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スノーカメリア  作者: 古浜夕
一ノ瀬侑吾
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5/27

ライブハウス

「ライブハウス、か」

 直樹と会った日の夜、早速椿をライブに誘った。椿は二つ返事で頷くと、当日はパンクな格好でいくのだと意気込んで、ネットであれこれ服を見てははしゃいでいた。

 ということで、ネオンピンクのミニスカートに黒の革ジャンを合わせた椿はいつもと違う雰囲気でかわいい。ちなみに革ジャンは俺ので、少しダボっとしてるのがめちゃくちゃいいと思う。

 薄暗いホールの中を彷徨うように歩いた後、結局、壁に背を預けると、椿はにっと笑う。

「初めて来るけど、何だかこう、悪の匂いがぷんぷんする」

「いや、暗いだけで真っ当だから。というか、初めて? 大学の友達と行ったりしないの?」

「うん。音楽やってる子、周りにいないもん」

「そっかあ、じゃあ、疲れたら出よっか。俺の友達、確か順番初めの方だから、それだけ見たら帰ってもいいよ」

「ええ、せっかくだから、全部見たいよ。私、歌好きだし」

 椿はくすくす笑って肩を揺らすと、持っていたソルティドッグを飲む。

 歌が好き、そう言ってくれたのが嬉しかった。

 今日ここに連れてきたのは、歌が大好きで歌わずにいられない、という気持ちになってほしかったからだ。直樹の歌は本気ですごいと思うし、それを聞いたら椿だって歌いたくなるかもしれない。夢への一歩を踏み出したなら、彼女はきっと今より幸せになれる。

 とりとめのない話をしているうちに時間になり、ステージにスポットライトが当たる。

「どうも、インゲンマメーズです! いやー、今日のお客さん、イケメンと美女しかいないっすね」

 ギターボーカルらしいモヒカン男がハチャメチャなテンションで喋るのを、椿は興味深げにじっと見つめていた。

 やがて弾丸トークを遮るように、ステージ後方にいるドラムがカーンとシンバルを打ち、心臓に直接届くようなリズムを鳴らす。それに合わせてベースとキーボードが奏でられ、ギターボーカルもギターを弾いて――

「じゃ、いきます」

 さっきまでと打って変わって、低くて渋い美声でボーカルの彼が呟くと、圧倒的な声量がその場に響く。

 隣の椿は息を呑んで、ステージをじっと見つめていた。

 目まぐるしく変わる色とりどりのライトが白い肌を照らし、大きな瞳はきらきらと輝いている。近い距離でじっと見つめる俺の視線に気づかないくらい、椿は音楽に夢中になっていた。

 数曲を演奏した後、インゲンマメーズはステージから去り、新たなバンドが音楽を鳴らす。

 そして入れ替わりが数回続いた後、いよいよ直樹がステージに立った。

「バンゾック滝でーす!」

 身贔屓かもしれないけど、今までステージに立ったどのボーカルよりもいい声だ。男らしいのにどこか甘くて、セクシーな声。ちなみにバンゾック滝というのはベトナムの秘境で、卒業旅行に一緒に行って以来の直樹のお気に入りだ。

「俺、今日はいつも以上にいい歌える気がする。どうしてだと思います? ……ん、彼女がきてる? いや、彼女いないから。言わせないで! あのね、めちゃくちゃいいもん食ってきたんですよ。大好物の焼肉納豆天かすラーメン! ってことで、いきます!」

 あの野郎、栄養あるもの食えって言ったのに、ジャンクフードじゃんか。いや、でも肉と納豆入ってるなら健康的なのかな? 

