9.
翌朝。
腹をくくった忍がメイド服を着てクラスメイトの前に出ると、どよめきが起きた。
「うわあ、かっわいい」
「というか綺麗」
「やっぱり、似合うよね」
露出を極力避けるため、黒の長そでのメイド服に白いフリルのエプロンをつけた。
髪飾りもしろいレース。
スカート丈は超ミニで、見えてもいい(?)という下着をブリーフの上につけている。
黒の膝上ハイソックスを履き、浅葉檸檬の命令にしたがって、絶対領域の部分だけしろくて細い、生足を見せている。
胸にはパッドを入れて、ブラジャーをつけている。
「そ、そうかなあ?」
忍はもじもじとスカートの裾を引っ張った。
足がすーすーして頼りないと言うか、落ち着かない。
「天川、腹をくくれ」
メイド服姿で、腕組みをして浅葉檸檬が言った。
責任感の強いクラス委員長兼会計担当は、自分がクラスで2番目に低いからとメイドになると決めた。
もともと小柄で華奢で、顔立ちは女の子みたいだから似合っていると言えば似合っているが、生真面目な仏頂面である。
檸檬の調査によると、メイドには色々なキャラクターがあって、「ツンデレ」というのはこれでいいらしい。
「ねえ、これ、地味じゃない」
シンプルなメイド服の、超ミニなスカートの裾をはねあげて、麻井芙弥也はくるりと回転をした。
昨日とは比べ物にはならないマシな姿だが、当人的には不満らしい。
「ないないない」
「よーく似合っている」
「すっごく可愛いし」
「そうそう、すっごく可愛い。麻井くん、可愛いよね」
クラスメイトから口ぐちに褒められ、根がお調子者の芙弥也は、えへ、本当? とすぐに上機嫌になった。
他のメイドたちも、今日は小柄で、華奢な子ばかり。
浅葉檸檬がそれぞれの性格に合ったキャラクターを選び出して、一夜漬けでセリフも叩きこまされた。
傾向と対策はばっちりだ。
「本当に浅葉くんて頭がいいのに、方向がなんか違っているよね。もったいない」
思わず忍が言うと、
「ぼく、赤字って大っきらいだから」
顔をずいとよせて、檸檬はきっぱり言い、
「じゃ、みんな、作戦通り。
いいね」
とクラスメイトにむかって声を張り上げると、おーっとときの声が応えた。
作戦A
とにかく昨日の「お化け屋敷より怖い」という汚名を返上しなくてはいけない。
そのためには校内可愛いコPR作戦である。
アニメ絵が得意なオタクが可愛いメイドのプラカードをつくり、それを忍が持つ。
昨夜つくったビラを配るのは芙弥也ともうひとり、愛嬌が良くて元気なコだ。
それで校内を一周する。
作戦B
可愛い声、第一声作戦。
とにかく喫茶店に入らせないといけない。
だから、覗きに来たりしたとき、まだ声変わり前の生徒を集めて、
「お帰りなさい、ご主人さまぁ」
といっせいに呼びかける。
それで昨日のように、店の前まできた客を逃がすコトはぐんと減るはず。
作戦C
高いものを頼ませよう作戦。
現実にクレマティスの規模で、500人の客なんてのは無理である。
ということは、ひとりの客に、なるべく高いものを頼ませなきゃいけない。
アンリ・シャルパンティエのフィナンシェ、ダロワイヨのマカロン、レオニダスのチョコレートをテーブルに並べて、稲穂先生に延々と美味しそうに食べ続けてもらう。
これで完璧、とクラス委員長兼会計担当兼メイド兼作戦指揮官の浅葉檸檬はいう。
檸檬自身はすべてを統括するため、喫茶店にはりつき指示を下したり、場合によってはメイドをしたりする。
そんなにうまくいくかしら、と忍は半信半疑だけど、ここまできたらやらないわけにはいかない。
なるべくプラカードに隠れるようにして、おそるおそる喫茶店から外へ出た。
