第十一話 とっておきのお茶
昼下がりの中庭。午後の授業が始まるまでの時間、女子学生たちがお喋りに花を咲かせていた。
中庭に面した回廊を、何人かの学院生が賑やかに通り過ぎて行く。
まだ教室に戻るには早すぎる。
クロードはベンチにドサリと腰を下ろすと、大きな溜息とともに背もたれに寄りかかって空を仰いだ。
「⁈」
ふと人の気配がして視線をやると、午後の日差しを受けた銀の髪をキラキラと輝かせながら、背の高いローブの男が近づいてきた。
「こんにちは。 ルヴェリエ君」
柔和な笑みと落ち着いた声。まるで精霊か何かのような穏やかな佇まいのその人物は——
「グランシエル教授」
「珍しいですね。いつも飄々とした君が難しい顔をして。 何か悩み事でも⁈」
クロードが表情を崩さないまま、どう答えようか思案していると、
「……ルヴェリエ君。少し、話しませんか?とっておきのお茶をお煎れしますよ」
何かを察した教授がニコリと意味ありげに微笑んだ。
クロードはその誘いに無言で頷くと、グランシエル教授の後に続いて歩き始めた。
不思議な静けさを保った教授室が並ぶ廊下を進み、グランシエル教授の執務室に招かれた。
机とローテーブル、来客用のソファがあるだけの、驚くほど簡素で落ち着いた室内。魔術への造詣の深さが感じられる古い蔵書が壁一面を占める本棚にずらりと並んでいる。
優雅な所作でお茶を淹れるグランシエル教授を目の端で捉えながら、クロードは子供の頃に聞いた彼に関する噂話を思い起こしていた。
並ぶ者の無い王国魔術士として名を馳せていたルシアン・グランシエル。当時国を襲った大厄災の際も遠征軍に参加し、国家に対する多大な功績への恩賞として国王から領地と爵位を付与されたが、どちらも断ったとか。
その後不幸な事故により怪我を負った彼は、国の英雄として生きる道を敢えて選ばず、その地位や名声から逃れるかの如く、多くの貴族たちが居を構える内郭からも離れてひっそり暮らしていると。
確かに目の前のグランシエル教授は、富や名声に全く興味が無さそうな、厭世的な雰囲気の人物だ。
当時、事故や怪我の詳細は国から緘口令が敷かれたため、知る者はほとんどいないと聞く。
そのせいもあってか、これほどの経歴と実績を持つ彼がなぜ一塊の教授職に収まっているのか、学院でも謎とされていた。
『どうぞ』という声と共に、ふわりと湯気が立ち昇るカップがクロードの目の前に置かれた。
何とも言えぬ優しい香りが漂う。
「課題の進み具合は如何ですか?いつも真っ先に提出しては褒章石を独占している君が、今回は苦戦しているようですが……」
「…………」
クロードが答えに窮していると、グランシエル教授が目を細めて言葉を継いだ。
「今回の課題、作成したのは私なんですよ。 実はちょっとした意地悪な仕掛けを仕込んだのです。君のような、出来る者ほど陥りがちな罠を……ね」
「仕掛け⁈」
「はい。 でも、良いパートナーを選びましたね。 万が一、君が私の仕掛けた意地悪な罠に掛かっても、彼女が君の救いになってくれるでしょう」
「まぁ、私としては、罠にはまった君が慌てふためく姿を見てみたくもあるのですが」
グランシエル教授が悪意のかけらも感じさせない笑顔でそう言った時、コンコンと教授室のドアをノックする音が響いた。
「失礼します」
聞き覚えのあるその声に、グランシエル教授が一層笑みを濃くして答える。
「どうぞ」
◇◇◇
「クロード様……⁈ ル……グランシエル教授のお部屋で何を⁈」
「リナリア、君こそどうした?」
「わ……わたしは、その……」
白柳の薬湯を届けるためルシアンの教授室を訪れたリナリアは、想定していなかった人物の姿に何の言い訳も思いつかなかった。
当のルシアンは、驚く二人の姿を見てさも愉快だと言わんばかりにニコニコしている。
こういう悪戯っぽい状況が大好きなんだから……ルシアンってば。
「お願いしていた例の治癒薬をお持ちくださったんですね、フェインさん」
「……あっはい!そうなんです」
どうせ誤魔化してくれるならもっと早くしてくれれば良いのに……という言葉も非難の目も、今はクロードがいる手前我慢する。
それにしても、どういう組み合わせ⁈
目の前に並んだ美しい二つの顔に気圧されながら、リナリアは戸惑いを隠せなかった。




