CASE 06 : 分岐 -BRANCH-
右手にはフードコート、左側には店舗がずらりと並んでいる。
が、人の気配は全くない。
用を足して戻った頃には、隊長や芳理の気配も消えていた。
声をかけてみても、まったく反応は無い。
通路を探索する。
施設の隅から隅まで。
――地磁気のズレも全く感じられない。さきほどと同じ、SAの”風景”だ。
ただ一つ違うのは、一人たりとも人間の気配が感じられないこと。
――キィィィィン......
構内放送が鳴り響く。
『久しぶりだな。裁羽奈タタラ』
「誰?」
しかし、バックヤードにすら人影は無かった。
『まあ覚えちゃいないか......だいぶ前だしな。』
『まあ、その様子じゃ当分は眼は開けねぇようだな。』
「眼?開ける?どういうこと?」
『お前、一度たりとも迷ったことないだろ。』
『俺は金にはうるさいが、仕事相手はしっかり選ぶ質なんでね、』
『悪いが迷ったことねぇ奴は連れていけねぇ。』
――プツッ
そのノイズ音を最後に、先ほどまでの静寂が戻ってきた。
――とある昼下がり、神社の境内。
咲きはじめたばかりの梅の花、その向こうにほのかな湯気が立ちのぼっている。
湯気のもとは、縁台に置かれた湯のみであった。
男が団子を手に、一人黄昏れている。
――ザッ......ザッ......
砂利を踏みしめる音が近づいてくる。
「久しぶりだな。申太。」
「イブキさんですか。まさかこんな形で再会するとは。」
イブキはゆっくり縁台に腰をかける。
男は団子の皿を差し出す。
「ひとつ、どうですか?ここのみたらしはほどよい甘さでね。」
イブキは手で遮る。
「いや、いい。今は甘味を求めるほど身体を動かしてない。」
「相変わらずお厳しい人だ。――美味しいのに。」
男は団子を一口かじる。
イブキは湯のみを手に取る。
「早速本題に移ろう。」
「ええ。」
男はお茶を手に取り、一口すする。
「君に娘の子守をしてほしくてな。」
男は思わずお茶を吹き出してしまう。
「......失礼。」
「――私を買い被りすぎですよ。子守は私の柄じゃない。」
「お前が昔匿ってた姉よりは素直な子だ。」
「はあ、知ってますか......手のかかるご息女でしたよ。あの子は」
「そうか。」
「まあ……」
男は少し考える。
「妹のほうも、違うベクトルで大概だと思いますけどね。」
イブキが横目で見る。
「......分かるのか?」
「そりゃあ、伊達に裁羽奈家の隠密やってませんから。」
男はふー、と一息つく。
「――良いでしょう。」
「引き受けてくれるか。」
「ええ。」
男は残った団子を眺める。
「まあ、分かってるでしょうが――」
一本をつまみ上げ、にっこりと顔の前に掲げた。
「報酬はたんまり頂きますよ」
イブキは鼻で笑う。
「ふん、言ってろ。」
―—おそらく三時間程度。
探索できるところは一通り探索した。
出口はどこも締め切っている。
人気は居ないが、強硬策に出るか――?
いや、万が一を考えると―—。
電磁波による探索を以てしても皆目見当が付かない。
ならば、ここで救援を待つしかないのか。
多くの思考が頭をよぎる。
――もう疲れた。思えば慣れないことがいっぱい起きた。
フードコートの椅子に座り、机に突っ伏す。
ぼんやりと、空と森が見える。
......私はこの色を、知っている――?