人通りが多いのは、校舎内より校庭。
模擬店とかが並んだり、ステージでなんかのコンテストやライブ、イベントをやっている周辺である。
「こんにちはぁ、ご主人さまぁ」
明るい芙弥也の声に、生徒たちがいっせいに振り返る。
「中2aの教室でメイド喫茶やっていまぁす。
ご主人さま、来てくださいねっ」
芙弥也が右に左に、前後左右に分身したようにうごきまわって、ビラを配ってまわる。
「へーっ、可愛いじゃん」
「あれ、お化け屋敷より怖いと聞いたけど」
「えー、でもこのコら滅茶苦茶可愛いくない?」
「でも、ウチの生徒だからオトコだろだろ」
わらわらと生徒たちがよってきて、忍のスカートを覗き込んだりする。
「きゃぁっ」
思わず忍はスカートの裾を押さえた。
「うわぁ、マジ可愛い」
「キミ、この喫茶店に居るの」
上級生たちに囲まれて忍がオロオロしていると、すかさず芙弥也が全身でわって入った。
「もっちろーん。
後で来てね、もえもえ」
芙弥也がハートマークを作って右へ左へふりふりしてポーズを決めると、先輩たちはでれーっとなった。
性格を知らなければ、芙弥也はものすごく可愛い少年なのだ。
「行く行く、絶対行く。
待ってろよ」
こんな調子で校内を一周して喫茶店に戻ると、すでに満員になっていた。
教室の外まで行列ができている。
席が足りなくなったから、さくら役の稲穂先生も解放されて、うろうろ、食器を下げるのを手伝ったりしている。
会計をやっている浅葉檸檬と目がばっちりあった。ぐっと親指をつきたてる。
好調のようだ。
うわぁっとざわめきが起きた。
理事長が入口に立っている。
忍と約束したとおりに来てくれたらしい。
美しい貌に、にこっと無邪気な笑顔を浮かべる。
「うーん、すごい盛況ですね。
これはやはり並ばないといけませんよね」
惚けた口調で理事長が言うと、いえいえいえいえ、理事長はどうか先に行ってください、並んでた生徒たちが口々に言う。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
理事長が先頭に並ぶと、喫茶店内にいた生徒が飲みかけのジュースを吹き出し、あわてて席を立ちあがった。
「ど、どうぞ」
と席を譲って後ずさっていく。
「ありがとうございます」
理事長が笑顔でお礼を言うと、生徒たちはかっと真っ赤に照れてもごもごとなにやら呟き、逃げ去っていった。
「理事長、お忙しいところわざわざご足労いただき申し訳ありません。こちらのお席へ」
と稲穂先生が案内しようとすると、架奏恭一郎は眉根をひそめた。
「忍くんは? 忍くんがメイドをするというから、楽しみにやってきたのに」
入り口で突っ立ったまま、中に入ろうとしない。
仕切った黒幕の裏から様子を見ていた忍は、あわてて飛び出した。
「理事長、じゃなくて、その、お帰りなさいませ、ご主人さま」
言ってみたものの、あまりに恥ずかしくて顔を上げられない。両手でスカートの裾をぴっと下にひっぱって、もじもじする。
架奏恭一郎はでれっとまなじりを下げた。
「うわあ、やはり可愛いですねえ。
会食断って来たかいありました。ええと、どうすればいいんですか」
「えええっ? いいんですか、断っちゃって」
「いいんですよ、お爺さんたちばかりだし、つまらない話だし。
学園の文化祭の方がよほど大事ですから」
理事長はいろいろな事業を経営している実業家で、しかも財界にはそうとうに顔のきく実力者らしいと噂を聞いたことがある。
本当にいいのかな、理事長がいいと言っているならいいのかな、と思いながら席に案内する。
