CASE 08 : 蠢動 -LIVING THINGS-
「お、ここか。着いたで」
芳理は、工場の構内にある駐車場に車を停め、サイドブレーキを上げた。
「それで、シナリオは決まってるのか?」
戸次がそう訊くと、隊長はスマホでニュース番組を再生した。
「今日未明、三葉重工の工場に化学兵器を使用したテロが発生しました――」
そのアナウンスの後に、映像が切り替わったようだ。
ゴーッという低く唸るような音をバックに、レポーターの声が流れていく。
報道ヘリが上空からこちらを映している映像だろう。
「なるほど。」
戸次は短く頷く。
「で、俺たちは公安だと。心得た。」
隊長はうんうん、とにっこりと頷く。
周囲はコンビナートや工場が広がっている。
どうやらここら一帯が一斉に停電したらしい。
そして、今まさに正面に構えているロボット工場。
この工場で特に強い因力反応が一瞬だけ検知されたという報告を受け、私たちはここへ来た。
近くでは、ジャンパーを羽織ったスーツ姿の男女数名が慌ただしく動き回っている。
あれは天空班だ。
工場の周囲には規制線が張られ、作業員らしき人影は見当たらない。
戸次は先行していた隊員に現場の状況を聞き、結界の施工について何やら打ち合わせをしている。
その横では、芳理がカメラを片手に現場を撮影して回っていた。
「お疲れさまです」
天空班の一人がこちらに気づき、軽く会釈する。
そのとき。
——ぞわっ
背筋が凍りついた。この感覚は......
「隠れても無駄ですよ。タタラちゃん。」
少彦名ミコト。六合班に所属している御守で、十年前からの幼馴染だ。
西日本は天空班の管轄のはずだが、なぜだかここにやって来ている。
「坂野坂トンネル、高速道路、あの時は随分と派手にやってくれましたね?」
「——あれは、不意打ちと言いますか......」
「あの時は想定外ですから水に流しましょう。」
ミコトはにこりと笑う。
「でも、せめて感謝の気持ちは残していってくださいね。私に怒られると思って、早く逃げたいと思っていたのでしょう?」
「......はい。」
――耳が痛い
「高速道路の修復や交通整理も大変でしたが、新幹線を直すのも大変だったんですからね。地震でパンタグラフやトンネルなんて壊れませんから。」
「......すみません」
「違う」
「......ありがとうございました。」
「結構。」
ミコトは満足そうに頷く。
「万動さんもタタラちゃんのこと、しっかり見てくださいね」
隊長もミコトの底の見えない笑顔にたじろぎながら、サムズアップで了承した。
隊長、ミコト、私の三名が建屋内を捜索
戸次と芳理、天空班は後方で解析と支援を担当する。
―—突入班は問題となっている建屋へと歩みを進める。
隊長は暗視ゴーグルを装備する。
ミコトはビャクちゃんのピット器官経由である程度暗闇を見渡せる。
隊長は、右手のひらを前に向け、手首をくるりと返した
―—「しかし。」
続けて、短く問いかける仕草
―—「なぜ?」
どうして東日本管轄のミコトがここへ来たのか。その点は私も気になっていた。
ミコトはその手話を見て、
「天空班の報告によると、工場内のロボットアームや搬送ロボが電源設備に向かって這いつくばっていた――と。」
「生き物みたいだね。式神とか怪異の類?」
「ええ。ただ、それだけなら私は呼ばれてない。」
「怪異だったらふつう、山とか墓場とか、因力の溜まっているところに寄り付くでしょう?」
「そうだね。で、式神だったら術者が近くに居るはず――」
「ええ。実際にはその気配もありません。」
「じゃあ、そのロボットたちは、ひとりでに電力を喰って因力に変換しようとしてるってこと......?」
「兼村さんや私は、そうではないかと踏んでいます。」
「......ヤッちゃんやビャクちゃんみたいだね。」
――ヤッちゃんとビャクちゃん
ミコトが使役している二匹の蛇型の式神だ。
......正確には、友好関係にあると言った方が適切かもしれない。
ヤチホコ――真っ黒で大きく寡黙な蛇――
これをヤッちゃん。
ビャクジャ――真っ白で包帯のように細長いお喋りな蛇――
これをビャクちゃんと呼んでいる。
今は、二匹とも包帯のように平べったく、ミコトの腕に巻き付いた状態で眠っている。
「ですね。この子たちもまた、物質を食べて因力として『消化』している。」
ミコトは、自分の腕をそっと撫でながら続ける。
「この手の事案は、ここ数十年、全国で一度もありませんでした。」
「――ということで私が呼ばれたんです。」
そう会話をしていると、目に付いたものを見つけた。
――最も、私は目が見えないが......
