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CASE 05 : 待機 -STANDBY-

窓の下あたりが少し”眩しい”

――これは海だ。

先生の話によるとたしか、青は波長が短くて......

エネルギーがすごい。だからギラギラして見える、とかだったはず。

そして幾何学的な地形と、無機質な構造物が並んでいるのがわかる。


港湾の工業地区に来たようだ。


しばらくすると、工場のゲートに着いた。

守衛らしき人物が声をかける。

「ご苦労様です。身分証はありますか?」

芳理(かおり)はブルゾンの中からIDカードを取り出し、守衛にそれを見せる。

「どうぞ。」

「ご協力ありがとうございます。お通りください。」

守衛は手元にある操作卓のボタンを押し、ゲートを開けた。


芳理(かおり)は、サイドブレーキを降ろし、シフトを切り替え車を発進させる。

「普通の工場に見えるけど?」

「そうか、ここは知らんのか。」

シフトノブを、くっ、と二速へ倒しながら続ける。

「まあ、じきに分かるがね。」


工場の構内を進んでいく。

しばらくすると、ガレージに入る。


カチッ、カチッ......カチカチカチッ......プォォォン―—


すると、芳理(かおり)はハンドルのスイッチやハザードスイッチ、ホーンを、

まるで”儀式”のようにテンポよく操作した。


直後、シャッターがひとりでに閉まる。

照明が落ちる。

一切”光”が感じられない。


地磁気の感覚がズレた気がする。

どこかへ転移したのだろう。


――照明が点灯する。

シャッターが上がる。

”光”が一気に入り込んできた。


周囲はコンクリートで舗装された無骨な通路になっている。

ただ、送風機の音だけが鳴り響いている。

しばらくその通路を進むと、厳重なゲートが近づいてくる。


こめかみで”エアつまみ”を調節して、周波数帯を変える。

――ここは地下だ。

二百メートルほど前方を”視る”。

正面には奥行一キロメートル、幅四百メートル、高さ十メートルほどの

巨大な構造物がある。

ただし、”箱”の中身までは"見え"ない。


少し下の方に”焦点”を向ける。

箱の先からは通路が伸びている。

その先には、先ほどの箱よりも大きな構造体がある。

またさらに通路が伸びているが、そこから先までは”視え”なかった。

まるでアリの巣のようだ。


守衛ゲートを抜け、駐車場――

そこには今乗っている車と同じような形状の車が数十台ずらっと並んでおり、

その反対の区画にはひときわ大きな車両が数台。

一つは、箱のような車体。

とはいっても普段みるようなバスとは違う。

箱の角はより鋭く、無骨な車体に"見える"。

もう一つは後ろに大きな箱が付いているトラックが二台。

いずれも東京の基地でたまにみたことはある。

しかし、つくづく何をする車なのかよく分からない。

さらに奥の車庫にはタイヤが六つ着いた装甲車が三台、整然と並んでいた。


芳理(かおり)はキーを回してエンジンを止め、ぐぐっと背伸びをした。

「着いたで。ここが妖装開発部隊 太裳《たいじょう》班の本部や。」

「ここって騰蛇(とうだ)班の基地じゃないの?」

「ああ、ちゃう。うちら騰蛇(とうだ)班の本部は大阪や。」

「うちみたいにここに配属されてる騰蛇(とうだ)班の人間もぼちぼちおる。」


小柄ではあるが、体ががっしりとした男性がこちらに歩み寄ってきた。

「おお、錦、お疲れさん。」

「徳田部隊長!さっきはどえりゃあ大変でしたよ。」

「例の連中なぁ!思ったより動きが早ぇもんだがな。」

「しかし、よく来たな!改めて、ぼかぁ太裳班部隊長の徳田だがや。」

徳田部隊長は隊長の手を握り、力強くぶんぶんと振る。

「でらえらかったろ!ここの宿舎は悪かねえ。ゆっくりしや。」

徳田部隊長の早口の名古屋弁。

――半分くらいは耳を通り抜けていった。





徳田部隊長に案内され、食堂に入る。

昼過ぎ。人はまばらだった―—

「芳理《かおり》さん、さっきは助かったよ。」

「あー、あれはたまたまよ。ほんとに。」

「なんでウチが駆り出されたんかよー分からんけど。」

芳理《かおり》は並べられた小鉢から一つ取り、トレーに置く。

「まあ、アンタらみたいに現場だの転勤だのは、ゴメンだがね。」

「あ、おばちゃん、味噌カツ定食よろしく。」

「はいよ。」

レーンを進み、壮年の男性に声をかける

――調理衣を着こんで、帽子を被っている厳めしい板前のような男性。

......本当に板前なのかもしれないけど。

「かけうどん大盛りください」

男は、威勢の良い声で返す。

