5.
忍はチクったつもりではなかったけれど、藤枝紫朗からしたらそうなのかもしれない。
「部屋を別にしてほしいと言ったのだけど、ダメだって言われた。
藤枝くんにはぼくが、ぼくには藤枝くんが必要なんだって」
藤枝紫朗の、浅黒いピンとはりつめた頬が、ピクリと痙攣した。
「オレにアンタが必要?」
あごをつき上げると、蔑んだ、馬鹿にしきった眼で忍をねめつける。
「それはない」
忍は髪を撫でながら言葉を慎重に選んだ。
「そうかもしれないけれど、でも、理事長がそう言うのだから」
どたどたと複数の足音が響いてきた。
「紫朗さん、どうしたんですか急に」
「こっちじゃないですよ、あれ、天川先輩?」
さきほど藤枝紫朗の周りにいた少年たちだった。
紫朗を追いかけてきたらしい。
紫朗はえくぼを作って、人なつっこい、誰にでも好かれそうな笑顔をつくった。
「悪い。
同室の先輩が見えたから」
へー、と一年生たちはぺこりと忍に頭を下げた。
「ほんとうに天川先輩と同室なんだ」
「すご……、羨ましい」
「いいなあ、紫朗さん、紹介して」
忍はいたたまれず、視線を伏せ、身をすくめて紫朗の背に隠れた。
紫朗が眉根を寄せ、首をねじまげて忍に顔を向けた。
「なにしてんだ?」
「ちょっと、ぼく、こういうの苦手で」
「でも、」
と言いかけて、藤枝紫朗はがっと髪を掻いた。
「話は放課後、部屋に戻ってから。
それでいいな」
忍としゃべりたがっている同級生たちを急き立てて、階下に下りていく。
ほっとした。
奇妙な感じだ。
藤枝紫朗は露骨な敵意を忍には向けるのに、でも、忍が困っていると、先回りして助けてくれる。
昨夜も片づけができずにうろたえている忍に、紫朗が折れてくれた。
(根はものすごく優しいのかもしれない)
そんな気がする。
そもそも性根の悪い少年なら、理事長は忍と一緒に居させはしないだろう。
ぼくが一学年上なのだし。
ぼくの方が先に色々失礼なことを言った。
忍の方から歩み寄ろう。
理事長もそれを望んでいるのだし。
忍はぐっと意志を固めた。
放課後。
忍はホームルームが終わると、真っ先に教室を出て、寮に帰った。
紫朗はまだ戻っていないようだ。
二人部屋を区切ったカーテンを開けた。
藤枝紫朗のベッドと机のまわりだけ、整然と片づいていた。
ベッドにはピシッとカバーが掛けられている。
ベッドカバーをかけている生徒だなんて、寮には他にいないだろう。
衣類はきちんとハンガーにかけているか、たたまれて積み重ねられており、教科書やノートも狂いなくきっちりと並んでいる。
忍のPCはまだ、藤枝紫朗の空間を侵略したままだ。
片付けなきゃいけない。
紫朗のスペースにあるメモや紙類を拾い上げ、整理をせずにひとまとめにして重ねた。
忍からすれば、心持ち、すっきりしたと思うのだけど。
忍の机の上に、紙コップに挿した白い花がある。
大きな花だ。
ペンペン草でないのは確かだけれど、花の名は知らない。
みつめていると、純白と言ってもいいくらいの、澄んだ白さに意識が吸い込まれる。
「食べるなよ、死ぬぞ」
藤枝紫朗が帰ってきた。
下校時刻をだいぶ過ぎている。
人気者なだけに、中々解放してもらえなかったのだろう。
バッグを机に置き、ジャケットをハンガーにかけて、アスコットタイを弛める。
ひとつひとつの動作がきっちりとしている。
ちゃんと躾けられてきたんだろうな、と思う。
「食べないけど。
死ぬってどういうこと」
「死ぬ、ってのは大げさだけど、中毒を起こす。
チョウセンアサガオ、別名、ダチュラ、キチガイなすび。
有名な話じゃない、華岡青洲が世界で初の全身麻酔手術を行ったって。教科書にも載っている」
知らなかった? という顔を、タイをほどきながら紫朗はした。
「なんでそんな花をぼくに」
「綺麗だったから」
「え?」
藤枝紫朗はベッドに乗ると、背を壁につけて片足をのばし、片足を曲げて抱えた。
白と黒のコントラストがはっきりした瞳で、挑むように忍を見据える。
「アンタも、その花も。
綺麗だったから。
綺麗な物を見ると、壊したくなる」
呼吸が止まりそうなほどの、露骨な敵意だった。
「昨日、ぼくが色々失礼な態度だったと思う。
すまなかった。
藤枝くんに出て行ってもらえるよう、理事長にお願いしに行ったんだ。でも、理事長はぼくらはお互いに必要で、一緒に居るようにといった。
だから、ぼく」
「アンタ、紺良の血族じゃないんだな」
「紺良?」
いきなり出てきた単語に忍はびっくりした。
紺良、といえば大きな企業だ。
自動車とか、銀行とか、商社とか、そんなイメージがぼんやり浮かぶ。
「たぶん、ぜんぜん関係ないけど」
「だろうな。
紺良の血族なら、あまりに無防備に近づきすぎている。ただの生徒として仲がいいだけか」
「理事長のこと?
理事長は誰に対しても親切だよ。
藤枝くんのことだって色々気にしていた」
藤枝紫朗はたてひざに肘をのせ、じっと考え込んでいた。
「アンタ、結構、学園内じゃ人気があるんだ」
「……よく分からないけど」
「そして、あの人も、オレたちが仲良くやることを望んでいる。
ならば少なくとも人前では仲良くしよう」
「人前では? 理事長が言ったのはそういうことではないと思うんだけど」
藤枝紫朗は大人びた表情で、苦笑した。
「オレにアンタが必要だって?
オレは誰も必要としていない。オレが必要な人は、オレを必要としている人は、もうこの世の中には」
紫朗はそこまで言って、顔をそむけ、口をつぐんだ。
哀しい横顔。
見ている者の胸が痛くなる。
藤枝紫朗は立ちあがった。
「夕食の時間だ。
一緒に食べませんか、天川先輩」
作りものの笑顔。
偽りの口調で。
藤枝紫朗は忍を誘った。