「良い?タタラ。そのモヤモヤを大切にしなさい。」
右から声が聞こえる。私の記憶にはない。
――でも、とても安心感のある声。
輪郭はぼやけて見える。
眩しくない、優しい色合いの髪と瞳をしていた。
でも、その振る舞いは、どこか活気を感じさせるものだった。
「そう感じた先には、たいてい何かある。」
「......モヤモヤ――?」
その言葉を、頭の中で反芻する。
すると、まぶたの裏に広がっていた景色が、少しずつ色彩を失っていく。
"緑"の光が消えていく。
そして、"青"も。
――やがてすべてが、いつもの真っ暗な風景へと変わった。
上体を起こし、フードコートを改めて”見回す”
私は一番端の席に座っていた。
正面には、正方形の形をした木製のテーブル。
同じ形のテーブルが横に五列、縦に六列。
......テーブルが微妙にズレている。
あるものは斜めになっていたり、間隔がまばらになっていたりする。
まるで、さっきまで誰かが使っていたかのように。
それに比べて他の場所は、不気味なほど整然としていた。
お土産の陳列は、一ミリのズレもなく積み上げられていた。
看板や自販機も、何かを基準にしているかのように、
平行、垂直に並べられている。
――何を基準にしている?
私は辺りを”視る”。
そして、足元に視線を落とした。
床。
市松模様のタイル。
……これだ。
私は一つずつ、テーブルを動かしていく。
一寸のズレもないように。
平行に。
垂直に。
すべてのテーブルを、床の模様に合わせて並べ終える。
「......まさか。」
腰のポーチから小さなケースを取り出す。
取り出したのは、砂鉄が一杯に入った、長い直方体のケース。
蓋をカポッと開ける。
床に向かって、砂鉄をサーッと落とす。
砂鉄が床に落ちる。
――その直後、
テーブルの隙間に沿って、這うように流れていく。
「......因圧が高いところに向かって、吸い付いている――」
砂鉄の軌跡が、一本。
また一本と。
縦横に走る線が張り巡らされていく。
――まるで、碁盤の目のように。
「これは条坊制結界だ。」
横、縦――交互にテーブルの隙間を通っていく。
最後に横方向に隙間を通った時。
鍵が開く音。
扉を開ける。
外に出て、歩いていく。
しばらく歩くと、”前”に壁と、出入り口があった。
ホールのような広大な空間が広がっていた。
そして、”後ろ”は巨大な箱となっていた。
――コンコン
壁を叩く音。
少しすると、カリカリと何かを削るような音。
すると、芳理が壁からすり抜けて顔を出す。
「......なんだこりゃ。ドッキリかや?」
「ん?タタラ?隊長?どうしてここに?」
「フードコートのテーブルを並べてたら出れた。」
「は?どういうこと?」
隊長はパイプ椅子に座って読書して待っていた。
こちらに気づくと「よっ」と言わんばかりに片手を上げた。
砕けた壁。
隊長のことだ。即断で突き破ったのだろう。
発砲スチロール......と思いきやコンクリートの壁だった。
せめて発砲スチロールであってほしかった――。
――パチ、パチ、パチ
「いやぁ、お疲れさん!」
どこからともなく、大勢の拍手や完成がホールいっぱいに反響した。
そして出入口の先から、花束を抱えた声の主が現れた。
「クランクアップおめでとう――という冗談はさておき、」
「お見事だ。さすが因妖庁の精鋭揃いなだけある。」
「面白いもんを見せてもらった。」
男はまず、源を見る。
「万動は、俺の言葉遊びによく気づいてくれた。……まあ、あれを言葉遊びと呼んでいいのかは知らんが。」
......どういうこと?
私と芳理は思わず首をかしげるが、男は構わず続ける。
「そして、錦。お前は反響音で結界の構造を解析し、ものの見事に相殺する結界を作り出した。」
「......どうも。」
そして男は、私を見る。
「最後に、タタラ。」
抱えていた花束を、近くのテーブルに置く。
「......お前は今までうまく行き過ぎてたんだ。ずっとレールの上だった。」
「だからこうしてトレーニングをしたわけだ。」
「トレーニング......?」
「これでお前は初めて......いや久しぶりに―—」
「"脱線"するという選択肢ができた。」
私は、その言葉の意味をはかりかねていた。
「俺は、お前たちの道案内を務める、戸次 申太だ。」
「よろしくな。」




