第6話 星の声 空の想い② 「後日談」
暑さでぶっ倒れそうな猛暑日に授業はない。
学生には夏休みという、ステキな長期休暇が用意されていた。
高校生一年生の夏休みといえば、部活に力をいれたり、バイトをしたり、あそんだり。とことん好きなことに集中できる楽しい時間。……のはずなのに。
「蓮夏ちゃん、勉強は一条に聞いた方がいいよ」
「ダメダメ、短気だからわたしの理解がわるいと、うるさいもん」
気を付けなければ、素通りしてしまう小さな喫茶店で、夏休みの宿題に追われている。
「お願い真鈴、答えみせて」
「それは出来ないよぅ。ちゃんと問題を解かないと、蓮夏ちゃんのためにならないもん。でも、ちょっとケーキ食べて休憩する?」
「するする」
成宮センセイから教えてもらった喫茶店。ここのイチゴタルトがおいしくて、ときどき真鈴と食べにきている。
「でも、一条は蓮夏ちゃんをほったらかしにして、なにやってるんだろ」
「さあね。八月には帰るっていったのに、パスポートをなくしたから、大変だったみたい。そろそろ帰ってくるけど、夏祭りも花火大会もおわっちゃったし、ひどいよねぇ」
せっかくエトワールでもない、ジェラルドでもない、これからのわたしたちを楽しんでみようと決めたのに、なかなかうまくいかない。
ガッカリするわたしに、真鈴がチョコマーブルのシフォンケーキをわけてくれた。ちょっぴりほろ苦いチョコレートの味がする。
「浮気しちゃえ」
「ははは、それはできないよ」
笑いながら今度はわたしの目の前にある、艶やかでみずみずしいイチゴタルトに、フォークを入れた。ひと口食べると、甘酸っぱいイチゴがキュッと口角をあげてくれる。おいしいケーキを頬張りながら、たわいもない話をして、真鈴ととても楽しい時間を過ごしていた。
でも、やっぱり宿題が……。
「さ、ケーキ半分食べたら、数学だよ」
「ヤダ、全部食べたいッ。お願い真鈴、宿題は明日にしよう」
「ダァーメ。そんなことばかりいってたら、八月がおわっちゃうよ」
肩をおとしてうなだれていると、テーブルの上に置いてあったスマホが振動した。
「あ、一条君からメッセージだ」
「噂をすれば、だね」
「あれ、いま空港からの帰りで、この近くにいるみたい」
「よかったね。じゃ、ここで待ってようか。帰りが遅くなった罰に、ケーキをおごってもらおう」
「あっ、それ、いいね。そうしよう」
ふたりでニンマリとほくそ笑んで、また宿題をはじめた。
シャーペンを指で回しながら問題を解くけど、どこかソワソワして落ち着かない。
窓の外をみると、歩いている人たちは暑そうに汗を流して、道路の車は陽炎に飲みこまれている。
「……蓮夏ちゃん、そんなに一条に会いたいの?」
「え?」
「さっきから、窓の外ばかり気にしてる」
氷のたっぷり入ったアイスコーヒーを、ストローでカラカラとかき混ぜながら、真鈴は呆れたような顔をする。
ちょっと恥ずかしくて頬が熱くなったから、下をむいて問題を解くふりをした。
「あれから、夢はみるの?」
「みなくなった。身近にいたはずのエトワールも、いなくなっちゃった。それがちょっと寂しいかな」
「そっかぁ。でも、それでよかったんだよ。蓮夏ちゃんは、蓮夏ちゃんだし、エトワールじゃないからね。ひとつの思い出として、心に残せばいいよ」
「思い出……。あれ、それって南さんも同じこといってた」
どこかで聞いたことのある言葉に、顔をあげた。
一条君は南さんから、「エルネストのことは一生忘れない。だけど、思い出にすることはできる」と、励まされたことがあるらしい。
そのことをフッと思い出して、つい南さんの名前が出たけど……。
「ま・り・ん、顔、赤いよ?」
「へ? そんなことないよ。蓮夏ちゃん、手が止まってるよ。こっちの問題は、ちゃんと解けたの?」
沈着冷静な真鈴が、めずらしく頬を赤く染めて慌てている。
「そういえば、一条君が学校を休んで、エルネストの展示品をみていたこと、南さんから、聞いてたよねぇ。いつの間に連絡を取りあっていたの? なぁーんか隠して、あやしいな」
「蓮夏ちゃん、怒るよ。そんなんじゃないし」
プイッと頬をふくらませて怒っているけど、わたしのイチゴタルトより、赤い顔をした真鈴は、かわいい。
思わずクスリと笑ってしまった。でも、カランッと、扉に取り付けられたベルが良い音を鳴らす。
「いらっしゃい」
マスターの元気な声が店内に響くと、わたしは驚いた。
「あれ、江藤さん?」
「な、成宮センセイ!? どうしてここに?」
「だって、ここは僕が紹介した店だから、よく来るよ。羽野さんも久しぶり」
呆然としてしまったのに、よーく考えると、そりゃそうだ。成宮センセイがきてもおかしくない。
「江藤さん、僕との約束は?」
「あっ……」
次に会うときは「結人」って、名前で呼ばないといけなかった。
「えー、なに、なに? 約束って」
興味津々で目を輝かせる真鈴。
ひどく動揺して、落ち着きをなくしていると、またドアベルが鳴る。
今度は乱暴に、思いっきり勢いよく扉を開ける音。
「なんで、どうして、成宮がここにいるんだよーッ!」
「あ、一条。早かったね。蓮夏ちゃんをほったらかしにするから、ホラ、この通りだよ」
「なっ。ち、違うよ。これはただの偶然で」
いっぱいヘンな汗をかきながら、誤解を解こうと必死になったけど、成宮センセイは笑って、わたしの横に座った。
「いや、そこはオレの場所だから。なにしれっと、座ってんだよ」
「ひどぉーい。一条は私の横だと不満なんだ」
「あたり前だろッ」
落ち着いたレトロな雰囲気を壊す、笑い声が響く。
今日の日の偶然も、必然の出来事になるのかな?
エルネストの絆は考えていた以上につよくて、不思議な引力のようなもの。
次々と引き寄せられて、集まってくる。
でも、まだ出会っていない人たちがいる。
フレムはいまもどこかで、つよくてクールなお姉さんとして生きているのかな。
ラスティはきっとなにかのリーダーで、ガハハと白い歯をみせながら笑っている気がする。フェザードは……、腹黒な政治家とかになっていたら、怖いな。できれば、会いたくない。
世界はひろすぎて、つかみきれないものだと思っていたけど、意外と狭い。
あり得ない偶然も、たくさん転がっていた。
「あれ?」
「どうした、江藤」
「なんでもない」
いま、なつかしい潮の香りがした。
ここにいる、四人とは違う人の気配。
またなにかがはじまるような、……そんな気がする。
<了>
ここまで読んでくださりありがとうございました。
活動報告に【おまけ】がありますので、そちらも読んでいただけると幸いです。
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