二十歳おめでとう
「雪くん、椿ちゃん、二十歳おめでとう!」
「「ありがとうございます、志賀さん」」
雪くんと椿ちゃんは声を合わせてそう言って、同じタイミングでにっこりと笑う。
顔立ちは全く似ていない二人だけど、表情の作り方が似ているからか、笑っていると、姉弟なのだとしみじみと実感する。
並んで座った二人のよく似た笑顔をテーブル越しに見つめていると、それだけで穏やかな幸せに包まれる心地がした。
「ほら、飲んでみて。初めてのお酒だろう?」
二人のために頼んだのは、綺麗な琥珀色の梅酒だ。
二十歳の誕生日を祝うことが決まってから、連れていく店、飲んでもらうお酒を散々リサーチして決めた。
二年に満たないほどの付き合いだけど、週に数回は食事を共にしてきた仲だ。絶対に気に入ると確信できるくらいには、好みを熟知している。
二人は小さく頷いて、グラスを手に取り口をつける。
雪くんは慎重にちょびちょびと、椿ちゃんは意を決したようにぐいと酒を飲んで……
「「美味しい!」」
やっぱり二人同時に言ってから、目をきらきらと輝かせた。
ごくごくと勢いよくグラスを空にするのを、嬉しい気持ち半分、これからお酒の飲み方をちゃんと教えてあげないとなあ、と思う気持ち半分で見守る。二人に振舞った梅酒は甘くて口当たりがいい分飲みやすいが、度数は高い。気づいた時には酔っぱらっている、なんてことになったら、面倒事に巻き込まれてしまうかもしれない。
でもまあ、それはまた今度でいいか。
今日はとことん、楽しんでほしい。
「次は何飲む?」
メニューを差し出すと、二人はじっくりと吟味した後、
「僕は……この緑茶のお酒が飲みたいです」
「私は焼酎! 焼酎、飲んでみたいです。先輩たちが良く飲んでるから」
元気よく言って、へらりと笑った。
もしかして、すでに酔ってる?
顔色は変わらないけれど、何だかいつもよりテンションが高い気がする。
「じゃあ、雪くんには緑茶のカクテル、椿ちゃんには俺のおすすめを頼もうか?」
顔なじみの店員を呼んで注文すると、すぐに追加のお酒が届いた。
それぞれ二杯目を飲みながらテーブルに届いている料理を食べていると、雪くんが唐突に僕の手を握る。
「……雪くん、これ、椿ちゃんの手じゃないよ。俺の手」
雪くんと椿ちゃんはよく手を繋ぐ。
過度なスキンシップにも見えるけど、二人にとっては自然なことらしい。幼い頃から長い時間、お互いだけを頼りに生きてきた双子の、純粋な親愛が宿っているのだろう。
「酔ってるね? ゆーきーくん。って、わっ」
もう片方の手を椿ちゃんに捕まれて、思わず間抜けな声が出た。
「椿ちゃんも、酔ってるでしょ。これ、俺、志賀良治の手だよ?」
雪くんもやばいけど、椿ちゃんはもっとやばい。四十代のおっさんが二十歳の女の子と手を繋いでいるのなんて、コンプラ的に確実にアウトだろう。
二人のことを不健全な目で見たことは一度もないけど、傍から見ればただのエロおやじだ。
ここが個室で本当に良かった。
というか、覚えとこう。二人の酒の限界量は一杯半だ。お酒を飲むのは一杯まで。あとでちゃんと言い聞かせないと。
「大丈夫です。こっちの手はちゃんと雪と繋いでますから」
「僕たち家族なので」
椿ちゃんと雪くんが言いながら、繋いだ手を持ち上げる。
と、いうことは、今俺たちは三人で手を繋ぎ合っているというわけか。
何だろう、これ。最近の若者の遊び? ジェネレーションギャップかな。
「そ、そう。わかったから、とりあえず、手を離そうか」
両手をぶんと振るけれど、二人は離すどころか手の力をますます強める。
「志賀さん……僕はっ、志賀さんと初めてのお酒を志賀さんと飲めて本当に嬉しいんです!」
「私もです。誕生日のずっと前から、雪と話してたんです。人生の大記念日だから、志賀さんも一緒に過ごしてほしいねって」
二人の口調はやけに熱っぽいのは、お酒が入っているからだろうか。
だとしても、真っ直ぐな瞳を見たらわかる。
語られた言葉はきっと本音だ。
俺たちの関係は因縁めいた、と言っても過言ではないほど複雑だ。どちらかが少しでも悪感情を抱いたら途端にギクシャクする……どころか、どろどろとした醜悪極まりない関係に陥ってしまうこと確実で、だからこそ、今ここで向かい合って食事ができていることだけでも奇跡的なのだ。
雪くんと出会った時には、ただ元気に生きている彼を見守ることができれば、それで満足だと思った。こんな風に思ってもらえるなんて、想像もしなかった。
思わず出そうになった涙をぐっと堪える。
「志賀さんのこと、お父さんがいたらこんな風かなって思ってるんです。……信頼してます」
「そうです、家族だから、手を繋いだんです。家族は手を繋いで仲良く家に帰るものだから。小さい時、お母さんと雪と三人で、こうして道を歩きました」
懐かしそうな声でそんなことを言われたら、もう傍から見たらとか、コンプラとか、どうでも良くなってしまった。手をぎゅっと握り返すと、二人は再びよく似た笑顔をこちらに向けた。
雪くんと椿ちゃんをマンションまで送り届け、ベッドに入るところまで確認してから、自宅へ戻る。
どうにも飲み足りず、ワインのボトルを開けながら、俺はすっかりへろへろになった二人の姿を思い出していた。
安心しきった顔が嬉しかった。父親のようだと、「家族」だと言ってくれたのも。
二人のことが好きだ。
大事にしたいし、守りたい。
「僕も、自分の子供みたいに思ってるよ。我が子のように愛してる」
小さな声で呟くと、頭の片隅で「本当に?」と声がする。
――血の繋がりもないのに、愛せるわけがないだろう?
