第一話 リナリア・フェイン ~王立魔術士学院にて~
「うわぁぁぁぁっ‼」
「誰だよ‼こんなところにマナリーフ置きっぱなしにしたのはっ‼」
治癒薬の授業を終えたばかりの教室に、男子学生の悲鳴のような叫び声が響き渡った。
声の主は、床にこぼれた琥珀色の粘性のある液体の中に尻もちをついた状態で、途方に暮れている。
「す……すみませんっ‼」
リナリア・フェインは栗色の柔らかな髪を揺らしながら、慌てて男子学生に駆け寄った。
「置きっぱなしにしたんじゃなくて、休憩中なんです……。 この子、何だかとってもお疲れのようだったので、治癒薬をいただく前にお休みさせてあげようかと……」
男子学生はリナリアに冷たい視線を送ると、何も言わず腰をさすりながら溜息とともに去っていった。
「ごめんなさいっ」
遠ざかる後ろ姿にもう一度頭を下げるリナリアを、周囲は呆れたように遠巻きしにしていた。
王都の外壁に隣り合うようにして造られた魔術区。その中には魔術研究院、魔術騎士団など魔術に関する国の研究所や実演施設が集められている。
魔術区の一角にあるここ、王立魔術士学院内の教室では、先ほどまで魔力を注いで覚醒させたマナリーフから治癒薬を採取する授業が行われていたのだが……。
教授に指示された治癒薬を採取する前に、覚醒した目の前のマナリーフと会話をし始めてしまったリナリア。
担当したマナリーフがなんだかぐったりとして元気が無いように見え、
(こんな状態のあなたから治癒薬はもらえない。まずはお休みしようね)
と、教室の隅の机の上で休んでもらっていたのだ。
幼いころからどういうわけかリナリアは、動植物たちの声なき声を感じ取ることが出来た。
もちろん、魔術を使って意図的にそれらと意思の疎通を図ることは、魔術士にとっては特別なことではない。しかしリナリアは、意図せずとも彼らの感情が自然と流れ込んでくるかのように読み取れてしまうのだった。
幼くして両親を亡くしたリナリアを引き取ってくれた養父の影響もあってか、それが特別なことだと知らずに生きてきたが……。
魔術士でもある養父は、魔術のみならず世の中のありとあらゆることを教えてくれた師であり、また自然を愛する優しく温かい養父は、リナリアの世界そのものだった。
そんな養父と共に動植物たちと会話しながら生きる、それがリナリアにとっての日常だったのだ。
流れ落ちた琥珀色の治癒薬でぐっしょりした床を拭きながら、リナリアは心なしかシュンとしているマナリーフに声をかけた。
「大丈夫、気にしないで」
なおも気落ちしているマナリーフにニコリと微笑む。
微笑みながらも、思わず小さなため息がこぼれた。
(……またやっちゃた)
良かれと思った気遣いが、空回りして周りに迷惑をかけてしまうのはいつものことだった。
「わたしが課題提出できるように、頑張ってお薬を出してくれたんだよね」
学院の実習で使用される魔道具や植物達は、ある種の使命感のようなものを持っていることを、リナリアは感じていた。
目の前で落ち込むマナリーフも、自身の役割——治癒薬を抽出する——を忠実にこなそうとしてくれたのだろう。
「ありがとう……頑張ってくれて」
健気なマナリーフの葉を優しく撫でながら、リナリアは小さく呟いた。




