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CASE 12 : 鐡火 -REDOX-

風は凪ぎ、ただ静かに波の打つ音が響く。


加賀美が着ていた作務衣《さむえ》は砂のように崩れ、戦闘服が露になる。

戦闘機のパイロットが着ているつなぎのような。

つなぎといってもぶかぶかではなく、身体に沿うように、やや密着している。

そして手首や膝など節々に円形に輝くものが貼り付いていた。


たしか、擬装膜界《メッキ》を追従させるマーカーみたいなものだと彼女は言っていた。


そう思考を巡らせていると――


加賀美は腰に下げたポーチから手に収まるくらいの小さな円柱のケースを取り出し、

キラキラと輝く粒子をサーッと散らした。



一瞬の静寂の中、二つの声が重なる。

「励磁《デプロイ》」

「散開《デプロイ》」


キラキラとした粒子が周囲を取り囲む。

それは白く輝くノイズの集まりとなり、加賀美を取り囲む輪郭は霧のように溶け込んでいく。


加賀美は近接戦闘のプロだ。

砂鉄を半径三メートルの周囲に――まるで土星の輪が三重にあるかのように展開する。

そして刀を構え、相手の出方を探る。

――"本体"が来るなら、この砂鉄が押されるはず。


五時、砂鉄が押される"感触"——絶妙にイヤなところから!

「遅い」

――ザシュッ

"もう一人"の加賀美が滑らせた刃が左腕の筋を切り裂く―—ビリッとした鋭い熱さを感じた。

左腕はもはや力が入らず、身体を振り回すだけのただの重しと化す。

敵にしたくなかったな、という弱音を吐く間もなく


十二時の方向、熱線が迫る。


光が折れ、二時の方向へ向かい――

とっさに後ろへ仰け反る。

隙も与えず直上から降り注いできた熱線が頬を掠める。

逆手で刀を抜きざまに振り上げ、もう一方の熱線を遮る。


何本もの熱線がわずかに砂を焦がしながら、一点に収束していく。

私の足元へと。


足が沈む――ここは受け止めるか……!


『死ぬ気でのけ!』

耳元のインカムに芳理の声。

とっさに砂鉄を固め、それを踏んで後退する。

――ジリ……

一本の束となった熱線は、周囲を回っていた砂鉄の一部をどろどろに溶かす。


『おし、通じ……るっぽいな。よく聞き』

『あいつは多分銀粉で太陽光を反射させて、集……せてる。』

――たぶんだけど、虫眼鏡みたいなものだろうか。

『あんたの指ぃ焼き切るくらいやから……でりゃあでかい"鏡"を作っとるはずや』

『あと銀の融点、覚えときゃあよ』


『鉄が千五百度くらいなら銀はざっと千度くらいや』

『つまり、さっきみたいに鉄を溶かすほどの熱なら、銀も溶けるやろな。』


『応援は呼んどるから、もうちょっとこらえてゃあ!』


加賀美の手札は、銀粉レーザーとナイフの不意打ち―—前者は鏡とやらを見つけて、壊せれば。後者は"分身"さえ見分けられれば――。


しかし、あれを見分けられるか?

であれば、

『まずは銀粉をどうにかする――』

わかってる。

でも、どうすれば?


腰に下げたポーチのボタンがぱちんと取れる。

『ここ十年、ぬるま湯に浸かって鈍った?』

私の"意思"に反して左目の瞼が――そして、私と同じ声が頭の中で流れてくる。


誰?


『忘れたの?一体何のためにこのケースを持ってたの?』

ポーチからすすす――とケースがひとりでに浮いている。

いや、掴み取られている。

隣のケースから伸びた、砂鉄の手に。


その手は蓋を飛ばし、ササーと粉を落とす。

銀色の粉末がこぼれ、風にあおられる。

だが、散らない。

砂鉄の手が細長い糸へと姿を変え、宙へ舞い上がろうとする粉末に絡みついていく。

無数の糸が粉末を絡め取り、束ねていく。

そして、それは前方へ――まっすぐ伸びてゆく。

「連砂《カスケード》」

私は今、何と?