 なんて考えているうちに、演奏が始まり――ただでさえ見開いていた椿の目が、これ以上ないほど真ん丸になった。

 すごく可愛い表情だったけど、俺は彼女の方を見続けることができなかった。

 視線は自然とステージに向かい、がむしゃらに音楽を奏でる彼らに夢中になってしまったから。

 一瞬のような永遠のような高揚が過ぎた後、直樹がふいに俺の方を見た。

「じゃー、次サビ! もっかい、さっきのサビ行くからね! みんなも一緒に歌いましょう!」

 俺への計らいだと気づき、我に返って椿を見る。

 椿は相変わらずステージにくぎ付けだった。

俺の視線に気づかないまま、いつもより派手な赤い口紅を塗った唇がゆっくりと開いて――

「っ」

 声にならない呻き声を上げた後、その場にしゃがみ込んだ。

「椿! 大丈夫?」

 慌てて彼女の体を抱き寄せ、背中を摩る。

「……気持ち、悪い」

「とりあえず、出よっか。歩ける?」

 椿の肩を支えながら、興奮した様子の観客を掻き分け、ゆっくりと出口まで誘導する。重い扉を開けて外に出ると、あまりの静けさに世界から音が消えた気がした。

「……あ、公園がある。ベンチに少し、座ろっか」

 椿が頷くのを確かめてから、路地を少し歩いてよろよろと歩く彼女を公園に連れて行き、ベンチに座らせた。

 一旦その場を離れて近くのコンビニでミネラルウォーターを買い、椿のもとに戻る。

「飲める?」

「……うん」

 蓋を開けて口元に持っていくと、椿は口をつけて……こくり、と一口飲み込んだ。

 浅い息を吐く彼女の背中をしばらく撫でていると、椿の瞳がこちらに向いた。

「ごめんね、お友達の演奏、最後まで見れなかった」

「……いや、悪いのは俺だから」

 椿がこうなる可能性があることは、わかっていたはずだ。

 頭から抜けていたのは、本当に歌ってくれるとは思ってなかったからで……ってのは、ただの言い訳だ。

「侑ちゃんは悪くないよ」

「悪いんだよ。ごめん」 

 申し訳ないと思ってるのに、全てを話す勇気はなくて、俺は卑怯にもただただ頭を下げる。

「……本当に、ごめん」

「何それ。そんなに謝るなら、悪いのは侑ちゃんなんだから、言うことききなさーい、とか、むちゃぶりするよ?」

 少し回復したのか、くすくすと笑う椿を見て、ほっとする。

「いいよ、何でも聞く」

「じゃあ、おんぶして?」

「わかった」

 立ち上がって、椿に背を向けその場にしゃがむ。

 本当にするとは思っていなかったのか、目を丸くする椿に笑いかけた。

「はい、どうぞ。このまま帰ろ?」 

 住んでいるマンションまでは、頑張れば歩いて帰れる距離だ。

「……ええと、では……」

 少しだけ戸惑ったように、椿が俺の背中に体を預ける。

 柔らかな感触を背中全部で感じて、何だか妙に照れ臭い。

 椿も同じなのか、首に回している手で俺の髪の毛の先を弄りながら、ぼそりと呟く。

「重いでしょ?」

 吐息がうなじに当たって、少しだけくすぐったかった。小さく身を捩ってから、平静を装って言う。

「まあ、軽くはないよ」

「もう、そこは羽のように軽いよ、って言うところでしょ?」

「羽より重いでしょ。ちゃんと内臓入ってるし。生きてるんだから」

「はい、研修医―、ロマンティックじゃないなあ」

「月がきれいですね」

「曇ってて見えませーん」

 軽口を交えながら公園を出て、路地を歩く。

 いつもは割と人が多い道なのだけど、今は俺たち以外、誰もいない。

 ゆっくりと歩を進めていると、椿が小さな、俺にしか聞こえないくらいの囁き声で歌い始めた。某有名バンドの月の歌だ。

 幸せだな、とふいに思った。

 椿にひどいことした後に思うとか、本当にどうしようもないほど最悪だけど。

「ねえ、椿、他には何かない? 言うこと聞いてほしいこと」

 歌が終わったタイミングで尋ねると、椿は拗ねたように呟いた。

「悪くないのに」

「悪いから言ってんの。詳細を言わない代わりに、たくさんむちゃぶり受けます」

「えーっと、じゃあ……今度のお休み、あそこ行きたいな。最初のデートで行った水族館。スナメリが見たい!」

「了解。スナメリのぬいぐるみも買ったげる。あとは、特製パフェ……前に食べれなかったやつ、食べよう」

「やったあ! じゃあね、今日は眠る前に子守唄歌って。私たちの運命の子守唄」

「いいけど、あの童謡みたいな変な歌にその言い方、やめない?」 

 椿が言う「運命の子守唄」とは、ギンさんがよく歌っていた歌で、穏やかなメロディとおかしな歌詞のギャップが印象的で、数回聞いただけで覚えてしまったのだ。

 彼女は元々それをどこかで聞いてぼんやりと知っていたらしく、前に眠る時にお遊びで歌ったら、興奮気味に飛び起きた。「ずっと知りたかったの。侑ちゃんが知ってるとかまさに運命!」ということで運命の子守唄と名付けられた、という経緯がある。

 ちなみにどうして知っているのかと聞かれたけど、ギンさんのことは話してない。 

 個人情報だからね。いくら恋人でも、言えないことはある。

「だって運命は運命だもん。あとは……えっとね、調子に乗っちゃうよ? 今度、連休取って。それで、ドライブ行こう、ドライブ」

「いいよ、どこに?」

「国道×××号、浜田屋岬の」

「どこそれ?」

「……雪が死んだ場所」

 椿は小声で呟いてから、俺の背中に顔を埋める。

「いいよ、花でも持って行こうか。何の花がいいかな?」

「椿。ユキツバキって品種があるから、それがいいな。雪は花に興味ないし、何でもいいと思うんだけど……私が好きなの」

「うん、わかった。花束にして――あ、花束にできるのかな? そもそも今の時期にある?」

「わかんない」

「ええー、自分の名前の花なのに? 詳しくないの?」

「詳しくないよ。雪はたぶん、詳しかったと思うけど」

「花に興味ないのに?」

「『僕たちの名前が付いてる花なんだから知識を知っておくくらいはしないとだめだ』って、言うような性格なの」

「へえ、ほんと、椿とは全然違うね。双子なのに」

「うん、全く違うんだ。雪はね、料理が上手だった。私たちは家事ごとに担当を割り振ってて、食事は雪が担当だったんだけど、毎日三食作ってるのに、メニューが全然被んないの。凝り性でね、見たこともない料理――どこどこ地方の郷土料理みたいなのも作ってくれてたんだよ。おかげで、ほとんど旅行なんて行ったことないのに、食べ物のことだけ詳しくなっちゃって……あ、ごめん、脱線した」

 雪のことを話す椿の優しい声に、二人の仲の良さを改めて実感し、俺は絶対に勝てないよなあ、と思い知る。

 だけど同時に、そんな大事な弟の追悼に誘ってくれたのが嬉しかった。

 雪には敵わなくとも、俺たちにはそれくらいの信頼がある、そう思えるから。

「……そういえば、詳しくないとはいえ、ユキツバキの花言葉は知ってるよ。雪が教えてくれたから」

「へえ、どんな?」

「変わらない愛」

「……そっか」

 ユキツバキ……雪と椿の名前が付いたその花の言葉は二人にぴったりだ。

 きっと椿は自分たちを重ねて――

「だから、侑ちゃん。もしプロポーズする時、花束を贈るなら、その時もユキツバキにしてね」

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