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10-2


 アドルフの胸の中でどの位、泣かせてもらっただろう。

 結月はゆっくり彼の温もりから離れる。

 その間、彼は休むことなく、幼児をあやすように頭を撫でてくれていた。


「ぎゅーってしていい?」


 できるだけ明るい声で。

 魔法遣いから離れた結月は、気持ちが落ち着いたのか、大きく息を「ふうー」と吐くと、いろいろ吹っ切れたように笑った。

 ずっと結月を心配そうに見ていたアドルフだったが、張り詰めていた気をその言葉でプッツリ切られ、表情を緩ませる。

「どうぞ」

 アドルフは両手を目一杯広げ、飛び込んできた少女を、優しく抱き締める。

「……」

 結月も同じように手を回すと、思ったよりも広い魔法遣いの背中に力を込め、彼の匂いを思いっ切り吸い込む。

「アドルフ」

「……」

 少女がその名を呼ぶと、彼は「ん?」と優しく応えてくれた。

「わたし。貴方が好きよ」

 結月は回す腕に力を込めながら伝える。

「……」

「アドルフが好き」

 告白しても答えがなく、聞こえていないのかと思った結月は、再び同じことを伝える。

「アドルフ?」

 流石にこんな状況ではあるが、想いを告げているので、返事がないと不安になる。少女は回していた手を緩め、彼の様子を伺う為、一旦その熱から離れようと身を引く。

「……?アドルフ?」

 魔法遣いは、まだ腕に力を込めたまま。

 自分の腕の中でもぞもぞ動く少女を逃すまいと優しく包む。

「もう一回」

「……」

「もういっかい言って」

 頭の上でねだるように。

「アドルフが好きよ」

 言葉の瞬間。

 魔法遣いは、とても強い力で結月を掻き抱く。

 結月も一瞬応じるが、潰されてしまいそうな圧に苦しくなり、その背をパンパンと叩く。

「……ごめん」

 一気に締め付ける力が緩み、今度は角度を変えて抱き締められる。

「僕も」

 アドルフの長い髪が結月の頬をくすぐり、首筋には吐息のような声がかかる。

「僕もずっと好きだった」

「……ずっと?」

「そう。ずっと前から」

 彼は当たり前のように話をするが、結月はどうしても気になってしまうことがある。

「ずっと前って、いつ?」

「ずっとは、ずっとだよ」

 アドルフの腕から逃れようともがいていた結月は、やっとそこから解放してもらい、彼の姿を真正面に捉える。

「僕を誰だと思ってるの?」

「アドルフ」

「魔法遣いだよ。出会う前から知ってたよ。気付いたら好きになってた」

 いきなりの彼の告白に結月は言葉を失い、理解しようと頭を回転させる。

「うそ」

 だが、ついて出るのは疑惑の言葉。

 初めての彼からの告白の時に、素直に受け止められなかった棘。

「嘘だよ。だって前、好きな人いるって話してた」

「してた?」

「してた」

 そうハッキリ言ってのける結月の顔をじっと見つめ、魔法遣いは振り返る。

「……」

 結月は黙って彼の方から話してくれるのを待つ。

 もしかして惚れ薬の時の独白……?

