15.
紫朗は、f寮に移るまでは、今まで通り仲良くやって行こうと言ったけれど、現実にはやはり、なにかが違ってきた。
お互いに意識的に明るくふるまうだけに、かえってよそよそしく感じるようになった。
もう、部屋を片づけろと紫朗は言わない。
逆に、忍が窮屈そうにしていたら、境界線を越えてモノをおけばと促すくらい。
でも、そうすれば紫朗が出て行くことを認めたようで、ぜったいに、それだけはできなかった。
それに何の準備だかはわからないけど、紫朗はやたらと忙しそうだった。
無理して忍と一緒に居る時間を作ろうとしているようだったが、それでも、部屋に居ないことが多くなった。
「今日、遅くなるから。
帰るの明け方かも、先に寝ててね」
夕食後、紫朗が言って、慌ただしく出て行った。
ぼんやりと紫朗が出て行った部屋で、PCに触る気にもならずにいた。
いまに、ずっとこんな風になる。
紫朗が来る前、どうやってひとり部屋で暮らしていたのか、当時の自分が何を考えてひとりで食事をしてひとりで寝てひとりで目覚めていたのか、思いだそうとしても思い出せない。
忍は立ちあがった。
コートを着込んで、第一寮に向かう。
訪れるのは初めてだけど、有名人だから、葵信吾の部屋のことは知っていた。
三階の角部屋。
葵信吾、番場順、と名札のかかった部屋の前で立ち止まる。
ノックをしようとして、すこし、躊躇った。
紫朗は忍がf寮に関わることも、葵信吾と接触することもしないようにと、何度も念を押していた。
忍自身、葵信吾は苦手だった。
不意に人魚姫の寓話を思い出す。
良くないことが起こる気がする。
逆に、これで、紫朗との残り少ない時間までも失うかもしれない。
でも。
ぼくは紫朗が怒っても。
忍に失望しても。
忍のことを嫌いになっても。
今だけは一緒に居たい。
忍はノックした。
乾いた木の音がやたらに響く。
中でなにやら応対する声がして、扉が開く。
出てきたのは人の良さそうな顔の上級生だ。
「ア。天川忍」
びっくりしたように言う。
「あのう、葵先輩、いらっしゃいますか」
「いいよ、入ってもらって」
よく通る声が響いてきた。
上級生はにこりとして、
「どうぞ」
忍を招き入れた。
ソファーの上、ネコ科の生き物のようにしなやかに横たわっていた葵信吾が体を起こした。
特徴的な、キツイ、切れ長の眼で忍をみつめてくっと笑う。
魔女だ。
人魚姫の声を奪った魔女。
眠りの森の美女に呪いをかけた魔女。
葵の口車に乗ってはいけない、忍の頭の中で紫朗の声が響く。
でも。
忍は紫朗と共に居たかった。
「すみません、夜遅くに。
ちょっとお話、ご相談、したくて」
「ウン」
葵はソファーに深くもたれて座ると、すらりと足を組んだ。
「どうぞ」
と自分の横に座るように勧める。
もうひとりの上級生、このひとが番場純だろう、は紅茶を淹れて、サイドテーブルに置いてくれた。
ずいぶん変則的な間取りの部屋。
備え付けのベッドとデスクはふたり分とも、ぴたりと片方の壁に寄せている。
たぶん、このふたりはすごく仲がいいのだろう、と思う。
そうでなければあんなに密接したベッドで寝るのは、苦痛になるはずだ。
そして空いた半分のスペースに、毛足の長い純白のカーペットを敷き、革張りのソファーとガラスのテーブルのセットを置いている。
葵はごくしぜんにソファーの背にしなやかな腕を伸ばし、忍の肩を抱くような姿勢をとる。
光る眼にみつめられ、忍は葵を見ることができずに、うつむいた。
「ナニ?」
笑いを帯びた声で、葵が問う。
「あのう、f寮のこと」
「ウン」
「ぼくも入れてほしいんだ」
ひゅっと番場が口笛をふいた。
「やった。これでようやくそろった」
「そろった?」
忍が尋ね返すと、番場はソファーに腰を下ろした。
忍の方に体を傾け、にこにこと顔をのぞきこんでくる。
「うん。本当に綺麗だよね。
文化祭のメイドも可愛かったけど、やっぱり制服姿がいちばん」
忍はたじろいで身を引いた。
そうすると葵信吾に体がくっつく。
どちらにもいたたまれず、身を細めた。
「BJ、残念ながらそう簡単にはいかない」
葵は、忍の髪をつかんでさらさらと流しながら言った。




