19.
はあ? と葵が吃驚した声を出した。
あ。
やはり、BJは話が飛ぶんだ、わからないのぼくだけじゃないんだ、と分かってほっとする。
「違うの? 違うのかなあ。
この前のメイド姿みて似てるって気づいたんだけど」
うーん、とBJは考え込んでいる。
「ええと、そのエヴァ、さんて、誰」
「知らないの? 有名な女優だよ。
昔CMにも出ていた。
ア、写真集持ってくる、待ってて」
ばたばたとBJが駆けだすと、まったく、とため息をついて、葵が髪を掻き上げた。
「BJ、変わっているだろ。
でも、けっこう信頼できるし、頼りになるんだ」
「そんな感じですね」
BJが淹れてくれたミルクティを両手で包んで、忍は言った。
ものすごく温かくて、美味しい。
すごくいい人なんだろうと思う。
このBJが仲良くしているなら、葵信吾もかなりつきあいにくが、そう悪い人物ではないのかもしれない。
すぐにBJが写真集を持って戻ってきた。
海外のものらしい。
英語の、ぶ厚くて立派な写真集だ。
表紙に移っているのは、水着姿で濡れた髪を顔にはりつかせた可愛らしい少女の貌。
――似ている
心臓がわしづかみにされそうなほど、似ている。
眼だ。
まっすぐにこちらを見つめる、つややかな瞳。
つまんだような、形の良いくちびる。
麻井芙弥也によく似ている。
思わず写真集を開いて、ばたんと閉じた。
はだかの女性の写真が並んでいる。
膨らんだ胸とか。
やわかかそうな腰とか。
ざあっと血の気が引く。
「ご、ゴメンナサイ、こういうの……」
くらりとめまいがして、ソファーにぐったりともたれた。
「そんなに過激?」
「うーん?」
BJがページをめくるのを、葵が横からのぞきこんだ。
「ただのヌード写真集じゃない」
「ヌード写真集じゃなくて、エヴァ・リンの追悼写真集なんだけど。
でも、役柄こういうシーンが多かったからかなあ。
読者も期待しているのはこっちだし」
「そういえばなんか覚えがある。ハリウッドの映画女優じゃない?
セックスシンボル的な。
車のCMじゃ意味もなく水着を着替えて、ものすごく話題になった。
なんか父さんが隠れてビデオ見て、母さんに怒られていたような」
「あ、ウチもウチも。
多かったよね、それで夫婦げんかしている家。
クラスの大半がみんなそうだった。
主婦から抗議が殺到して、CMが中止になったっけ。
ええと、この辺なら見れる?」
BJは服を着た写真が並んでいるページを開いてくれた。
横に、このまえのメイド姿の麻井芙弥也の写真を置く。
見比べるまでもない。
たしかに、よく似ている。
「言われてみれば似ているなあ」
葵が言った。
でしょう、と上ずった声で、BJが興奮して言った。
「ずっと探していたんだ。
芸能界に居た時、エヴァ・リンが日本で私生児を生んだとかって噂きいて。
まさか同じ学校に居るなんて思わなかったけど。
年からしても勘定があうんだけど。
麻井くんて家族は?」
「そういえば、聞いたことがない。
休みの時はすぐに家に帰っているけど、家族とかの話はしたことないかも。
探してたって、知りあいなんですか?」
「ううん。顔が好きだから」
生真面目な顔でBJがきっぱりと言った。
葵が天井を仰いで嘆息する。
「あまり気にしないで。
ちょっとしたビョーキだから。
じゃ、わたしも迎えが来ていると思うから行ってくる」
「いってらっしゃぁい」
BJは手をにぎにぎしながら葵を見送った。
そうだ、彼らは今から仕事なのだ、と気づいた。
「あ、ごめんなさい、長居して。
ごちそうさまでした、いろいろありがとうございました」
忍が立ちあがると、寮まで送っていく、とBJが言った。
「いえ、大丈夫です。
だってこれから出かけるんでしょう」
「あー、オレ、この顔だし、客とかいないし。
夜、留守番だから」
ハハハと乾いた声で自虐的に笑って、BJはがっくりと肩を落とした。
「ええと、そのう」
「ほら、みんな葵とか紫朗のような綺麗な顔がいいわけじゃない。
オレじゃ人気ないの」
じゃあ、ここで何をしているんだろう、そもそも人気がないと言うのもよく分からない。
忍はBJの顔はいいと思う。
すごい目立つ方じゃないけれど、それなりに整っているし、なにより人がよさそうで、信用できる感じがする。
