川は頷くと、藤子に向き直った。
「カメオは………お嬢様の部屋の小瓶の中にあるのではありませんか?」
その瞬間、「ええ!!?」と芳乃の大絶叫が室内に木霊する。婆やは眦を吊り上げて長谷川を睨んだ。当人である藤子だけは顔を俯かせた。
「……はい」
少し間があって彼女は頷いた。
「えっ、そんな!?」
「藤子お嬢様!?」
芳乃と婆やが勢い良く藤子の方を振り返った。
「お嬢様つかぬ事をお伺いします。その、とても失礼な事とは思うのですが……」
長谷川は婆やの方をちらりと見てから、腹を決めて口を開いた。
「この婚姻に乗り気ではないのではありませんか?」
「何て事を仰るのですか!!?」
婆やは顔を真っ赤にして怒りを顕にした。ただ、藤子の方は、一瞬目を見張ったものの何処かほっとしている様だった。
──当たりか。
正直なところ全く嬉しくはない。この婚姻には家の存続が掛かっているのだ。それが「嫌だ」など、藤子自身も言えなかったのだろう。
「──何というか、女性は大変ですね」
素直な感想が長谷川の口からぽろりと溢れた。「しまった」と思うが、既に遅し。3人の女性に凝視されていた。
──視線が痛い。
長谷川は視線を彷徨わせた。
「──長谷川様は変わってらっしゃるのですね」
長谷川の様子に藤子がくすりと笑う。
「結婚はいずれはしなければならないと思っているのです。ですが……」
「藤子さん?」
芳乃が心配そうに藤子を見る。
「私、女学院に卒業まで通いたいのです」
藤子は掠れた声で告げた。
──お嬢様は今16、7歳ってところか。結婚すれば、自動的に学院を退学することになる。どうせ後1年か2年だってのに……。
学生の間に結婚して退学するご令嬢は、別に珍しい話ではなかった。
──どうしたものか……。
長谷川は眉間に皺を寄せた。名家の子息でも令嬢でもない長谷川には縁のない話だ。どうするのが適切なのか分からなかった。
──どうせ、駄目元だ。
そう思い切り、口を開いた。
「その、相手の方はお嬢様の事を気に入ってらっしゃるのですよね?」
「当然です!」
婆やがやや食い気味で答えた。ふんと鼻を鳴らす彼女は自身の仕える令嬢が、如何に素晴らしい娘であるか自信があるようだ。
「なら、相手の方に待って頂く様に頼む事は出来ないのですか?」
「そんな事は出来ません!」
藤子はぶんぶんと勢い良く首を左右に振った。家の事情がある以上そう簡単にはいかないのだろうという事は長谷川にも分かっている。けれど、聞かずにはいられなかった。「訊ねた事は?」と聞いた長谷川に藤子はこれまた「とんでもない」と首を左右に振った。
「なら、ご両親に卒業まで通いたいと伝えてみるのはいかがでしょうか?」
「えっ」
長谷川の提案に藤子は大きく目を見開いた。
「難しいでしょう。しかし、何もせず、未練を残すくらいなら、そう告げてみるのが良いのではないでしょうか?」
「逆に結婚を急かされる危険もある」とは、敢えて言わなかった。
「もし、このまま結婚してしまえば、二度と学院には戻れません。それに、カメオが見つかれば、何方にせよ話さざる負えないでしょう。良い機会なのではありませんか?」
藤子は考え込み口を噤んでしまった。
「──藤子お嬢様、力不足ではありますが、この婆や、旦那様と奥様に口添え致しましょう」
婆やが長谷川に向けていた厳しい表情を収め、優しい声で藤子に言った。
「え、婆や。でも……」
虚耐える藤子に婆やは優しく語りかける。
「別にお嬢様は破談にしたい訳では無いのですよね」
「ええ、勿論よ! 家の存続がかかっているのですもの」
「なら安心です。お嬢様は素晴らしい淑女でいらっしゃいますから、1年や2年、相手を待たせたところで問題ありません! 寧ろ、待たせるくらいが丁度良いのです」
「婆や!」
婆やが悪戯っぽく微笑むと、藤子は涙で目を潤ませた。
「私も何か出来る事があれば手伝うわ!」
「芳乃さんも! ありがとう!!」
芳乃も藤子の手を握り、力強く言った。
その後、話は纏まった3人は長谷川に礼を言って帰って言った。
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