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CASE 13 : 来客 -VISITOR-

―—ジャッ

細く薄っぺらい金属板の連なりが、軍隊のように一斉に向きを変える音がした。


眩しい。

暑い日差しがその隙間を通り抜けて、背中をじわじわと指してくる。

八幡《やはた》のやつ――うちの安眠を邪魔しに来たな。

「――さん!起きてください!」

「――しゃあしいな。あと五分」

片目をじわりと開け、八幡を一瞥してまた顔を伏せる。

「ダメですよ。何時だと思ってるんですか!そろそろ約束の時間ですよ。」

八幡は思い切り耳をつねる。

「痛い痛いっ、分かったよ」


机に置かれているデジタル時計を、目をこすりながら見る。

――ああ、十時。


「……もうそんな時間か。」

トントン、とドアを叩く音が鳴る。

私はドアの前に立ち、返すようにドアを叩く。

いつも通りの因妖師の取り決めだ。

『恒《こう》』

ドア越しに言葉が聞こえてくる。若い男性の声。

「比《ひ》」

『覆《り》』

「遯《とん》」

『既済《きせい》』

解錠すると、スーツをきっちりと着こなし、髪を綺麗に七三に分けた男がいた。

声から予想した通りの身なりだ。


「私は鶏内《かいち》という者です。鶏に内と書いて、ね。」

男が差し出した名刺を受け取る。

「ただもんじゃないやろ、アンタ」

「そう見えますか?」

「見えるくさ。事前に"案内"してやったのに、わざと別のルートで来たろ。」

「それは失礼。石橋を叩いて渡る、が我々の信条ですので。」

「はあ、うちが信用できんと。そこに座り。」

デスクの前にある正方形の木のテーブル。

鶏内に、そこにある椅子に座るよう促す。

いつものように、八幡は男の手前に茶托を置いた。

「恐れ入ります。」

鶏内はお茶を一口つけて、

「本当は"先代"の方をお連れしたかったのですが――生憎先約があったようでしたので。」

あのサルジジイより実力が劣ると言いたいのか、この七三は――鼻につく一言にむっとする。

「で?報酬はどんぐらいくれるん?」

「うちもあのジジイと同じくらいにはがめつかよ。」

「カンナさん、意外とそういうところあるんですねぇ」

「せからしか」


「……ご希望を伺いましょう。国防に関わる案件ですから、安く済ませるつもりはありません」

「国も面白い金の使い方するもんだねぇ」

「何もかも"縦割り"じゃ、国は成り立ちませんので。」

あの手の連中は堅っ苦しいやつらばかりだと思っていたが、少しは骨のある人間が居るもんだな、と感心した。

鶏内は湯飲みを静かに机に戻すと、

「それでは内容をお話しましょう。」



「単刀直入に申しますと、あなたの妹を探していただきたいのです。」

「妹?」

私が呆然としている間に、横にいる八幡の口からも言葉が飛び出る。

まるで、私の頭を通過した言葉を復唱しているようだ。

「ええ。裁羽奈タタラです。我々の情報筋によると、三葉《みつのは》重工の工場で因妖庁の隊員として任務にあたっていたと。」

「探してどうすると?そいつが何かやらかしたん?」

「見つけていただいた後の判断は、あなたにお任せします。」

「は?」


「薄々分かっているのでは?あなたのやるべきことが。」

「――いや、やりたいことか。」


「……ウチは探偵やないよ。」

「えー、受けましょうよぉ」


「――ちょっと考える。」


「そうですか。」

鶏内は湯飲みを机へ戻した。

その表情からはさっきまでの笑みは消えていた。

「……妹さんが生きていると知ったら、どうしますか?」


「心中はお察しします。ですので、回答は急ぎません。」

「ごちそうさまでした。」


ドアの前に立ち止まり、こちらに向き直る。

「ただ――」

「妹さんが生きているという事実だけは、お伝えしておきたかった。」

鶏内は一通り喋ると、にこりとした表情に戻り、会釈をして事務所を後にした。

――ドアが静かに閉まる音が響いた。そして、整然とした革靴の足音が徐々に小さくなってゆく。


八幡は唖然とした表情で首をかしげる。

「先約と言ってましたけど」

「何をおっぱじめるのか知らんけど、おおよそクソ親父が大金叩いてジジイを雇ったんやろ」

「じゃあ、あの人はどこの人なんですか?」

「おまわりさんか何かでしょ」


「八幡、今日はもう店仕舞いするけん、帰り。」

「え?」

「カネミツの世話してくる」

「はぁ。」

八幡は荷物をまとめ、不審そうな足取りで事務所を後にした。



事務所の中に和室のブースを設けている。

カネミツの世話に必要な道具や消耗品一式をずらりと並べている。

当然あのジジイの"許可"は得ている。


鯉口を切り、露になった刀身を眺める。

「今日も輝いとるな、カネミツ。」


白銀に輝き、丁子(ちょうじ)が連なるように波打つ文様に現を抜かしていると、

ある名前が、ふと頭に浮かび上がってくる。


――タタラ。

あいつはあの事故でもう死んだんだ。

あんな家のことは忘れよう。

そう思うように言い聞かせていた。


でなければ、うちは生きていけない。

それに八幡のことも喰わせなければならない。


『……妹さんが生きていると知ったら、どうしますか?』


本当に――生きているのか。


だったら、それまでの十年間、うちは何をしていた?


――やめとこう。


余計な思考が頭をよぎる。こんな雑念で溢れた気持ちで向き合うのはカネミツに失礼だ。

カネミツを刀掛けになおし、和室を後にした。



――数日後。

パソコンに向き合う八幡の横顔を眺め、

「八幡さ。もしあんたの家族が死んだと思っとって、あとから生きとったって分かったときどうする?」

「えっ、急」

「うーん、速攻で会いに行きますかねえ。」

「罪悪感とかそういうのは、気にならんか?」

「どうでしょう。でも、私はそういうの考えたって、しょうがないと思ってますよ。」

八幡はぐぐっと背伸びをした。

「ま、なんとかなるんじゃないですかねぇ。」

「随分と楽観的やな。」

背もたれに身体を預け、天を仰ぐ――



「買うわ、あんたの思い切りの良さ」



机に置かれた名刺を手に取り、眺める。


NICL 情報基盤事業戦略部

営業第2課 課長補佐

鶏内《かいち》 真治《しんじ》


外では普通の会社員面をしているようだが、立ち振る舞いから只者ではないことは明白だ。

ただ、それを詮索するのは因妖師として野暮だと思った。


『先日のご依頼、お考えはまとまりましたか?』

「タタラを見つけ次第、身柄はこっちで保護する。」

「それでよかか?」

『ほう、そこまでしてくださるんですね。それならば、こちらとしても大変都合が良い。』

「そう……なんか追加で情報はあったりせんよな?」

『神戸の一件以降、大きな動きは見えませんでしたね。』

『お力になれず申し訳ありません。』

『ただ、我々が感知している一連の事案は、今までにない傾向です。』

『この潮流の中心に彼女が居ることは間違いないでしょう。』

電話がぷつりと切れると、遠くにそびえ立つ入道雲に目をやる。

冷たい風が周囲の木々を揺らす。

――潮流の中心か。

「まずは神戸に行くしかないか。」

「八幡、荷物まとめとき。」

「了解です!」

八幡はにししと笑い、敬礼のポーズをとった。


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