ああ、でも。
葵や紫朗に比べたら、たしかに目立ちはしない。
比較対象がすごすぎるんだ。
外に出ると真っ暗で、木枯らしが吹き荒れていた。
身震いして、体をすくめる。
BJは雲のかかった、重い夜空を見上げた。
「今夜、雪かな。
捜索活動遅れるかも」
図書室の窓から身を投げた田儀東弥の姿が、網膜に蘇る。
最期に見せたシニカルな笑顔。
対して。
見送った麻井芙弥也の澄んだ笑顔。
今頃、麻井芙弥也はどうしているのだろう。
もう寮に戻って、いつものとおりにぎやかにはしゃいでいるのか。
いろいろなことが頭をぐるぐる回る。
黙りこくって歩いていると。
「あのさ、変なこと聞くようだけど。
天川くんて、女性、まったくダメ?」
「え」
「ほらさっき。
写真集をみたときの反応が。
オレなんかは綺麗であれば男でも女でもOKなんだけど。
葵や紫朗は基本はノーマルでしょ」
思わず足を止めてしまった。
ぽかんとしてBJを見上げる。
考えたこともなかった。
BJはきまずそうな顔をした。
「余計なこと、言っちゃったかな」
「そのう、紫朗がはやく結婚して子どもがほしいと言っているのは知っているけど」
忍自身は……。
たしかに、そういう意味で女性に興味を持ったことはなかった。
「ああ、紺良の血族の掟がどうとか?
葵も言っている。
けど、正直、その感覚はオレにはついていけない。なんか別次元の話ってカンジ」
忍は地面を見つめたまま、頷いた。
たぶん。
頭の片隅では、薄々気づいていたこと。
忍は女性に興味はないし。
紫朗はそういう意味では同性には興味ない。
むしろ早く結婚したがっている。
たぶん。
やっぱり。
忍は紫朗のそばにいちゃいけないんだ。
どうやったって、藤枝紫朗の人生の足手まといになる。
あーっ、とBJが頭をかきむしった。
「余計なこと、言っちゃったよな。
ごめん。
なんかホントに考えなしで」
忍は首を振った。
「ううん。
べつに番場先輩のせいじゃないし」
「BJ」
「え」
「本名嫌いなんだ。
BJと呼んで。その方がカッコいいでしょ」
「ええと、BJ先輩……?」
「先輩、いらない。
紫朗もそう呼んでいるじゃない」
人のいい顔で、いつになく早口に、むっとしてBJがまくしたてた。
コンコンと忍は空咳をした。
「ええと、そのう、BJ」
「なに」
嬉しそうにBJが答えた。
BJは嬉しそうだけど、忍には違和感があって、もじもじと照れてしまう。
ぺこりと頭を下げる。
「そのう、今日はいろいろありがとうございました。
ここでぼく、大丈夫ですから」
すこし離れて、第三寮の明かりが見えている。
できれば人目につかずに、こっそりと寮に戻って、今日はひとりで休みたい。
「あ、ああ、そう」
じゃ、気をつけて、またね、とごにょごにょBJは口ごもった。
なにやら気まずげに、靴の先で、地面を何度か蹴る。
なかなか立ち去ろうとしない。
忍も離れることができなくなってしまった。
「あのサ」
とBJが声を落として言った。
「内緒なんだけど、オレがこんなこと言ったなんて知れたら、葵にも紫朗にもメチャ怒られるけど。
f寮にちゃんと天川くんの部屋、用意しているから」
「え」
「紫朗、頑張っている。
ほんとうにすごく頑張っているから」
ひといきに言うと、じゃあね、とBJはf寮に帰って行った。
忍はぽかんとしてBJの後ろ姿を見送った。
悪い人じゃないのは良く分かる。
だけど、やはり話が飛ぶ。
忍の部屋があるって。
でも、紫朗はぜったいに忍をf寮に近づけさせないし。
それで紫朗が頑張っているって?
いまひとつ。
何を言われたか、分からなかった。
寮に戻ると、いつになく入口の横の食堂には生徒があふれていて、みな興奮してなにやら話し込んでいる。
自殺
麻井芙弥也
高三の
と単語がとぎれとぎれに聴こえてくる。
寮監や、ふだんは寮に来ない先生たちがいて、必死になってなだめようとしているが、騒ぎは収まりそうにない。
人目につかないようにこっそりと階段をのぼった。
部屋の前。
壁にもたれるようにして立っていた、細い人影が身を起こした。
「どこ行っていたの。
遅かったね」
常に冷静な委員長。
浅葉檸檬が真正面から忍を見つめた。




