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10.

 文化祭翌日は振り替え休日である。

 ぐったりとして寝てすごす生徒もいれば、まだありあまっているエネルギーをもてあまして、駅前や東京まで遠征する生徒たちもいる。


 メイド喫茶の緊張からようやく解放されて、忍は昼前まで熟睡した。

 物音がして目覚めると、ちょうど藤枝紫朗が部屋に戻って来た時だった。

 昨晩はどこかに泊っていたらしい。

 ジャケットをひょいと肩にかけ、タイもはずしたくつろいだ姿である。

 あ、と紫朗は軽い声を立てた。


「起しちゃった?

 すみません」

「ううん、ちょうど起きようと思っていたところだし」


 忍があくびをしながら起きあがると、紫朗は白い歯を見せて笑った。


「すっごい人気だったんだって? メイド喫茶」

「う、うん、まあ、赤字にはならなくてすんだ。

 浅葉くんの作戦のおかげ」

「そう? 天川先輩の人気がすごかったって聞いたけど」


 紫朗は意味ありげな眼で笑うと、ポケットから写真をとり出した。

 忍のメイド姿の写真。

 勝手にスペシャルセットなんて言って、檸檬が知らぬ間に販売していたヤツだ。


 紫朗は写真をぴらぴらと振り、


「いや、これ、オトコに見えないって。

 すっげー可愛い。

 いーよな、こんなコいたらマジやばいかも」

「ちょ、ちょっと、藤枝くんっ。

 それ、返してよ」

「返してってオレのだもん。

 来てほしくないって言うから、ちゃんとクラスメイトに行ってもらったんだ」

「ダメだってば」


 忍は紫朗から写真を奪い取ろうと腕をのばした。

 紫朗が届かないように、手を背に回す。


「もうっ、藤枝くん、からかわないでよっ」


 忍はなんとか写真を奪い取ろうと、体をねじ曲げた瞬間、足をPCケースにぶつけてバランスを崩した。

 藤枝紫朗がとっさに腕をのばして、忍の身体を受け止める。

 柔らかい音を立てて、紫朗は忍のからだを抱いたまま、ベッドに倒れ込んだ。


 藤枝紫朗の胸は、逞しく、広かった。

 男の、くすぐったい甘い匂いがする。

 熱を帯びた手が、忍の背に置かれていた。


 熱い感覚に、意識がぼおっとなる。

 時間が止まる。

 この瞬間が全てのよう。


「大丈夫?」


 紫朗の声にはっと我に返った。


「ご、ごめん……」


 紫朗は両手で忍の肩を押すようにして体を起き上がらせた。

 紫朗にしては珍しく視線を反らして、言いにくそうにしている。


「あのう、前々から言おう言おうと思っていたのだけど」

「な、なに」


 紫朗の口ぶりからして、あまり良い話ではなさそうだ。

 心臓がぎゅっと凍りつく。


「その……」

「うん」

「部屋、片づけない?」

「え」


 紫朗は困った眼をして、


「そのう、これは片づけが進んでいる状態? なのかどうか、ずっと様子を見て悩んでいたんだけど。

 やっぱり生活しづらいし、危ないってのは問題外じゃない?」


 忍はいたたまれず、しゅんとなってしまった。

 確かに、紫朗が片づけろとしつこく言わなかったので、ちょっとサボっていた。

 その間、ずっと紫朗は忍が片付けているのか観察していたとは考えもしなかった。


 藤枝紫朗は両手を組んでくるりとかえすと、天上につきあげて伸びをした。


「今日休みだから、手伝う。

 一緒に片づけませんか」

「うん」


 忍がうなずくと、紫朗は目を細め、人なつっこい笑顔をみせた。


 稼働してないPCを紫朗はてきぱきと積み重ね、洗濯済みの衣類はたたんで、きちんとクローゼットに収めていく。

 主である忍はぎゃくにおろおろと、メモ用紙を右に左に動かすだけだったが、紫朗はなにも言わない。

 期待値ゼロを感じて、妙に居心地悪い。


「そういえば、藤枝くんのクラスは文化祭どうだったの」

「ん? まあまあ」

「何やったの」

「ハムレット」


 忍は思わず顔をあげた。


「え、すごい本格的。

 時間ないって言ってたのに。

 藤枝くんは何やったの」

「ハムレット」


 すまして紫朗は言った。


 忍はメモ用紙の束を膝においた。


 てきぱきと室内を移動する紫朗を、目で追う。

 意志のはっきりした眼。

 浅黒い皮膚の、彫りの深い顔立ち。

 均整のとれた、美しい体つき。


 まだ男になりかける前の、いずれは凄い美男になると予感させる美少年。


 器用だし、優しいし。

 おまけに転校してきてそうそうに文化祭で主役をやってしまうなんて。


 存在そのものが凄すぎる。

 今さらながら、こんな少年と同室に生活していたことが妙に落ち着かなくなってくる。

 藤枝紫朗の首筋が、異様に艶めかしく目に突き刺さる。


「どうしました? 置き場所違う?」


 忍の視線に気がついて、教科書やノートを棚に戻していた紫朗が手を止めた。


「う、ううん。

 ちょっと、藤枝くんてすごいな、と思って。

 なんか同室に居るの、恥ずかしくなっちゃった」

「へえ、オレのこと、好きになった?」

「え」


 好き。


 心臓が相づちを打つように、強く鳴った。

 胸がきゅっと締めつけられ、息苦しい。


(好き)

(そう、好きなんだ)


 忍の反応に、藤枝紫朗は逆にびっくりした顔をした。

 動作を止めて、忍をみつめる。

 視線がぶつかりあう。


 お互いに、動けない。

 息もできない。

 何も言えない。


 沈黙だけが続く。


 藤枝紫朗が口を開いた時、館内放送が流れた。

 忍を呼び出している。


「なんだろう、ちょっと行ってくる」


 ほっとして忍は部屋から飛び出した。

 廊下に出て、深呼吸を何度もする。


――ぼく、藤枝紫朗のことが好きなんだ。


 自分の気持ちを知って、戸惑う。

 しかも紫朗に知られてしまっている。

 どう思ったのだろう。

 これから、どう接しよう。


 ぐるぐると様々な想いを巡らせながら、階下に降りて行った。


 寮監の横に、すらりとトレンチコートを着た女性が立っていた。


 忍をみて、嬉しそうに目を細める。


「昨日まで文化祭だったから、今日は休みだと思って。

 忍のことだからずっと部屋にひきこもって、PCいじっていたんでしょ」


 姉の天川美紗子は快活に言った。

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