第5話 意外な言葉② 「すみませんでした!」
恥ずかしすぎて、怒りがこみあげてくる。もう二度と会えないと思って、涙があふれたのに。
しどろもどろになりながら説明をする、一条君を理解するのに苦労した。
「オレはちゃんと羽野にメールしたぞ。カナダに行くのはホント。でも、その前に成宮と話をするからって。だから、ここで待ちあわせをしてだな。江藤こそ、なんでここにいるんだ?」
もう涙なんてぶっ飛んだ。
南さんのところへ行くようにいったのは、真鈴だ。
一条君からのメッセージを読んで、ふたりがここに来ることを知っていた。
真鈴にはめられた。
がっくりと肩を落としたが、じろりと一条君をにらんだ。
「日本に戻らないっていうのは?」
「あ……。結果によっては、どうなるか」
「結果?」
不可解な面持ちでたずねても、一条君はハッキリしない。イラッとしてきたところに、成宮センセイが説明してくれた。
「一条クンは江藤さんに嫌われたと思って、カナダへ行こうとしたんだよ。でもその前に、僕がだれなのか知りたかったんだよ。江藤さんを任せても大丈夫なのか知りたくて、僕をここに呼び出したんだ」
「任せるぅ?」
意味がわからなくて、ますます眉間にシワが。
「あ、いや……。間抜けな話だけど、ほら、オレがジェラルドだったし、ややこしいオレがいない方がいいのかなぁー、なんて思って。成宮が良いヤツなら、それはそれで……」
「勝手に決めないでッ!」
「怒るなよ。だいたい、成宮がウソをつくから、こんなことになったんだろ」
「あのねぇ、いきなり僕のことを、ジェラルドだっていったのは、だれ。江藤さんは僕をみていきなり倒れるし、一条クンはカルデニアとかいってるし、こっちが混乱したよ。わざと隠しているのか、本当に覚えていないのか。ジェラルドのように感じるけど、じつは違うヤツなのかって、慎重になるしかないだろ」
「す、……すみませんでした」
小さくなって謝る一条君の姿をみて、成宮センセイは笑うけど、わたしは笑えない。恥ずかしさと腹立たしい気持ちが、まだごちゃ混ぜになっている。
「さて、僕の役目は終わったし、もう帰るよ」
「えっ、帰っちゃうんですか?」
困る。
それは非常に困る。
こんな状態で一条君とふたりになっても、なにを話せばいいのかわからない。
「あ、そうだ。江藤さん、僕はただの実習生で、教師になることはないから、次に会うときは「結人」て呼んでよ」
「ふぇっ。ム、ムリです。そ、そんな名前でなんて呼べませんよ」
手や頭をブンブン振って断ると、成宮センセイの口もとが、すごく寂しそうにギュッと閉じた。
「あっ」
ここを出れば成宮センセイは大学生に戻り、わたしも普通の高校生になる。お互いの連絡先も知らないし、次に会う機会なんて、……もうない。
いつも一緒で、すぐ泣くエトワールをなぐさめてくれて、どんなときも味方をしてくれた、カルデニア。
もっとたくさん、話がしたい。
「成宮センセイがカルデニアなら、連絡先を――」
スマホを取り出そうとしたけど、成宮センセイは首を振った。
「教えない。せっかく男に生まれ変わったのに、またふたりがイチャつくのを黙ってみていられるほど、できた人間じゃないからね。でも」
成宮センセイの手が伸びると、ふわっとやさしく包みこまれて、頭をなでられた。
「次、またどこかで出会えたら、ゆっくり話そう」
「……うん」
とても名残惜しかったけど、カルデニアの温もりが離れた。すると、一条君が腕を引っ張り、わたしを隠すように立った。
「じゃあな、成宮。サッサと帰れ」
「い、一条君」
まるで、邪魔者を追い出すようなそぶりに焦ったけど、いつもおだやかな成宮センセイの眉が、ピクリとあがった。
その瞬間、ドスッと重々しいにぶい音と共に、無防備な一条君のお腹に、成宮センセイの膝が入る。