『刀を振れ』

声の主に言われるがままに、ただ刀を振る。

――パチン

刀と砂鉄が擦れる音とともに、"黄色"の火花が散るのが見える。

火花は砂鉄に当たり、

――ゴオオオオオ……

そこを起点に火柱が伸びていく。

火柱が、ふわふわと浮かぶ砂鉄に沿って伸びていく。

まるで雷のように――自分が存在し、輝き続けるための通り道を探すように。


やがて"見えない壁"に阻まれる。

が、それは壁を黄色く白く発光させ、どろどろに溶かしていく。



『そうか!』

『——テルミットか。』

テルミット。テレビかラジオで聞いたような気はする。

でも、どうして私がその使い方を知っていたのか?


だが、今はその思考に気を取られている場合ではない。

冷たい汗が額を流れ、そしてゾクゾクと震え立つ左腕の上を通り抜けていく。

先ほどの熱気によるものではない。


あと五秒――たぶんそれより多くは動けないだろう。

私はその感覚を肌で読み取った。


同時に、周囲を攪乱していた加賀美の術式にムラが出始めたようだ。

彼女も慣れない戦闘スタイルで焦っているのか――いや。


そう思いたいだけなのかもしれない。


だが、ここで仕留めなければ。

どんな手を使ってでも。

何か使える記憶はないか、知恵はないか――高速で思考が回転し、一つの記憶にたどり着く。

昔、島根《ここ》では鉄穴《かんな》流しをやっていたんだと、父上から聞いた。

山を切り崩し、その欠片や粒たちを水路へと流し込む。

そして、流れと重力という自然のふるいにかけて、砂鉄を選り分ける、というのが鉄穴流しというものだ。


こういった砂浜もまた、そうしたふるいによって砂鉄が留まっているんだと。


そういう話を聞いた。そうか、これをやるのは初めてだが同じ砂鉄なら――


銀色の粉末をわずかに地面へ"こぼし"ながら、刀身を線を引くように滑らせる。


私にしか"視えない"黒い導線を、地面に描いていく。


――熱線が私の足元を焦がす。


背中に熱を感じる。


加賀美は這うように私の懐へ迫る。鍔迫り合いの態勢に持ち込む。

――ドォォォォォ!

一筋の火柱が、直線を描いて炸裂する。

火柱は私の脛を脚絆や軍袴の裾もろとも焼き払い、そして加賀美の頬を焼く。

「くっ!」

加賀美はとっさにナイフを握っている手で顔を覆う。


読み通り。

退路を絶て――これが加賀美さんから叩きこまれた、近接戦闘の信条だ。


だから、その状況を作った。



峰を使って加賀美の背中に一撃を叩きこむ。

「やるじゃない――でも。」

加賀美はそう呟くと、地面に伏せた。


深い緑の髪。瑞波さんはこんな色だったのだろうか。



二。


四方から人影がぼんやりと迫る。

近づくにつれ、その輪郭が明瞭になる。

前方に見えるのは――隊員ではない。

八時の方向からは、唸るような低い轟音が響いてくる。

――こっちは聞き慣れている音だ。


心臓がバクバクと拍を上げていく。

瞼を持ち上げ、刀を突き立て、動け、動けと願いながら必死に抗う。


一。


しかし、抵抗も虚しく、視界から一切の色彩が消えていく。

さらに身体にずっしりと重みがのしかかってきて、悪寒で冷や汗が止まらない。


工場から抜けるときに見た、整然と並んだ縞模様が残る。

が、線の配列が前に見た時と違う。

両端の配列は、記憶したものと一緒だ。

でも、真ん中の並びが違う。全体の長さも。


これは、何かの暗号?でも、誰が?どうして?


考えようとするたびに、意識が遠のいていく。

そのときだった。


――カチン。


刀の鍔を、鯉口へ打ち付ける音。

荒々しい。

けれど、どこか丁寧な音。


聞き覚えがある。あるのか……?

一体、誰の――









真っ暗闇に白い縞模様の"光"が差し込む。




ここは一体……?



――ジャララ……

細く薄っぺらい金属の板の連なりが、風で揺れ動く音がした。








     ―― 青龍編 終 ――

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