メニューを広げると、忍の知っているメニューではなかった。
妙に見やすくなって、メイド姿の萌えキャラがあちこちに書かれている。
スペシャルセット、写真付きなんていうのがいきなり加わっている。
「写真付きってなんでしょう?」
理事長に聞かれても、忍自身が知らないのだから答えられない。
忍がうろたえていると、すっと浅葉檸檬が近づいてきた。
「スペシャルセットをオーダーしていただくと、ご指名のメイドの写真がおまけでつきます。
ちなみにこれが写真です」
浅葉檸檬はずらりと写真を並べた。
どれもメイド姿の生徒たちの写真で、いつ撮られたのか、忍のもある。
「うわあ、可愛い、じゃ、私これにします」
ずい、と麻井芙弥也が割って入った。
「ずるーい、天川ばかり。ぼくの写真も買ってよ。
ね、ご主人さまぁ、お、願、い。
もえ~っ」
こら、と稲穂先生があわてて麻井芙弥也を引っ張ったが、やだやだやだ、と芙弥也はごねて、理事長のテーブルから離れようとしない。
理事長がにっこりと瞳を細めて、メニューを閉じだ。
「そうですねえ、忍くんだけじゃ贔屓しているみたいで良くないですものね。
わかりました、じゃあ、生徒みんなの分、スペシャルセットください」
え、いいんですか、と忍が言う間もなく、
「やったぁ。理事長大好き」
芙弥也が理事長に抱きついた。
えっと、と檸檬がボールペンの後ろで頭をかく。
「そうしましたら、飲み物とお菓子がすごい数になってしまいますけど、どうしましょうか」
「それは後でみんなが打ち上げするときに食べてください。
本当に、ひさし先生が羨ましい。
こんな可愛い生徒ばかりで。
クラス分け、間違えましたかね」
はははは、と乾いた声で、稲穂先生は笑った。
「ええ、まあ、可愛い生徒たちばかりですよ。
勿論。
みんな大事な生徒です」
なかばやけっぱちのように、でも真実味のある声で、稲穂先生が言った。
理事長はにこにことうれしそうに全員分の写真を持って帰っていった。
それを見ていた生徒たちが、次々に、スペシャルセットを頼みだした。
理事長効果はやはりすごい。
文化祭の終了前に、用意した食材すべて売り切り、メイド喫茶は終了した。
後夜祭の後、制服に戻り、教室を片付け、みなで集まって打ち上げがはじまった。
打ち上げと言っても教室で、理事長が残していってくれたお菓子や、稲穂先生から差し入れの軽食、売上利益で買った飲み物とかをみんなで食べたり飲んだりするだけだ。
浅葉檸檬が乾杯をして売り上げを発表し、あとはクラスメイト達はめいめい勝手に気の合う者同士でにぎやかに騒いで、はじけている。
すこしはなれて、稲穂先生がにこにこと様子を見ている。
「やっぱり浅葉くんはすごいね。
浅葉くんの言った通りになった」
「理事長のおかげだし、その理事長を呼んでくれたのは天川だから、実際には天川がすごいんだ」
つまらなそうな声で、浅葉檸檬は言った。
「え、でも浅葉くんがいなかったら」
「そう、みんな都合のいい時はぼくを当てにして、でもぼく自身のことは」
浅葉檸檬は言いすぎた、という顔をして言葉を切った。
「ごめん、なんかあまりに上手くいったから、緊張が解けちゃって」
「ううん、やっぱり浅葉くんがすごいんだよ」
忍が言うと、浅葉檸檬はやはりつまらなそうな、どこか寂しげな顔をした。
褒めているのに。
褒めたつもりだったのに。
ちょっと気になったが、すぐに麻井芙弥也が忍に絡んできたのですぐに忘れてしまった。
この時に、どうしてもっと檸檬のことを真剣に考えてあげなかったのか。
後々、忍は何重にも後悔をした。




