CASE 09 : 網目 -SPIDERWEB-
「状況は?」
葦原 剛路と名乗る活気の良い坊主は、
六、七メートルはあるだろう蜘蛛を、掌底の一撃で吹き飛ばしながら訊いた。
「こいつら倒しても倒しても互いを直すみたい。」
「可能なら、まとめて押し潰した方が確実ですね。」
と、ミコトが続ける。
「ほう。」
男は飛び掛かってきたもう一匹の蜘蛛を遠くへと吹き飛ばす。
「剛路さん。九字の使用を許可します。」
その背後から、若い男の声が飛んだ。
眼鏡をかけたスーツ姿の青年が、こちらへ駆け寄ってくる。
「しかし移動に術を使うなとあれほど申し上げたでしょう。UFOだと勘違いされてるうちはまだ――」
剛路はその男の説教を遮る。
「いいではないか。社長さんも派手にやれ、と言ってたじゃないか。」
「それは目立たない範囲でという話です!」
男は拳を口元に添え、こほんと咳払いする。
そして、背筋をぴんと伸ばしてこちらへ向き直る。
「すみません、遅くなりました。監司の土御門と申します。」
――監司。
御守の監視役をそう呼ぶ。
つまり、隊長も私の監司ということになる。
「それで、九字というのは?」
「格子状に重力を発生させて範囲内を一斉に押しつぶす術でして――」
肩に背負っていた風呂敷から地蔵人形を取り出し、丁寧にそっと床に置いている。
一つを置くたび男の腕に力が入っており、相当にずっしりと重みがあることが伝わる。
それが四つ。
その人形は、倒れそうで倒れない、絶妙なバランスを保って立っていた。
「それ何?」
「こけ地蔵―—剛路の式神です。これが九字の効果範囲を示すポインターになります。」
「ただ――」
剛路が続ける。
「残念なことに私が術を練る間は動けん。」
「その間に私たちが置きに行くと?」
「――そうです。そして発動までの時間稼ぎもお願いしたい。」
『結構手間やな……』
芳理が無線越しにぼやくと、剛路はがははと豪快に笑った。
「強力な術には相応の代価が付き物というわけだな!」
隊長は周囲を見回す。
私に顔を向けながら、頭の上で指を大きく回す。
――上から全体を見ろ。
次にミコトに向かって親指を自分の背中に向ける。
――タタラの死角を埋めろ。
ミコトは頷き、右腕に巻き付いていたビャクちゃんを起こす。
ビャクちゃんから二メートルほどの和弓を吐き出させた。
「タタラちゃんをカバー、ということですね。」
隊長は頷くと、右手の指を三つ伸ばし、私に向けた。
『隊長はもう三人よこせって言ってる。地蔵を置いて守る人。』
『こちら天空班 三島です。自分と村下が行きます。』
『じゃあもう一人は俺が行こう。』
戸次が後に続く。
『しかし坊主はどうするんだ。』
「私が守ります。仕上げには私も参加しますので。」
土御門は眼鏡のブリッジに人差し指をあてる。
隊長は感謝を示して合掌し、土御門はにこりと会釈して応えた。
私は二階のメンテナンス通路を蹴り、空中へ身を投げ出す。
眼下には、無数の蜘蛛。
ロボットアームや電線、仕切りのパネル。その隙間を縫うように、金属の身体が蠢いている。
私はその全てを見渡しながら、刀の切っ先を天井の梁へ打ち込む。
引力を強める。
身体が引き寄せられ、その勢いを利用して次の足場へ。
さらに切っ先を放ち、別の設備へと打ち込む。
足場から、次の足場へ。
私は工場の上空を、振り子のように飛び回った。
ミコトは吐き出された一本の矢を掴み、番えている。
「ミコト、六時の方向、百メートル先。仰角五十度で」
「はい!」
矢は仕切りのパネルを越えて弧を描き、蜘蛛の頭部を貫く。
「ヤッちゃん、十一時、七十メートル」
ミコトの腕から黒い影が解き放たれる。
一直線に伸びたヤチホコが、私のすぐ脇を追い越していった。
その先にいた蜘蛛へ食らいつく。
――ガキンッ!
鋼鉄の身体が、音を立てて噛み砕かれた。
次。
七時、俯角60.4度、20.8m。
戸次のほうへ向かう個体に刀身を振るう
――ガンッ!
切り離した刃が蜘蛛の脚を断ち切った。
一匹の蜘蛛が剛路に向かって飛び掛かる。
土御門は即座に前へ出る。
右手で剣印を組み、その腕を横薙ぎに振るった。
――バンッ!