「帰るけど、忘れんな。カルデニアもバカだったから、わりと本気でエトワールを嫁にしようとしてた。突然消えるとか、ふざけたことをしていると、全力で江藤さんを口説くよ?」
キレイな顔で、いつもニコニコしている人が怒ると、怖かった。それに、深く突き刺すような蹴りは、やっぱりカルデニア。
ゲホゲホとせき込みながらお腹を抱える一条君は、成宮センセイをキッと睨みつけたけど、「また、どこかで」といって帰ってしまった。
「大丈夫?」
声をかけると「平気」と答えて、近くにあった長椅子にドカッと座りこんだ。
わたしは一条君の横に座り、背中をさすりながら、これまでのことを話そうと決めた。
「あのね、エトワールはわたしの友達だったの。ほら、この栗色の明るい髪のせいで、いつの間にか友達がいなくなって、かなり落ち込んで泣くことも多かったんだ。そんなときに、エトワールが夢をみせてくれたの。同じように髪の色で苦労していたけど、ジェラルドのようなカッコいい人に出会えた。だから、がんばって。って応援してくれたんだと思う。夢の中で」
「へー、仲良しなんだな」
「うん。でも、大雪の日に本物のジェラルドがあらわれて、一番慌てふためいたのは、エトワールじゃないかな」
「ジェラルドには、会いたくなかったもんな」
「ううん、違うよ。エトワールは、ジェラルドに捨てられたと思ってたから。ステキな夢をみせておいて、じつは悲恋でした。なんてことがバレたら、わたしはガッカリするし、やっぱり救われないって泣いていたかも。エトワールはやさしいから、そのまま隠し通そうとしたんだよ」
わたしは自分で話しておきながら、エトワールとの不思議な関係に、すこし笑みがこぼれた。
「せっかく出会えたのに、一条君がジェラルドの記憶を呼び戻したら、またフラれると思って……。ヘンな気遣いだよね」
「いや、エトワールらしいかな」
「幸い、一条君にジェラルドの記憶はないし、わたしも勘違いしたまま。だからこのままでも大丈夫。なぁーんてハラハラしながら、エトワールは見守ってくれていたの。だけど、成宮センセイがあらわれた。すべてを知っているカルデニアがあらわれて、とうとう観念したんだと思う。じつは、ジェラルドにフラれてましたって。教えてくれた」
ながい夢を思い出す。
心が温まるふれあいの中で、いろいろなことを学んだ。
愛情の深さや、想いの強さ。それがときには歪んでしまうことも。
「エトワールはとってもやさしいから、このまま一条君の中にある、ジェラルドの記憶を起こさないでって、声を出してくれたのに、わたしは……。ごめんね」
「なんであやまるの? 江藤のこと鈍感なヤツだと思ってたけど、一番にぶいのはオレだったな。こっちこそ、心配かけてごめん」
お互いがあやまると、また静かなときが流れる。
沈黙が長くなればなるほど、「会いたい」と泣いていたことや、その姿をみられたこと。そんなことばかりが頭をよぎる。
逃げ出したくなるほど恥ずかしくなってきたけど、今度は一条君がぽつぽつと話しはじめた。
「ジェラルドは、エトワールに嫌われてると思ってた」
「えぇっ、どうして?」
「目をあわせてくれないから」
ジェラルドはときどき「オレのことキライ?」と聞いてきた。そんなことあるわけないのに、青い瞳を悲しい色にしていた。
「エトワールはやさしいから、身分の高いジェラルドにいい寄られて、断るチャンスを失って、ズルズルと付きあっていた。そうしたら、大観衆の中でプロポーズだろ。断りたくても外堀を完全に埋められて、もう逃げられなくなった感じだと思ってる」
淡々と語る一条君の言葉が意外すぎて、言葉を失った。
どうしてそうなるの?
エトワールはだれよりも、ジェラルドのことが大好きだったのに……。




