第6話 星の声 空の想い① 「声を出して 想いを届け」
恥ずかしがり屋のエトワールと、自信家で強引なジェラルド。
ふたりの相性は最高に良いものだと思っていたのに、本音は意外な言葉。驚きすぎて息を呑んだけど、一条君の気落ちした様子から、ジェラルドの意外な一面を知った。
「まぁ、好かれてなくても、そばにいてくれるだけで良かったから、ジェラルドは幸せだったよ」
やるせない悲しみがこもった声で、おかしくもないのに無理やり笑顔をつくろうとしている姿が痛々しくて、胸が痛い。
でも、ジェラルドは誤解をしている。
エトワールはジェラルドのことが大好きで、自分をみせるのが怖かった。黒い髪も、黒い瞳も、ジェラルドの美しさの前ではとても汚いものに感じて、恥じていた。
一緒にいるのが不思議で、いつもふわふわとした夢心地の中で、そっとジェラルドの後ろを歩いていた。
好きすぎるその想いは、なにひとつ伝わっていない。
「あっ」
ここでわたしは、ふたりに足りなかったものに気がついた。
「なに? どうした?」
突然叫んだから、ちょっと驚いた一条君がわたしをみている。
切れ長の目でじっとみつめられると、急激に心臓の音が大きくなって身体が熱い。
「えっと……ね」
エトワールは恥ずかしがり屋で、すぐ顔が赤くなる。
慌てふためくとすぐドジをして、失敗ばかり。
そんなみっともない姿をジェラルドにみられて、嫌われたくなかったから、声を出さない。
ジェラルドは孤独を抱えていたのに、その想いを伝えていない。
それはきっと、エトワールが気をつかってそばにいるだけで、愛情がないと思い込んでいたから。
そんなことは決してないのに、知るのが怖くて確かめることから逃げてしまった。
心の中では大好きなのに、捨てられるのが怖くて声を出さずに想いを伝えていない。それじゃ、いつまでたっても心に触れることができない。
だから、フェザードの言葉を簡単に信じてしまった。
もっと心を通わせていたら……。
「あ、あのね」
のどがカラカラになって、うまく声が出ない。
エトワールの声も、ジェラルドの想いも受け取ったから、ふたりに足りなかったものを、わたしは届けないといけない。そんな気がしているけど、いざ、気合いを入れて伝えようとしても、汗が噴き出てくる。
「エトワールは、ジェラルドがキライで目を合わせなかった。なんてことは、絶対にないの。その逆、だったのよ。好きすぎて……みることができないって」
「は?」
予想通り「なにいってんだ、コイツ?」って、いいたそうな表情。そんな呆れるような顔をされたら、めちゃくちゃ恥ずかしい。
だけど、エトワールがもっとジェラルドに「好き」だと伝えていたら、ひとりで抱えていた孤独を、やわらげることができたはず。
想いは声にしないと伝わらない。
恥ずかしくても、嫌われるのがイヤでも、人には心がみえないから、言葉にしてみせてあげないと。
「だ・か・ら、本当に好きだったのッ。嫌われるのが怖くなるぐらい、大好きだったの!」
きっともう顔も耳も身体も全部、リンゴよりも真っ赤になっている。涼しい館内のはずなのに、うまく呼吸ができなくて頭がクラクラする。
「ちょっと外に出ようか」
一条君はスッと立ちあがった。
わたしは、かなり勇気を出した。
一世一代の大告白のつもりだったけど、一条君は落ち着いていて、胸の奥がちりちりと焦げるように痛い。
過去はかえられない。「なにをいまさら」とか思われたのかな。
でも、下をむいてうつむくわたしの頭に、ポンッと大きな手がのった。
チラッと一条君をみると、口もとはすこし笑っている。だけど、またあのすこし真剣な怖い目で、ジェラルドの折れた剣をながめている。
「ここは、懐かしいものが多すぎて、おさえきれなくなる。出よう」
「おさえきれないって、なにを?」
きょとんとしていると、一条君は身体をかがめてわたしの耳元でささやいた。
