CASE 07 : 番路 -SHORTCUT-
――因妖庁市ヶ谷本部
「京都の被害状況は?」
長官の問いに、兼村は手元の資料へ目を落とす。
「建物、結界設備ともに甚大な被害が出ています。人的被害も軽くありません。」
「近隣の天空班には、負傷した市民の治療と記憶操作、その他の情報工作を。朱雀班の残存チームには、現場の痕跡調査を急がせています。」
「……そうか。」
短い沈黙。
「それで、持ち出されたものは?」
兼村の表情がわずかに硬くなる。
「琥羽原事件に関わる重要情報です。天逆鉾システムの内部構造にも絡んできます。」
長官たちはお互いに顔を見合わせる。
「まずいですね。あれは全国の結界の中核を成すシステム―—奴らがその全容を握れば、"百鬼夜行"が起きる可能性があります。」
「規模や目的も判明していない以上、早急にオノゴロの全容を掴む必要があるな。」
兼村は資料を閉じる。
「それに、今回の件で明らかになったことがもう一つあります。」
「何だ?」
「今まで御守を管理していたのは、我々因妖庁のみです。」
「しかしその前提は、先日の京都襲撃で崩れました。」
「我々は今まで御守や部隊を、各地域の実態に合うように編成し、運用してきました。白虎は怪異鎮圧、勾陳は対人戦闘、玄武は山岳戦闘、というふうにね。」
「ところが、連中は神出鬼没。その上、人為的、また恣意的に怪異や式神を生み出しうるほどの実力を有しています。」
「つまり、奴らは我々にとって不利な手札をいつでも出せると。」
「その通りです。こちらが一つの脅威に対して対策を整えたところで、連中は別の手札を切ってくるでしょう。」
「固定された編成では対応が後手に回ります。」
「したがって、今の我々に必要なものは、これに柔軟に対応可能な遊撃部隊です。」
「遊撃部隊?御守を特定の管轄から切り離すつもりか?」
「ええ。あくまで試験運用ですが。」
「編成は?」
兼村は三名の長官に資料を手渡す。
「従来の裁羽奈タタラと万動 源のツーマンセルに加え、騰蛇班から妖装技士の錦 芳理、そして、案内役に戸次 申太を付けます。」
「錦は妖装技士学校の首席ですね。人格に少々癖はあるが、確かに実力は申し分ない......」
もう一人の長官が眼鏡をつまみ、資料に目をやる。
「戸次?裁羽奈の元隠密か。しかしその男は信用できるのか?」
兼村は即答する。
「ええ。少なくとも、報酬に対しては忠実です。」
「なによりも、この男は我々ですら把握し得ないような"裏道"を知り尽くしている。」
「主命とあらば日本中どこへでも、すぐに駆け付ける―—」
「そんな遊撃部隊にこの上なくうってつけの人物かと。」
長官の一人は、資料を置いて思案した後、
「分かった。ただし一つ条件がある。」
「勾陳班から狙撃チームを編成し、これを監視につける。」
空気がわずかに張り詰める。
「——もし、万が一の事態が起きた場合は」
長官は兼村を真っ直ぐ見据える。
「分かっているな?」
「……承知いたしました。」
兼村は静かに頭を下げた。
私たちは、さきほど立ち寄ったSAへ引き返していた。
隊長のスマホに、兼村さんから新たな連絡が入ったからだ。
戸次は車に戻ると、グローブボックスを開ける。
そこには命令札と、小さなスプレーボトルが入っていた。
それを取り出すと、キャップを外して命令札に水を吹きかけた。
―—じわっと文字が滲み出してきた。
「しっかし、今の命令札は便利になったもんだなぁ。」
戸次は目を細め、命令札をじっくり見る。
「ふーん、神戸ねぇ......」
「こっからだと番路を"五飛び"くらいして一時間ってとこかね」
「早」
と、私と芳理は、思わず声を揃えた。
「......相性いいな君ら」
戸次は一息つく。
「まあいい。」
戸次がスマホのマップにルートを設定し、前に置いてあるホルダーに差し込む。
「いいか、まずこのトンネルを通る。」
芳理は戸次の指先に注目する。
「うん。」
スマホの画面をスワイプする。
「そうするとこのトンネルに飛ぶ。その後はここのガレージに行ってくれ」
「はいよ。」
芳理がアクセルを踏む。
高速道路を降りる。
田園風景。
山道。
過ぎ去っていく下道の風景を"眺める"うちに、トンネルにたどり着く。
「じゃあここでパッシング二回、ウィンカーを右に一回倒す、そして左に五回——」
「はいよ。」
トンネルの中の照明は一瞬停電した。
トンネルを通過し、暗闇が晴れた先には森林が広がっていた。
人気のない道路を走る。左手には大きな湖。
しばらく走ると、錦が車を停める。
のどかな山のふもとに建屋が一軒、ポツンと建っている。
ガレージが三つ並んでおり、その上には居住用と思しき区画がある。
「本当にここ?誰かさんの家にしか見えへんけど。」
「ああ。それはカモフラージュだ。表向きは金持ちの別荘だが、れっきとした因妖庁の施設だ。」
「ふーん。」
「じゃあ、手前から二番目のピットに入ってくれ。」
「そこじゃないといかんの?」
「ここは因妖庁の車両が頻繁に出入りする、いわばハブだ。あれをよく見てみろ。」
隣のシャッターの穴から電灯がチカチカチカッと点滅しているのがわかる。
「ちょうど別の車両が飛んで来るサインだ。」
「番路は基本一体一で繋がってる。だが、あれみたいに一点から何本も枝分かれしてるやつもある。」
「Wi-fiルーターのポート番号みたいなものがあんのね。」
「しくじってあそこに入りでもしちまえば、俺たちは明後日の方向に飛んでっちまう。」
「ウィンカーを右に二回倒して、パッシングを一回。ホーンを二回。ブレーキを三回踏んで。」
「了解。」
シャッターが閉まり、中が真っ暗になる。
少しすると、照明が点滅した後に点灯。シャッターが開く。
シャッターの先は、先ほどの"緑"に囲まれた風景とは打って変わって、住宅街が広がっていた。
―—番路。
形状が同じガレージや、トンネルのペア同士で転移先が繋がっているらしい。
ガレージに止まって"儀式"、トンネルの中では走りながら"儀式"
こうした作業を何度も繰り返す。
「何か所も経由せずに一気に移動するのはできないの?」
「技術的にはできんくはないけど、パジェロまるまるを転移させるだけでも結構因力使うんよ。」
前方を見据えて淡々と返す芳理を横目に、戸次がニヤリと笑う。
「その通り。」
「それに、何か所かに分割したほうが、運用上の利便性が高い。まあ、"儀式"は面倒くさいが、それを加味してもだ。」
「だから、こうして"リレー"をするのさ。」
「......なるほど。」
隊長が腰のポーチから、いつもの文庫本を取り出す。
ぱらぱらとページをめくり、一節を指で示した。
「……知らない道だ?」
戸次はその一節に目をやる。
「.......ああ。因妖庁が把握、管理している番路があるのは当然ご存知だろうが――」
「民間因妖師たちがこっそり使ってるルートもある。」
「全国の番路と転移手順は全部——」
戸次はトントン、と自分の頭を指差す。
「俺のここに詰まってんのさ。」
「さあ、どんどん行こう!」