振り下ろされた蜘蛛の脚が、空中で見えない壁に阻まれる。
支えを失った巨体は、その反動で大きく態勢を崩した。
『村下、設置しました!』
『三島、設置完了!』
『戸次、こちらもOKだ!』
『——ザー』
隊長が無線のPTTボタンを押した音。
これで四つの設置が完了した。
あとは剛路の詠唱が完了するのを待つのみ――
ドンッ
――ジジジッ
『ぐあっ!』
『くそ、村下がやられた!』
――ここからでは届かない。
「ミコト!五時の方向!」
「はい!」
ミコトは即座に射貫く。
『電気使ってくるヤツも居んのか――!』
村下は真ん中のほうに吹き飛ばされており、地蔵は隅で転がっている。
『誰か置きなおせるか?』
――群れの勢いは激しくなったため、みんな手一杯だ。
『……ウチが行く』
芳理が駆ける音を無線越しに聞き取る。
『錦!おい、無茶だ!』
『四つ揃ってなきゃいかんのやろ!おっさんはそこの隊員を回収してや!』
『おっさんじゃない!』
戸次は錦の呼びかけに従い、村下の回収に向かう。
芳理は飛ばされた地蔵を拾い上げる。
そして指定場所に置き、
『よし、置きなお――』
無線が途絶する。
芳理は蜘蛛の脚で工場の奥の方へと吹き飛ばされる。
鈍い音。
頭を打ったのだろう。芳理はそのまま動かない。
隊長はすぐさま芳理のもとへ駆け寄る。
『臨・兵・闘……』
剛路の詠唱は最後のフェーズに入った。
つい、隊長のほうへ顔を向けると、隊長は私に向かって口を開く。
――行け!
そう言っているように見えた。
監司として御守を監視し、護衛する。
それが、隊長の任務。
隊長は、自分より先に
私を逃がそうとしている。
御守である私の安全を優先した。
――それは当然のことだ。
監司のもとで指揮を受け、保護を受ける。
それもまた、御守の任務だから。
隊長のことだから芳理を戸次に向かって放り投げるつもりだ。
たが、隊長は間に合うか?
現在速度、時速四十五キロ。
入口は八時、80.5m。
隊長は八時、24.3m。
芳理は二時、29.5m。
力場が発動するまでの残り時間。
そこから、落下時間を引いて――
――いや。
私は咄嗟に壁を蹴った。
振り子の最下点。もう少しで隊長に近づく。
この後どうするか―—何も考えていない。
――だが、やるしかない。
「ああ、クソ。知らねーぞ……」
戸次は毒づきながらも、どこか口元は緩んでいた。
そして、私に向かって指を差しているのが見えた。
「ちゃんと任務は果たせよ?」
「……分かってる。」
隊長の左肩めがけて、思い切り蹴り飛ばす。
「うおっ」
隊長は思わず声を発し、身体が戸次たちのほうへ吹き飛ぶ。
戸次がその手を掴む。
私はその反動を利用して逆方向へ飛んだ。
右手で、芳理の上着の襟を掴む。
――ぼふっ。
戸次の周囲に煙が立ち込める。
隊長と村下を連れ、三人の姿が消えた。
残された私は、芳理を抱えたまま空中を進む。
前方の壁めがけて刀身を射出する。
そして切っ先は壁に刺さる。
その手ごたえを感じ、引力を強めて一気に加速する。
「前――今だ!」
その剛路の号令で、土御門は剛路の背に手を添える。
煙がぼふっと立つと同時に、二人は直上へ転移する。
二人が居たところには、真っすぐに直立した地蔵がごろん、と残った。
先ほどの号令の残響が周囲の鉄骨へと伝わるとき。
あと50m——間に合うか。
そう思った瞬間。
左目の瞼を動かす筋肉がわずかに緩む。
同時に、モノクロの風景に色が飛び込んでくる。
―—あのとき、SAで見たのと同じ。
時間がゆっくりと流れていく。
――死ぬ、というのはこういう感覚なのか。
それでも右手は放すまいとさらに力を込めた。
腰のポーチに居れていた砂鉄がひとりでに動き出す。
それらは細長い線を形成する。
その線は私たちを中心に直径一・五メートルほどの円を描いていく。
一周、二周――と
やがてそれは螺旋を形成する。
私たちの進路を取り囲むように。
激しく発光する螺旋
それをくぐるにつれて身体が前へ前へと押し出されていく。
その砂鉄たちの”意図”を理解した瞬間。
私はさらに、右手にぐっと力を込めた。
ドォォォォォォォン!




