第八話 ノイズ
「え⁈ 君たち、もう魔導窟に挑戦しに行くのか?」
「うん。二人で描いた魔法陣を試してみたくて」
「俺たちもそろそろ試しに行こうかな。あと少しで魔力調整の息が合いそうだし」
興奮気味に話す学院生たちの声が、リナリアの耳に入った。
初めこそ難解な術式に戸惑っていた学院生たちも、次々に解法を得て魔法陣を描き上げ、演習用魔導窟に挑戦し始めたようだった。
リナリアとクロードの二人はというと……。
リナリアの魔力調整が上手く行かず、未だにクロードが描き上げた完璧すぎる魔法陣の前で唸っていた。
額に汗を光らせながら、もうずいぶんと長い間指先を震わせている。
「……クロード様…すいません。 わたしのせいで……」
たまらなくなってリナリアはぽそりと呟いた。
ふと先ほどの学院生たちの言葉が思い起こされる。
「クロード様も気の毒だよな。相手があいつじゃ……」
「いつもなら真っ先に課題を終えて教授たちを驚かせているのに」
「ま、クロード様に捨てられるのも時間の問題だな」
彼らの言う通り、クロードの魔法陣も魔力調整も完璧だった。役に立って見せるなんて言って、やっぱり足を引っ張ってしまっている。術式の解法を得るのも魔法陣の完成も、他の学院生たちよりはるかに早く終えていたはずなのに。
しかしそんなリナリアの隣で、クロードは焦る様子も責めることもなく、ただ何かを考えているようだった。
「あぁ。……いや、先に進めないのは確かだが。何というか……君の魔力は悪くない」
悪くないとは……?
どういうことだろう。
その表情からクロードの言葉が意味するものを読み取ることは出来なかった。
とにかくクロードと息を合わせられなければ、封印を解くことなんて永遠に出来ない。
リナリアはふぅと息を吐くと手の甲で額の汗をグイと拭い、再び魔法陣に慎重に魔力を注ぎ始めた。
◇◇◇
演習室の窓の外はとうに日が傾き、夕闇が広がり始めている。
先程まで演習室にいた学院生達もすでに帰宅したらしく、残っているのはクロードとリナリアの二人のみとなっていた。
放課後、いつものように二人で課題に取り組んでが、常に安定した魔力注入が出来るクロードに先に帰るように促した後もリナリアはひたすら一人で魔力調整に没頭していた。
一人先に帰宅する気にもなれず、こうしてリナリアの練習に付き合っている。
それにしても……。
「リナリア・フェイン。 躊躇するな。君なら必要な魔力は既に出せるはずだ」
「……ですから、そういう問題じゃないんです」
疲労に顔を歪ませながらリナリアが答えた。
なぜそんなに必死になるんだろうか。
なぜ効率よく魔力を使わないのか。
魔法陣がつらそうだから……⁈
クロードからすると、時間と労力を無駄に使っているようにしか見えなかった。
目的があるなら、それに向かって最適かつ最短の道で効率よく向かえばいい。その方法は——解法も魔法陣も——自分が示したし、リナリアにはどうやら必要な力もあるようだ。それなのになぜ、気に留める必要の無いノイズに時間と意識を割くのだろう。
眉間に皺を寄せ、ついには息まで上がり始めた目の前のリナリアを、不思議な思いで眺める。
そう言えば……。
リナリアの魔力残量は大丈夫なのだろうか?
魔力切れを起こすと、最悪の場合命に関わるという。もっとも王国魔術士家系のクロードは、少なくとも平時にそんな事態に遭遇したことはなかったし、心配したことすら無かったが。
それに、こんなに必死になったことも。
「リナリア、もういいだろう。そろそろ……」
「わたしはもう少し残ります。クロード様はどうぞ先にお帰り下さい」
「…………」
クロードの波一つない湖面のように穏やかな心に、要らぬはずのノイズがざらりと広がった気がした。
立ち上がりかけたクロードは、ゆっくりとまた腰を下ろす。
なぜか、リナリアから目を逸らすことが出来なかった。
視線の先のリナリアの額には、先程拭ったはずの汗がまた光っていた。