「あいよ、長めに茹でとくよ」

「よろしく」

男は麺を湯に入れ、静かに見守る。

「アンタそんなんでええの?」

「.......食べやすいからこれでいい。」

「あい、かけうどん大盛り」

「どうも」

丼を受け取り、トレーに移す。

箸をとり、七味を五振り。

思えばいつもこれだ。

隊長は本の中の文章を芳理に見せ、いつものように一節を指差す。

「意思決定コスト......はー、そういうこと。」

「どういうこと?」

「アンタらのキャラが分かってきたわ」

芳理は納得したように唸る。

「自分で考えることを減らしてる、と」

隊長はうんうん、と小刻みに頷く。


眼は見えない。だが、この頭には多くの情報が常に入ってくる。

―—眼を瞑っていても。

だからこそ。


何を食べるか。どこへ行くか。どう動くか。


そういうことは、いちいち考えない。


決めてしまえば、それでいい。

言われてみれば、考えないことで何事も上手くいっていたのだと思う。

そう回顧しながら、

「......まあね」

と応える。





宿舎前の廊下で私は隊長と芳理《かおり》と別れる。

私は太裳(たいじょう)班の職員に付いていった。

エレベータに乗る。

身体がふわっと浮くような感覚が長く続いた。

エレベータが停まると、長い通路。

職員と私はパスケースを装置にかざしてゲートを通る。

そしてまたエレベータ

降下するかと思えば、今度は身体が上から押さえつけられるような感覚。

エレベータ、長い通路と繰り返され、

地下なのか、地上なのかすら曖昧になってくる。

しばらく歩くと、職員は扉の前で足を止める。

「こちらです。」

部屋の中は、少しだけ豪華なホテルの一室のようだった。

リビングにはテレビ、冷蔵庫、ソファなど、必要なものが一通り揃っている。

奥には和室があり、刀の手入れに必要な用具類も用意されていた。

ひとつおもしろいところを挙げるとすれば、地下に窓枠があること。

窓を開け、そこから手を出す。

そこを探るように腕を振り回す。

......やはり広い空間が広がっている。

奥に”焦点”を当てる。

プロジェクタのような装置を”視て”腑に落ちた。

――あたかも外に景色があるかのように再現しているのだろう。

よくできている。





――数日後。

朝も夜も曖昧な地下で、ただ訓練、座学、刀の手入れをする生活を繰り返してきた。

食事の時間だけは決まっている。

それ以外の時間は、与えられた部屋で過ごす。


時計がなければ、今が昼なのか夜なのかも分からない。


私は自由時間、いつも基地の中を歩き回る。

ここでは限られたところしか回れない。

基地には研究施設があると聞いたが、芳理(かおり)に「絶対にいかん」と頑固拒否された。

どうも私がそこに行くと、中の精密機器が壊れると。

入る前から"出禁"になっていた。

......私は何もしていないのに。


そんな生活にだいぶ慣れてきたところで召集がかかる。

私を含めた三名は、徳田部隊長に案内される。


螺旋階段をただただ降りていく。

ただ、半長靴の音のみがトン、トン......と静かな空間にこだまする。


指令室のとなりの会議室。

長机を囲み、座って待機する。

静寂の中、時計の針の音が鳴り響く。



秒針が十二時を指す。

――発令時刻だ。


隊長と徳田部隊長の二人が自分が身に着けている鍵を取り出し、

部屋の金庫の前に立つ。

二人同時に鍵を回す。


金庫を開けると、そこには白紙の札と特殊な液体が入った容器が入っている。

芳理《かおり》は近くの水道でたらいに水を汲んできた。

そして、特殊な液体が入った容器のふたを開け、

一滴、水で満たされたたらいにぽつんと垂らす。


そして、先ほど出てきた札を水に浮かべる。

こうすると文字が滲んでくるらしい。

――むろん、私には読めない。


芳理(かおり)は浮かんだ文字を読み上げていく。

「市ヶ谷直属特務部隊。

 本部隊は、式神災害に迅速に対応可能な遊撃部隊の試験運用を目的とする。

 ――以降、本部隊を麒麟(きりん)班と呼称する。


 ――以下三名を麒麟班に編成する

 青龍班 妖曹 万動 源

 青龍班 御守 裁羽奈 タタラ......」

芳理はその直下の文章を視るや否や、露骨に顔をしかめた。

「騰蛇班......錦......芳理――」

脱力した手つきで札を水桶に沈める。


――ボッ......

札はひとりでに、静かに燃えだした。

どこか、芳理を慰めているような気がした。

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