8.
「ちょっと困ったね」
とさほど困っていなさそうな口調と表情で、稲穂先生が言った。
むしろがっくりと肩を落とし、困りきっているのは中等部2年a組の生徒たちである。
文化祭の初日が終わって、麻井芙弥也が発案したメイド喫茶は惨敗だった。
喫茶店に改装した教室で、反省会の真っ最中である。
半分に仕切った教室で、寄せた机に、赤と白のチェックのテーブルクロスを敷き、あちこちをレースやフリルで飾っている。
内装は悪くない。
食べ物も飲み物も、麻井芙弥也がこだわったので、けっこう高めのコーヒーや紅茶、焼き菓子を仕入れてきた。
問題なのは。
「頑張ったっスけどねえ」
野太い声でメイドたちが言った。
次々と、声変わりをした太い声が頑張った頑張った、と慰めあっている。
まだメイド服のままで、クラスメイトですら、正視できる姿ではない。
はあっと、クラス委員長兼会計担当の、浅葉檸檬がこめかみに指をあて、ため息ついた。
なぜだかメイド志願者が、いかつい、体育会系の生徒たちばかりだった。
それと。
「そうだよ、ぼくたち頑張ったよ。
でもなぜかお客さんが逃げていくんだ」
真剣な顔そのもので、麻井芙弥也がきっぱりと言った。
うーん、と微妙な、いやーな空気が流れる。
麻井芙弥也自身は小柄だし、顔も可愛い。
ただし。
メイド服の上に、なにやら少女戦隊ものの服も来て、ネコ耳とウサギ耳をつけ、でかいリボンもつけ、天使の輪っかもつけ、羽もつけ、なにやら魔女っ子のスティックか何かを持っている。
(どうして誰も何も言わないのだろう)
(っていうか、早く誰か教えてあげたら)
という視線ばかりが、麻井芙弥也の周囲で行きかうのだが、肝心の当人はその気まずい空気をまったく感知していない。
こうして、中二aのメイド喫茶はお化け屋敷以上に怖い、と評判が立った。
怖いもの見たさの生徒とか、つきあいや義理で入口まではそこそこ人が来てくれるのだが、過剰に(というかキ○ガイのように)着飾った麻井芙弥也がハイテンションで、
「もえもえびぃむ」
とかハートのスティックを振り回したとたん、一目散に生徒も教師も逃げ出した。
とりのこされた芙弥也はきょとんとして目をぱちくりさせ、芙弥也なりに反省をしたのか考えたのか、次の客にはさらに過剰に呪文を唱える……といった悪循環になっていた。
ばん、と音を立てて、浅葉檸檬が帳簿を閉じた。
「赤字だけは、やめよう」
みんな頷く。
そりゃあ、だれだって赤字は嫌だ。
「計算してみた。
そのためには明日、ざっと500人は来てもらわなきゃダメだ」
ほえー、へー、そうなんだ、と感嘆の声が上がる。
天川忍はおもわず考え込んでしまった。
「500人ってかなり厳しくない?
クレマティスの全生徒で600人じゃない」
山奥の学校の学園祭だから、来場者はほとんどが身内である。教職員や卒業生を合わせても、訪れるのは1000人弱。
き、と浅葉檸檬が顔を上げた。
「そう。
そのくらい厳しいの。だから天川もちゃんと参加してよ」
「え、でも……。
ぼく、こんなのできないし、ぼく、無理……」
忍はぼそぼそと反論した。
メイド服を実際に見た瞬間、これは着れない、と全身で拒否ってしまった。
おまけに芙弥也が教えてくれた呪文も、忍の感性ではついていけるものではなく、今日一日、誰が何と言おうと裏方に貼りつき、メイド服も着なければ接客もしなかった。
だから、正直なところ、肩身が狭い。
けれど、忍ひとりがメイド服を着たところで、この状況がそんな簡単に変わるとも思えない。
「そういえば、明日は理事長が来られるとか言っていた。
楽しみにしているみたいだったけど」
のんびりと稲穂先生が言った。
「え、理事長が」
忍だけでなく、クラスメイトがざわめく。
みんな、綺麗で優しい理事長のことは大好きだ。
「あのう、スティックはおかしいと思います」
おずおずとひとりの生徒が手を挙げ、ついに言った。
次々に、戦隊服はいらない、もう少し似合う生徒を投入しよう、呪文を見直そう、と提案が出てくる。
浅葉檸檬は要領よく板書をし、まとめていく。
スティックにはじまり、ミミやら輪っか、羽をとりあげられた麻井芙弥也はかなり不満そうだ。
「あとは……やっぱり、天川くんがやってくれないと」
「うん。
天川くんに校内宣伝して回ってもらうとか」
「チラシ配る?」
「写真とかどう」
檸檬はこっくりとうなずき、鋭い視線を忍に向けた。
「え、でも、ぼく」
嫌だ嫌だ嫌だ。
忍にできるとは思えない。
でも、せっかく理事長が来てくれるのに。
それに赤字はまずい。
頭の中がぐるぐる回り、葛藤する。
「わ、わかった……」
忍は折れた。
歓声が上がる。
浅葉檸檬はうなずき、パソコンを開いた。
「じゃあ、これ見て覚えておいて。
今日ずっと暇だったから、メイド喫茶って何なんだか分析してたんだ。
いろいろキャラクターの傾向と対策をまとめた。
呪文って、何パターンかあるんだ。
天川によさそうなの、ダウンロードしてあるから」
「う、うん」
忍は細い髪をいじりながら、しぶしぶ頷いた。
浅葉くんて、ものすごく頭がいいのに。
なんかいつも向いている方向が間違っている気がする。
「メイドはこの前の健康診断の結果から、身長の低い順、体重の軽い順に選出しなおそう。
それと絶対領域はハズしちゃいけないんだって」
「てなに?」
「ミニスカートとソックスのあいだの、生のふともも」
「絶対、いやぁっ」
忍は絶叫した。
芙弥也が忍の手をがしっと握る。
「天川。
ぼくもつきあうから、ふたりでこの過酷な環境に耐えて、勝ってみせようっ。
浅葉を見返してやるんだっ」
芙弥也が片手で忍を抱き、片手をつきだしてポーズを決めると、おおおおっ、とどよめきが起きる。
浅葉檸檬がため息をこらえて、ぴくぴくとこめかみを痙攣させている。
どちらかというと、忍の心情や思考はいつも檸檬に近い。
ぜったいに、麻井芙弥也とは別。
同じだったことはない。
(どうしよう?)
檸檬に視線で訴えると、ぴっぴと手を振る。
とりあえず、赤字脱出のため、芙弥也をのせとけということらしい。
はあああああ。
忍は深く深くため息をついた。




