第十五話 君を信じる
「……う…」
爆風に飛ばされたリナリアは、倒れたまま重い瞼を開き、霞む目を凝らした。
瓦礫が散乱し、リナリアの手の甲や制服の袖には、飛んできた破片によるものだろうか?傷や穴が無数に出来ている。
——クロード様は…⁈
あちこち軋む体を起こして見渡すと、塵の舞う空気の向こう、少し離れたところにクロードが横たわっていた。
「……クロード様‼」
散乱する岩の残骸に足をとられながら慌てて駆け寄る。
息はあるようだ……が、制服の右上腕が大きく裂け、血が滲んでいる。
「クロード様っ‼しっかりしてください‼」
青白い顔には無数の裂傷。
制服も頬も煤にまみれている。
爆風に吹き飛ばされる瞬間、クロードが放った防御陣が展開されるのが見えた気がした。
リナリアが擦り傷程度で済んでいるのは、クロードが身を挺して守ってくれたからだろう。
「全然役に立てなかった上に……クロード様にこんな怪我まで……ごめんなさいっ」
目の前でぐったりと倒れこむクロードの姿と重なり、リナリアの脳裏に幼い日の出来事が浮かび上がった。
魔導炉の暴走事故……。
瓦礫の中、血まみれで倒れている両親。
魔術士として致命的な損傷を負いながら、自らを犠牲にしてリナリアを守ったルシアン。
次々と甦る過去の記憶に、リナリアは涙と震えが止まらなくなる。
「わたしのせいでみんな……ごめんなさい…ごめんなさい……ルシアンだって……」
……大好きなルシアン
憧れの大魔術士さま
幼い頃に見た、彼の紡ぐ美しくてあまりにも完璧な魔術……
どんな相手にもひるむことなく、民を守る為に立ち向かう凛とした英雄の姿……
「あの素晴らしい姿を…あの人の未来を…わたしは奪ってしまった……そして今またクロード様に迷惑をかけて怪我までさせて」
「わたしの……せいで…」
過去の悪夢と暗い思いにどこまでも沈んで行きそうになった時
「リナリア‼ しっかりしろ‼」
突然クロードの声が響いた。
苦痛で歪む顔は蒼白で、声を発するのも苦しげだ。
しかしリナリアを映すその瞳には、初めて見る強い光が宿っている。
「君が、グランシエル教授の未来を奪った……?君のせいで、教授は未来を失った?……違う……教授は望んで君を守る道を選んだ。奪われたのでも失ったのでもない」
「——そして君という大切なものを得たんだ。国の英雄の……偉大な魔術士の命がけの選択を否定するのか? あの人は…君を守って怪我を負ったことを……君と過ごせた時間を、誇りに思ってる。俺は、そう思う」
「クロード…様……」
ボロボロになった制服の袖でグッと涙を拭うと、リナリアは起き上がりかけたクロードをしっかりと支えた。
「リナリア、俺は大丈夫だ。 この程度のケガ、治癒魔術ですぐに治せる」
クロードが封印の施された壁の方へ眼をやる。
周囲の惨状にも関わらず、その一帯だけが傷一つなく姿を保っていた。
「でも今は、そんなことより封印を解く」
「クロード様⁉」
よろよろと立ち上がろうとするクロードを、慌てて介助する。
「君の考えた魔法陣でいこう。 あれならきっと……」
「な…に…言ってるんですか?……こんな怪我でこれ以上魔術は……それに、もしまた跳ね返されたら……」
しかしクロードはリナリアの言葉に対し、首を横に振った。
「憧れの魔術士になって、教授に恩返しするんだろう?だったらまずは課題を成功させるぞ」
「俺が補助する。リナリア、君がやるんだ」
「は⁈……む…無理ですっ‼わたしじゃ出来ませんっ‼」
「大丈夫だ、俺を信じろ」
怪我をしていない手で、リナリアの肩を優しく包む。
「俺も、君を信じる」
「クロ……ド様…」
リナリアを見つめるクロードの真っすぐな瞳に、大粒の涙を流すリナリア自身が映っている。
リナリアは決意を固め力強く頷いた。
——しっかりしなきゃ……!
深呼吸して封印が掛けられた岩壁に向き合う。
指先は冷たく震え、涙は後から後から零れ落ちてくる。
そんなリナリアにクロードが後ろからそっと手を添え、魔法陣を描くのを導いてくれた。
以前リナリアが提案し、結局上手く扱うことが出来なかった段階別に魔力を流すための魔法陣だ。
リナリアは鼻をすすりながら、頬を滑る涙はそのままに、慎重に魔力を注ぎはじめた。
クロードも、痛みに顔を歪めながらリナリアの魔力を補助し続けた。
まずは…緩解
「怖がらないで……」
幼い子を諭すように、ゆっくりと繊細に……。
「「……⁉」」
不意に固く閉じられた封印に綻びが生じたような感覚が走った。
はっとしたクロードと目が合い、お互いに頷く。
すかさず今度は弱体化の魔力に切り替える。
「……くッ……」
先程の爆風の衝撃と魔力の枯渇による疲労がリナリアを襲う。
クロードの傷口から流れ続ける血は、手の甲にまで降りてきて赤い線を描いていた。
肩で息をし始めたクロードのこめかみに汗が光る。
大丈夫、大丈夫……あやすように慎重に流し続ける。
すると先程までの魔力を押し返されるような抵抗が弱まってきた。
今度こそっ……!
リナリアは、まなじりを決して昇華の魔力を封印の核に向けた。
祈るように、最後の力を振り絞る。
お願い……届いて‼
突然、パキパキと水晶がひび割れるような音が周囲に響き渡り、眩い光が封印の中心から放たれた。
その瞬間、封印を保っていた魔力が消え、周囲の張り詰めていたような空気が一気に柔らかく清浄なものへと変化した。
「……で……でき…た……⁈」
止まりかけていたはずの涙が勢いを増して再び溢れ出る。
頬を濡らしたまま、リナリアはくるりと振り返るとクロードに抱き付いた。
「クロード様っ‼」
クロードはリナリアの突然の奇行に面くらいながらも、ケガをしていない方の手をリナリアの背に回して抱き留める。
「クロード様クロード様‼やりましたねっわたしたち‼」
クロードの胸に顔を埋めて子供のように泣きじゃくりながら、くぐもった声でリナリアはクロードの名を呼んだ。
そしてそんなリナリアを、クロードはただ黙ったまま抱きしめ続けた。




