CASE 10 : 残像 -HALLUCINATION-
身体の真正面。
レールのようなものが走っている白い壁――いや、天井か。
頭から手足の先まで――
身体全体に重力がのしかかっているのを感じる。
私の身体はベッドで仰向けに横たわっていた。
ここは病室だ。
右隣に焦点を合わせる。
カーテン越しに、人影が見える。
女性だ。
横たわっている。
呼吸によって、わずかに胸が上下している。
頭をフル回転させ、直前の記憶を辿っていく。
風切り音。
両腕の力むような感覚。
そして、最後に風景が浮かび上がる。
螺旋が近づき、円が一つ一つ大きく広がってゆく。
その線に焦点をあてる。
細かい粒のようなものが、かすかにうねうねと蠢いている。
そこをくぐっていく。
やがて、眩しいまでの白が、視界を占拠した。
断片的な記憶を一つずつ繋ぎ合わせる。
そして、ひとつの結論に辿り着いた。
横で眠っているのは芳理だ。
私は芳理を工場から引っ張り出していた。
結果、二人とも生還した。
――いや。
ちょっと待て。今のは何だった?
「やがて、眩しいまでの白が、視界を占拠した。」
と言ったが、黒い線が走っていた気がする。
一本の黒い縦線。
少し間を開けて、また一本。
さらにすぐ隣に、もう一本。
今度は、さっきよりも太い。
細い線。
太い線。
線の太さも、間隔も、ばらばらだ。
――なのに。
全体として見ると、妙に整っている。
一定の間隔で大きな空白が入り、そのたびに別のまとまりが現れる。
細い線が二本。
太い線が二本。
その後ろに、また細い線。
何かの規則に従っているのか?
ただ、その規則が何なのかは分からない。
眼を閉じてもなお、その残影が瞼の裏にこびりついて離れない。
あまりにも印象的だったのだ。
だから私は、その線の配置を心に留めておくことにした。
―—三葉重工 神戸第三工場。
建屋の外見は、大きな損傷が見られず、わずかに穴が散見されるのみだった。
しかし、中へと入ってみれば床は瓦礫で埋まり、梁や柱のみが不自然なほど綺麗に残っていた。
先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように、職員が瓦礫をかき分け、また乗り越えるときの作業音のみがむなしく響いていた。
天空班、そして九州から白虎班が応援に駆け付け、"残党"の捜索と処理にあたっていた。
天空班の職員の一人は、耳にかざしていたスマホをポケットにしまい、
近くにいる上司へと声をかけた。
「実行犯は三葉重工の職員でした。動機は企業への復讐だと。」
「『イシコリ』と名乗る人物と繋がっていたそうですが、それ以上の収穫はありませんでしたね。」
「そう易々と尻尾を掴ませてはくれんか。」
「ただ、一点気になったことがありまして」
「なんだ」
「現場に、銀粉が落ちていたんです」
「銀粉?そういえば京都にもそれが落ちてたと聞いてるが。」
「はい。それで、科捜研にサンプルを送ったのですが――」
「純度、粒径、それから微量に含まれていた不純物の組成を調べたところ、いずれも金継ぎや銀継ぎに使われる蒔絵粉の特徴と一致しました」
「……金継ぎ?」
「ええ。さらに、専門家に鑑定を依頼したところ、四国の工房に多く流通している銀粉と成分や粒径の特徴が類似していると。」
「つまり、四国の銀継ぎ職人か、その周辺に繋がっている可能性がある、と」
「はい」
「銀継ぎ職人……イシコリドメ—―いや、まさかな。」
「イシコリドメ―—って何ですか?」
「日本神話の神さまだよ。たしか、鏡を作ってたっていう―—」
男は少し考え込んだ。
「よし。四国中の工房を洗い出そう」
「はい」
「直近の休業期間、出張の記録、依頼の受付状況も調べろ。何か一つでも不自然な動きがあれば絞り込めるかもしれん」
――市ヶ谷本部 第三会議室。
兼村は周囲を見回す。
三名の長官に加え、統合戦略本部、技術研究本部、情報工作本部、因象観測本部――四部門の長と副長。
これだけの顔ぶれが一堂に会するのは、異例の事態であった。
因妖庁の意思決定を担うのは、内閣府、防衛省、文化科学省の三機関から任命された三名の長官である。
その中でも、佐東長官は防衛省の官僚として、因妖庁の軍事的活動を監督する権限を持っていた。
その佐東が、こほん、と咳払いをする。
「諸君に集まってもらったのは、言うまでもないだろうが―—オノゴロの件だ。」
「明石君」
「はい。」
はきはきとした声で、スポーツ刈りの体格のがっしりとした男性が立ち上がり、スライドの前へと進む。
「我々は近畿地方、中国地方を中心に諜報活動を実施しました。」
