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アドルフは自分の腕の中で無防備に眠り続ける結月を起こさぬように、でも、自分から逃げ出したりしないよう、ほどほどの力加減で囲い込む。
「……」
本当にここまでくるのに、どれだけ年月が過ぎたのか。
自分でも執着しすぎだと思う。
結月が堕ちてくるまでは、本当に各地を転々としていた。
止まっていたら、いろいろ考えてしまうから。
事実はもしかしたら、僕の手に堕ちてくる前に、他の男の腕の中に囲まれているかもしれない。
確認するのも怖くて、でも知りたくて。
きっと知ったら奪いたくなってしまって。
この長い命が幸か不幸かは分からない。
けれど、知識を溜め込むにはきっと短い時間の筈で。
まさか、異世界から堕ちてくるとは考えてもいなかったけれど。
「ん」
首を動かした結月の髪の毛が、数束顔にかかったので、起こさないように。それを耳に静かにかける。
どんな結月も愛おしい。
知ってしまってからは、寝る間も惜しんで知識を集めた。
魔法遣いだからといって、何でも知っているわけではない。けれど、いろいろ手は尽くす。
結月の言葉も学んだ。
話せるように。
異世界から堕ちた人間は、その世界の物を口にしないと、異物として扱われる。
結月は知らぬ間に食事をしたから迎えられた。
ただ、言葉というものは人同士が繋がる為に得たものなので、食事だけでは吸収できない。
だから、手っ取り早く言葉を理解するには人との交わりが必要で。
僕は、嘘はついていない。
ただ、あえて口にしていないこともある。
ーー元の世界へ戻る手段があるということーー
君は、僕へ聞いてこなかった。
だから、言わない。
もしそれを口にするような時がきたら……。
君はきっと僕なしではいられなくなっている筈だから、多分、元の世界へ帰るという選択肢は選ばないと。
絶対選ばせないけど。
僕はきっと、まだ長く生きるから。
君の命の長さとか、どうすれば長くいられるかとか。
ずっと考えているし、調べてもいる。
実際のところ。
異世界から来た君の歌には力があって。
人は知らず知らずの内に引き寄せられて、魅力を感じる。
だから、あの男も引っかかってしまったのだけれど。
その力を知って、王宮に抱え込まれないかとか、考えなくもなかった。
ただ、いろいろな場所で恩は売っているつもりだから、君に手を出そうとするなら、容赦なく潰すけど。
同じ視線で横になっていると、「おもい」と口にした結月が、僕の腕の重さから逃れようと身じろいだ。
逃がさないよ。
僕は乗せる腕の位置を腰辺りに移動させて、また結月を閉じ込めた。
***
「ん……」
寝返りをうって体勢を変える。
ふ、と、何かを感じゆっくりと目を開けると、近い距離にアドルフの顔。
「結月」
寝ぼけ眼の少女の瞼に、魔法遣いの口付けが落とされる。
「せまい」
眉間に皺を寄せ、身体に乗せられるその腕を退けようと、自分の腕を動かそうとしても、ビクともしない。
「やだ」
むしろ、ギュッと身体が密着してくる。
寝心地が悪かったのはアドルフのせいかしら、と、結月は思う。
暑くなって身体を動かしても、寝返りを打っても、まとわりついてくる熱。
「おもいー」
身体をよじって這い出ようとすると、アドルフはちょっと不機嫌そうな顔して、不本意そうに乗せていた腕を自らの上に置く。
「ねぇ」
そして何を思いついたのか、意地悪そうな瞳を向けて言う。
「気付いてる?」
「なにを?」
何か意味を含んだ物言いに、結月は少し嫌な予感がする。
「一応、僕もこの世界の住人なので……」
「……」
「分かりますか?」
「なにが」
勿体つけた言い方に、結月は少しイラッとしながら、彼から離れようとゆっくり身を起こす。
「誰とでも話せるはずですよ」
「え?」
アドルフは、結月の白い身体に散らした独占欲の印を指で追いながら、サラッと告白する。
「みんな……。どう思いますかね」
異世界の人間と話せるようになる手段。
初めてお城で王子たちに対面した時、魔法遣いは恐らく彼女の知らない言葉でそれを告げている。
ということは、城に関わる人間の耳には何らかの形で入っている筈で。
「……」
まさかブレダさんは、それが理由で……。
少女の脳裏にいろんな角度から恥ずかしさが襲う。
「結月」
「え?」
上半身を起こしていた結月の身体を、アドルフが少し乱暴に押し倒す。
「誰のこと考えた」
ベッドから見上げる細められた魔法遣いの瞳は、満月に照らされ怪しく輝いている。結月は身体を少し起こし、その首元に自分の両手を回した。
「アドルフ」
「……」
名を呼ぶと、魔法遣いは表情を和らげ、少女の身体をその腕で支えながら、今度は優しく横たわらせる。
「貴方こそ余計なこと考えちゃだめ」
魔法遣いは結月の首筋に顔を寄せ、その香りを身体いっぱい吸い込んだ。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
初めての作品故に、お見苦しいところもあったかと思います。
また何か書いていければ、と思っておりますので、お見掛けの際には、よろしくお願いいたします。