 あの時は自分でもよく分からないまま、告白じみた事を言っていたかもしれない。

 そういえば、あの日から結月は自分から魔法遣いに会いにきてくれなくなって。

「それは貴女のことだよ」

「うそ」

「嘘ってなんだよ。信じないのか」

 少女に疑われ、アドルフは少し不貞腐れる。

 ずっと焦がれていた存在に、言い訳なく触れることができるようになったのに。

 言葉とは、伝えるとはこんなにももどかしい。

「まって」

 少女は口を挟む。

「アドルフはなんでわたしを知ってるの?」

 結月がここに来たのは数ヶ月前。

 しかし、彼はそれよりずっと前から少女のことを知っている口ぶりで話し続けている。

 多分、それを今、教えてもらえないと聞く機会がなくなってしまう。

 この魔法遣いは肝心なことを隠してしまいがちだから。

「……」

「……」

 沈黙が続き、アドルフは結月の目を見た。


「魔法遣いが、寝る時に見るものは、夢じゃなくて事実なんだ」

「?」

「過去とか未来とかじゃなくて、事実。そこにあること、もの。だから、変えるとか変わらないとかそういう次元にはない」

 さも当たり前だということのように言葉を吐くものだから、結月は口を挟めない。

「ある時、目を閉じていると、君の姿が脳裏に映った。その時は、人が姿を現すことはたびたびあることだったから、気にも止めなかった」

 でもさ。と、彼は続ける。

「忘れた頃にまた出てきたんだ。君が。初めて見た時はその姿が僕より年上で。でも、君の姿を見るたびに、僕は君の年に近付いて、いつの間にか僕の方が大人になってた」

「……」

「気付いた時には、もう堕ちてた」

 アドルフは懐かしむようにその金の瞳を細める。

「だから、探した。君がいることは事実だから。僕は本来、ずっと小屋にこもってるタイプじゃなくて、身体を動かして調べたり作ったりすることが好きだったから、探し物には向いている方なんじゃないかな、と」

 まさか、君が違う世界の人間とは思わなかったけどね。と、口の端でフッと笑う。

 その表情には艶っぽさが含まれ、少女は思わず目を逸らしてしまう。

 アドルフはその機微に気付き、少し口調をくだけさせた。

「僕だって魔法遣いとはいえ、一応男だからさ。それなりにいろいろあったわけよ」

 さて。

 どこまで伝えようか。

 どう伝えようか。

 アドルフは結月から視線を逸らさない。

「だからさ、君に似た人見つけて舞い上がったり、代わりにしちゃったりさ」

 君は僕の夢に出てきた事実で。

 でも、目を開けて触れてみるまではやっぱり君は夢のままで。

 いつ事実になるか、現実になるか、待ち焦がれていた。

「いろいろ考え過ぎて沈んだり」

「……」

 結月はその告白を黙って聞いていた。

 アドルフは時折、こうして自分を曝け出す。だから、彼について何も知らない少女は、頑張って聞こうとする。

「でも、君の代わりは誰にもつとまらなくて」

「……」

 切なそうに話すアドルフの昔話。

 言葉を止めた彼は、今何を思っているのか。

「……」

「……」

「まって」

 結月は、ここまで聞いてきて頭が混乱していた。

 まず、魔法遣いという存在自体、未知のもので、いろいろ知っている前提で話されても訳が分からない。

 ただ、ひとつだけ、とても気になっていること。

「アドルフ、今、いくつ?」

「……」

 ニヤリ。

 魔法遣いの口端が、面白い質問をされたかのように楽しそうに笑みを作る。

「……」

 おかしな事を聞いてしまったと、結月は咄嗟に後悔するも、もう遅い。

「……聞きたいの?」

 逆に聞き返される。

 狙いを定めた狼の瞳は、その獲物を逃さない。

「後悔するよ」

 首を振っても、逃がしはしないけど。

「それなりに一応長生きだからね」

 見つめられた少女は、後退りしたくとも、密かに腰に手を回されていたので避けられない。

「それなりに長く生きてきてるから狡賢くなったよ。君を手に入れられるなら、どんな僕だって演じられる。君がどんな男が好きなのか、探りながら接したよ」

 でもさ。

 アドルフの視線が一瞬だけそれる。

「演じたとしても、どれも全部僕なんだよね。君だって、相手によっていろいろ使い分けたりするでしょ。同じだと思うんだよね。だから、どの僕も好きになってよ」

 希う声に。

「だから」

 結月は誘われる。

「そろそろいい?」

 魔法遣いはこわれものを扱うように、そっと赤らんだ結月の頬に触れる。

「……」

 少女は返事をする代わりに、その大きな手のひらに自分の頬を擦り付ける。

「そろそろ僕に愛される覚悟して」

 アドルフは優しく結月の顔を自分の方へ向かせ、ずっと触れたくてたまらなかった唇に、自分のそれで触れる。

 熱を感じてしまったら、あとはもう求めるだけで。


 そしてふたりの影は重なった。


 

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