金属製の筐体が集まっているところ。
筐体のうちいくつかは扉がこじ開けられており、その中の機械と電線が無理やり繋ぎ合わされていた。
そして電線やワイヤーが蜘蛛の巣のように、電柱などに無数に編み上げられ、張り巡らされていた。
「電線が絡まってる。蜘蛛みたいだ。」
『あー。変電設備か。ウチも回ってみたけど、ところどころ掘り起こされとったり切られとるとこがあったな。』
「巣の材料を集めてたってこと?」
「生物ベースの怪異であれば、元来の生物のような行動を取るのは自然です。」
『思いつくのは土蜘蛛か女郎蜘蛛あたりかねぇ。』
続いて因力反応があったとされる区画へ侵入する。
今は因力の面影すら残っていない。
停電の影響で照明は一切点灯しておらず、窓が無い閉め切った空間。
光が入り込む一切の余地もない。
"エアつまみ"を低い周波数帯へと調整する。
いわゆる赤外線だったか。
広大な空間を二階のメンテナンス用通路から望む。
――上方には格子状の梁。
さらにその上を無数のダクトや配管が複雑に、そして縦横無尽に走っている。
下方には、無数のロボットアームが規則正しく並んでいた。
パネルで仕切られた一つの区画。
その真ん中に製造途中の車体骨格。それを十二本のロボットアームが取り囲む。
そういったものがいくつも並んでいる。
その近くにはロボットを動かすのであろう大きな機械が並んでいるが、
通電しているような気配すら、まるでない。
が、屋根裏の隅に改めて"焦点"を当てると、
先ほどのような金属製の"蜘蛛の糸"を発見した。
その瞬間。
――ガサッ......
二時の方向。
音とともに素早い影が設備の間を縫っていった。
大きさは一メートルほどだ。
直後――
その影が飛び掛かってきた。
まるで蜘蛛のような。
咄嗟に刀を抜く――が、金属製の足に食い止められた。
あまりこの手は使いたくないが......
「励磁。」
......カタカタカタ――ウィィィィィン
刀身は高速で振動し、やがて赤熱する。
硬いアームの骨格は、豆腐のように斬れていく。
蜘蛛だったものは、六本のロボットアームとガラクタとしてあたりに転がる。
――ガチンッ、ジジジ......
――ギッギギギギギ......
続々と、影がうごめいていく。
金属が擦りあう音。
それに伴い、気配が賑やかになってきた。
なるほど。
さきほどの"個体"は見張りか。
にしても、胴や足の寸法、形状もよりどりみどりだ。
あるものは腕の形状こそ異なるものの、先ほどの個体と同じ程度の大きさだった。
一方で、溶接用の大型アームを脚代わりに、六、七メートルほどの巨躯を支えているものもいる。
「この子たち、とても賢いですね。」
こんなにも大勢隠れていたとは―—
四方から蜘蛛の大群が飛び掛かる。
ミコトの左腕に巻き付いていた黒い包帯が、するりとほどける。
包帯の先端はペンチのような機械的な頭へと姿を変えた。
それが、みるみる膨らんでいく。
「ヤッちゃん!」
「相分かった!」
ヤッちゃんはミコトの声に応え、大きく頭を伸ばした。
蜘蛛の群れへ突っ込み、次々とかみ砕いていく。
隊長も飛び掛かってくる蜘蛛を一体ずつ殴り、蹴り飛ばしていく。
私も休むことなく刀を鞭のように振り回し、蜘蛛を蹴散らしていくが、
―—ジッ、ジジジッ
閃光が飛び交う。
さきほど斬ったはずの残骸が、床の上でうごめく。
動ける個体の一部は、倒した個体の腕や胴を繋ぎ合わせ、"修復"する。
「再生するのか」
『さっきからずっとニコイチしてんで!』
芳理の声がインカムから飛ぶ。
共喰い......と言うべきか。
ただ、減るどころかさっきより、増えているような気がする。
「これじゃキリがないね。」
「ええ。本体を見つけるか、一気に倒すか――」
「後者ができればいいけど。」
ちょうど隊長もそう判断したようで、
私に向かってパーにした右手を押し下げる仕草を繰り返した。
――面で潰せるヤツを呼べ
「了解。」
その指示を受け取り、インカムのマイクに手を付けようとした瞬間。
大きな塊のようなものが、熱を帯びるほど高速にこちらへ向かってくる。
――ドォォォォン!
それは、屋根を突き破り、蜘蛛の一匹を巻き込んだ。
煙が晴れると、火玉の着地点から坊主頭の大柄な男性が現れた。
足元には、鋼鉄製のアームすら原型を留めないほどに歪み赤熱した、
蜘蛛を構成していた部品たちが転がっている。
「ただいま参上!」
その直後、インカムに通信が入った。
『面制圧をご所望でしょう?社長と上層部には話は通しておきましたよ。』
兼村さんの声。
『肉を斬らせて骨を断つ。』
『工場一つくらい安いもんさ。派手にやってくれ、とのことです。』
無線越しに、不敵な笑みが透けて見える。
――この人は一体どこまで見通しているのだろうか。




