7.
天川忍はわずかに空けた、ベッドのスペースにもぐりこみ、布団を頭の上からかぶった。
自然と涙が零れてくる。
嗚咽をこらえるため、奥歯を噛みしめた。
「頼むから……。
そんな風にひとりで泣かないでくれ」
悲鳴のように、藤枝紫朗が言った。
布団を跳ね上げて、起きる。
夜の室内には、月明かりだけが射しこんでいる。
紫朗は散らかった部屋で、あちこちにぶつかりながら、忍のベッドの傍らに立った。
「オレが悪かった。
オレが考えなしだった」
「藤枝くんのせいではないから」
紫朗はじっとうなだれたまま、立ちすくんでいる。
月明かりだけが差し込む、夜。
夜の闇は、理事長のように深く優しく、なにもかも覆い隠してくれる。
忍は壁に体をむけ、足を抱えて丸くなった。
仕方ないんだ、と、紫朗に言うより、自分に言い聞かせるように呟いた。
「父さんがぼくのこと好きなんだ。
好きで好きで、ぼくを見ていると自分でもどうにもできなくなっちゃうんだ。
でも母さんは父さんのことが好きだから、ぼくが許せなくて。
でも泣く。
母さん、ぼくを鞭打ちながら泣くんだ。
しょうがないじゃない。
父さんはどうにもできないぐらいぼくのことが好きで、そんな父さんをそれでも母さんが好きなんだもの。
誰も悪くない。
そうでしょう?」
藤枝紫朗の熱い手が、忍の肩を握った。
小刻みに震えている。
思わずその手を上から握った。
電流でも走ったかのように、熱い力を感じる。
ゆびとゆびを交差させ、しっかりと力を込めた。
壁を向き、紫朗に背を向けたまま、忍はつづけた。
「同じ家で姉さんも兄さんもどうしていいか分からず、ずっと一緒に、ぼく以上に傷ついていた。
父さんの立場もあるから、こっそりと医者に行ったりカウンセリング受けたりしてたけどどうにもならなくて、家族全員で心療内科にかかったりしてもどんどん事態は悪くなっていった。
そんな時、理事長からここの学校に来ないかと申し出があった。全寮制だし、生活にも配慮するからって。
あの人、子どもが大好きで、子どもを保護するための色々なプログラムや会とつながりがあって、ぼくのことを知ったみたい。
その時、みんながほっとした顔をした。
それで分かったんだ。
ぼくさえこの家にいなければ、何の問題もない、みんな、幸せなんだって」
「そんな……っ。
そんなふざけたことあるか!」
忍は思わず顔を上げた。
月明かりの中、藤枝紫朗は泣いていた。
白黒のコントラストのはっきりした眼を見開いたまま、顔をゆがめず、大粒の涙をほおに流していた。
握ったままの手からは熱い力が流れ込んでくる。
いいコだ。
熱くて純粋で。
「もう寝よう。明日も学校がある」
「うん」
そう答えながら、紫朗はベッドに隙間を作って腰を下ろす。
「アンタが寝てから、寝る」
「いいよ、そんなの」
「罪滅ぼし」
月明かりのなか、紫朗は白い歯を見せて、極上の笑みを浮かべた。
すこし。
かなり照れくさい。
でも。
ちょっと甘えると決めた。
まぶたを閉じる。
藤枝紫朗の手は、まるで忍全体をつつみこむように、力強くて、温かい。
今日はなんだかすごく恵まれた日だ。
授業サボって、理事長とも食事しちゃったりするし。
そう。
これもあれも。
藤枝紫朗が来たから。
理事長が紫朗に引き合わせてくれたから。
だから、ぼくはきっと、恵まれた子なのだ。
そう思いながら、温かい眠りについた。
明け方。
うとうとと目覚めると、藤枝紫朗は薄明かりの中、まだ忍の手を握っていた。
ほとんど隙間のない忍のベッドに腰を下ろしたまま、ずっと忍を見守っていたようだ。
手のひらが、温かい。
忍の体内に、精神に、紫朗の体温がもう充分に蓄積されている。
「ずっと……起きてたの」
紫朗は答えずに微笑した。
優しい眼だった。
もう窓の外はぼんやりと明るくなっている。
「ありがとう」
忍が言うと、ようやく紫朗は手を離した。
散らかりきった二人部屋をぐるりと首をめぐらして見る。
「それにしても、こっちからみるとさらに凄い部屋だね」
「片付けるってば」
「ホントウ?」
まるきり信じていないようだ。
「すこしは、片付けているんだけど」
うーん、そうかも? と紫朗はあまり信じていない口調で相づちを打ち、大きくあくびをした。
「すこし、寝る」
「うん」
すぐに藤枝紫朗の規則正しい寝息が聞こえてくる。
部屋、ぜったいに片付けよう、と忍は決心した。