「ただ、三葉工業のロボット暴走事件以降のここ数週間、オノゴロに目立った動きは見られていません。」
「ただ、一つ気になったことがありまして」
「なんだ?」
「Nシステム上で加賀美 瑞波と類似する人物を発見しました。」
「加賀美?因妖師犯罪の捜査中に殉職したはずでは?」
「ええ。」
「本人であるという確証はありません。ただ、Nシステム上で確認された人物は、現在『石郡 美波』と名乗っており、香川県内で銀継ぎ職人として活動しています」
「銀継ぎ?そこに繋がりはあるのか。」
「はい。京都御所、神戸工場の二点で銀粉が発見されたそうで、それが蒔絵や銀継ぎに使うものと組成が一致していました。」
兼村は顎に手を添えてしばらく思案した後、すっと立ち上がる。
「麒麟班による捜索を行わせてみてはいかがでしょうか?」
「タタラであれば加賀美を知っています。」
長官の一人が腕を組み、ふんぞり返る。内閣府出身の井藤。
「しかし、こんなあからさまに痕跡を残すかね。罠かもしれないぞ?奴らは前回もタタラを襲撃したそうじゃないか。」
兼村は続ける。
「であれば、別働部隊を編成してみてはいかがでしょうか?」
「それに、連中は徹底した口封じをしています。連中も全貌を知られていることを恐れている以上、別働部隊の牽制があれば、迂闊に戦力を露呈させるようなことはしないかと。」
「私からも、麒麟班の派遣作戦を支持したいです。」
口を出したのは、因象観測本部長の伊能。
「私としては、剣山も気になるのです。」
「どういうことだ?」
「あくまで私の仮説ですが、彼らは供給システムの実験をしているのではないか、と思いましてね。」
伊能は卓に日本地図を広げた。
室内に居る者はみな卓へと集まり、その地図に視線を落とす。
「三月末に攻撃された大江山、伊吹山ですが、この二点は春分の受光ポイントも兼ねています。」
「時期によって受光ラインの運転が切り替わるのはご存じかと思いますが、今は五月です。」
―—キュキュッ
マッキーで、高千穂を起点とした二つの直線を引く。
一つは淡路島を通る線——淡州系統。
もう一つは富士山を通る線——富嶽系統。
「つまり―—奴らが待っているのは季節か。」
「はい。このシステムはレイラインをもとに構築されています。そして夏至には、富嶽系統と淡州系統が高千穂付近で特殊な位置関係を形成します」
伊能は、二本の線が近接する地点を指でなぞった。
「ここでは、陽極側と陰極側、二つの性質を持つ因力が近接した状態で流れることになる。通常とは異なる因力干渉が発生する可能性があります」
もう一人の長官が、静かに声を漏らした。文化科学省出身の佐久間だった。
「ここは……警備が手薄ですね」
佐久間は地図を見つめたまま、丁寧な口調で続ける。
「いきなり高千穂を攻め込めば、"奴ら"の監視網に引っかかるということは連中も周知のはず―—」
「だから剣山で実験をするということですね?」
「はい。連中がどこまで情報を掴んでいるのは分かりませんが、ここであれば因力干渉による因象——例えば、地磁気や気温の乱れを観測するには十分に条件を満たせます。」
伊能は剣山を差す赤点にマグネットを置く。
「追加の隊を派遣するのであれば、ここに一つ置いておくべきかと。」
「三つだ。用意するなら、八人から十人程度、妖補数人と一級妖士で編成した分隊を三ユニット。」
隣から声が聞こえた―—イブキだ。
手にしたマグネットをもう二つぱらっと卓に置く。
そして、兵庫から、淡路島、徳島へと指をなぞる。
「鳴門道——E28から一ユニット」
続いて、マグネットを二つ順番に動かしていく。
「麒麟班の後方に構えるユニットは瀬戸中央道——E30、第二ユニットはしまなみ―—E76から進み、高知に陣を構える。」
一つの黄色のマグネットが香川の上に置かれ、三つのマグネットが四国を取り囲む。
佐東長官は机に置いた両手に身をゆだね、その地図を眺める。
マグネットを一つずつ、つんと指先で触り数える。
「ふむ。四国全域をカバーし、潜伏しているであろうオノゴロの勢力を牽制する、と。」
その作戦に納得したようで、背筋を伸ばす。
「身一つにして面四つあり、というわけだな。」
「E76およびE30チームは統合戦略本部、E28チームは因象観測本部に編成を一任する。」
イブキと伊能の二人を見つめたのちに、残る二人の長官へ顔を向ける。
「お二方もそれでよろしいか?」
残り二人の長官も頷く。
「はい。」
「異論はない。」
「では、これより四面作戦を開始する。」
「以上、解散。」