「欲情」
「よっ⁉」
思わずギュッと握った手の甲で唇を隠して、一条君からバッと離れた。
「あー、江藤が顔を赤くしてる。やらしぃー」
舌先を「べぇ」と出して、からかうように笑うと、先に歩き出す。
「な、なによー」
慌ててあとを追いかけたけど、一条君がなにを考えているのか、わからない。
外に出ると、夏の日差しが強すぎて、アスファルトの上で陽炎が躍っていた。
暑くて汗が一気にふきだしたけど、うるさすぎるセミの鳴き声が、高鳴る心臓の音をかき消してくれる。音のない静かな館内より、居心地がよかった。
そして、一条君はバス停のベンチに座ると、「理解できない」といった。
「オレは、好きならそばにいてほしいし、顔だってずっとみていたい。好きすぎてみられないって、なに? 恥ずかしいってこと? なんで?」
眉間にシワをよせて、難しい顔をしている。本当にこの恥じらいという感情が、理解できないようだ。
わたしもどうやって説明すればいいのか、ちょっと困ったけど、一条君は笑った。
「でも、なんかかわいいな」
頬をすこし赤く染めながら、とてもうれしそうな顔で笑う。でも、ちょっと照れるようで、そわそわする姿が心を熱くした。
ねぇ、エトワール、知ってた?
好きっていうと、とてもよろこんでくれたよ。わたしまでうれしくなった。
声に出して想いを伝えるのも、わるくないよ。
見あげた空が青すぎて、涙が出そうになった。
もっとはやくに気がついていたら、エトワールもジェラルドも――。
「江藤?」
「あ、ごめんね。いま、エトワールが笑った気がして」
もし……していたら、もし……していれば。そんなことばかりを考えて、泣きそうなわたしを、たぶん笑っている。
後悔なんかしなくても、この青い空と同じ瞳のやさしさに包まれて、十分幸せに生きたと、笑顔をみせてくれた。
「もうすぐバスが来るけど、江藤は学校に戻る?」
「一条君はどうするの?」
「んー、午後の飛行機でカナダに行く」
「そっかぁ」
まだ午前中なのに、風鈴の音も聞こえない蒸し暑い夏。
やっぱりカナダへ行ってしまうのかと、しゅんとして座っていたけど、背中をトンッと押された。
ビクッとして振り向いたのに、だれもいない。「そっか」と、心の中でつぶやいて、わたしの口もとがほころんだ。
ひんやりとした気持ちのいい、潮の香りがする風が背中を押している。
「わがままいって悪いけど、カナダに行ってほしくない。それよりも夏祭りに行きたい。花火もみたい。一条君と一緒に――」
まだ言葉の途中だった。でも、ぐいっと引き寄せられて、唇をふさがれた。
ビックリしたけど、水族館の帰りのような強引さも、怖さもない。とてもやさしく感じる。
温もりがはなれると、まるで無邪気な少年のように笑って、ギュッと抱きしめられた。
「その先は、オレにいわせて。八月には帰るから、一緒に行ってやってもいいぞ」
「なに、その上から目線」
ふたりで笑った。
寒さと心細さで泣きそうになっていた大雪の日、一条君がカサを差し出したのは、ただの偶然だったのに、そうなることが決まっていた気がする。
必然の出会いがあったから、深い愛情があっても引き裂かれてしまった、エトワールの声とジェラルドの想いを、つなぐことができた。
たくさんの勇気が必要でも、声を出して想いを届けてみよう。
そうすればきっと――。
手でひさしをつくって、また空を仰いだ。
どこまでもひろがる澄んだ青空に浮かんでいる、真っ白に輝く入道雲のように、好きという気持ちが大きく膨らんでいる。
「一条君、あのね」
この想いをぜーんぶ声にして、まっすぐ目をみたら、恥ずかしくて目があわせられなくなる気持ち、すこしはわかってくれるかな?
よぅし、照れて顔を背けたくなるぐらい「好き」だといってみるか。
過去はかえられない。だけど、未来はまだ決まっていない。
わたしたちのこれからを、いまからはじめてみよう。




