第十三話 新しい魔法陣
端正な顔立ちで目の前で腕組みをして立ち尽くす天才、クロード・ルヴェリエの無表情が、今日はひときわ恐ろしく、そして心なしか得意げに見える。
「リナリア・フェイン。君の言う通り、緩解・弱体化・昇華の三段階に新たに描き直した魔法陣だ」
そう言うとクロードは、手渡しもせずに新しい魔法陣を描いた紙片を宙に放った。
はらりと舞う紙片をリナリアは慌てて空中で掴む。
「あ……ありがとうございます」
こんな複雑な術式の魔法陣を、この短期間で描き上げるとは。
いくらクロードとはいえ、さぞ大変だっただろう。
苦労に報いるべく、小さく咳払いをしてから神妙な面持ちで魔法陣に向き合う。
心なしか、クロードの視線がいつもよりも騒がしい気がする。
「……何ですか?」
「新しい魔法陣に挨拶はしないのか」
「今してました、心の中で。 声に出すと、クロード様に無駄だ、効率が悪いって言われるので」
「今さらだな。遠慮せず、存分に挨拶しろ」
「いいんですか?」
「いつも通りやる方が効率が良い」
「くっ……」
また効率……って。
◇◇◇
リナリアの努力も虚しく、新しい魔法陣でも二人の魔力の呼吸を合わせることは出来なかった。
生も根も尽き、壁際の床にどさりと座り込む。
するとクロードも隣にやってきて、すとんと腰を下ろした。
「クロード様、制服が汚れてしまいますよ」
「かまわない」
エリート貴族様なのに……。
「すいません。あんな面倒なこと言ったのに、結局上手く行かなくて」
「いや」
もっときちんと謝りたいのに、あまりの疲労に言葉が続かない。
二人の間にしばし沈黙が流れた。
クロードはなぜこんなに効率の悪い自分に、なんだかんだ付き合ってくれているのだろう。
ホントにこれで良いのだろうか?
嫌という程繰り返したその疑問に思いを巡らせていると、ふと隣から視線を感じた。
首だけ向けてクロードを見る。
珍しく何やら言いよどんでいるような気配を感じた。
「クロード様?」
「リナリア……君と、グランシエル教授は……」
「⁈」
学院では伏せている話題を突然振られ、思わず身構える。
「二人で話しているのを、偶然見かけた」
中庭のベンチで話したあの時の事⁈ルシアンは、誰もいないから大丈夫…って言っていたのに。
ひょっとしてわざとだろうか⁈気配に敏感なルシアンがクロードの存在に気付かなかったわけがない。
「教授が君の事、リリって」
「そっ……それはっ……」
慌ててごまかそうとしてふと気づく。
……クロードになら、バレても構わないか。
この人はきっと、変に勘ぐったり妙なうわさ話をしたり……そんなことはしないだろう。
それに、クロードには知っていて欲しいとも思った。
なぜだかわからないけど。
「実は……グランシエル教授は、わたしの養父なんです。魔導炉の暴走事故で両親を亡くしたわたしを、偶然居合わせた教授が引き取ってくださって」
「——教授は……わたしを助ける時に負った怪我が原因で……王国魔術士を退いて学院教授になったんです」
リナリアは思い出の中の自分を見ているように、ぽつりぽつりと語った。
聞き終えたクロードは案の定、全く動揺するそぶりも見せず、
「……そうか」
と小さく呟いただけだった。
……それだけ⁈
まぁまぁな内容だったと思うんだけど……。
予想を裏切らないその素っ気なさに、思わずクスっと笑ってしまう。
そんなリナリアを、クロードは不思議そうに見つめ返してきた。
「何がおかしい⁈」
「初めてですね」
「⁈」
「クロード様がわたしに興味を持ったの」
リナリアがそう言った瞬間、いつも落ち着いているクロードの顔に微かに動揺が走った。
見たことのないクロードの人間らしい反応に、説明できない気持ちがふわりと沸き上がる。
クロード・ルヴェリエという人は、初めからすべてを持ってる人なんだと思っていた。血筋も名声も能力も才能も……見た目だって完璧だし。でも、それほど恵まれているのに、自分のことも周りのことも、世界そのものにさえも興味が無いんだって言ってるみたいで……。
それなのに……。
突然沸き上がった正体不明のわからない初めての思いに居心地の悪さを覚え、
「さ、練習しなくちゃ!」
リナリアはスカートの埃をはたくと勢いよく立ち上がった。