勝ち誇ったように父親が笑う。
血の繋がっていない、父親。
彼が潤に殺された時、俺は涙が出なかった。
少しも悲しくなかったのだ。
愛していると、思っていたのに。
*
実の母は優しい人だった。
食卓に一匹しかない焼き魚は俺にくれたし、咳が出て眠れない夜は一晩中起きていて、背中を摩ってくれた。お別れの時、泣きながら抱きしめてくれた。「もうひもじい思いをしなくてすむよ。たくさん食べられて、暖かい布団で寝られて、ちゃんとした教育を受けさせてもらえる」と。
親類縁者を辿れるところまで辿って、唯一いた幼子を養子にしたのだと聞いている。困窮していた母子家庭から金で買った、という風にも見えるけど、母の目的は金じゃなくて、俺の幸せだったのだと思う。俺を愛してくれていたのだ。
引き取られてすぐに、馬鹿でかい風呂場で全身を丸洗いされた。質のいい服を着せられ、それから広い座敷へと押された。
そこには深いしわが顔中に刻まれた鋭い眼差しの男性と、綺麗なのだが幸薄そうな女性が座っていて、二人が新しい父母になるのだと、一瞬で理解した。
「俺の後継ぎとして相応しい男になれ」
父は淡々とそう言った。
母は一言も話さず、ただ黙って俺を見ていた。
生活は快適で、実母の言ったように、ひもじい思いはしなかった。与えられる食事は豪勢で、腹が満たされるまでいくらでも食べることができた。
ただ、寂しかった。
食卓はいつも一人だったのだ。
両親からはほんのたまに呼ばれて話すだけで、気軽に会える仲ではないし、親しくなった使用人たちも、ルール違反だからと一緒に食べることはしてくれない。一人きりの食卓に数匹の魚が乗っていたある日、実母に食べさせたいと一度だけ駄々をこねたけど、当然許可されるわけもなく、「二度と会うことはできない」という事実を何度も告げられただけだった。
この途方もない寂しさから抜け出すためには、父から気に入られるしかないと、幼心に理解した。父の求める子ども、後継ぎとして相応しい子どもになるしかないのだ。
少しの休みもなく勉強させられる生活にはうんざりしていて、正直気が狂いそうだったけど、ものにしようと必死になると、すぐにそれなりの成果が出た。家庭教師が報告してくれて、父との面会の頻度が上がった。話題は勉強についてばかりだったけど、それでも父とのお喋りは楽しかった。寂しさを、紛らわしてくれた。
数年の時が経ち、少し成長すると、父のよろしくない評判も聞こえてくるようになった。
ワンマン経営だとか、女癖が悪すぎるとか、気に入らないと暴力を振るうとか。母や俺を可哀想だと哀れむ声もあった。
だけど、俺は父を嫌ってはいなかった。
寂しさを感じる生活ではあったけど、直接的に、父から酷いことをされるわけではなかったからだ。他の人よりは気に入られている自覚もあった。小学校での成績はいつもトップだったし、運動もできた。品行方正だと先生からも褒められた。父の求める息子であり続ける俺を、早く家族として認めてほしかった。
掛け値なしに与えられる、家族としての愛情がほしかった。
そんなもの手に入らないとわかったのは、養子となって数年が経ったある日、何かのパーティーに参加するらしい父に連れられて、街に出た時のことだ。
父と一緒に出掛けるなんて初めてで、正直浮かれていた。
フォーマルな格好で歩く父と俺はどこからどう見ても家族だし、話しかけられることはないものの、こちらから話しかければ無視されることはない。元々、俺以外にも愛想は良くないのだ。機嫌を悪くされたり、暴力を振るわれるわけでもない自分は好かれているはずだと……息子として選ばれたのだからと、根拠もない自信をもって、そう信じていた。
父の息子として堂々としていなければと、デパートの並ぶ大通りを胸を張って歩いていると、地面が揺れた。転ぶのと同時に「地震だ!」と誰かの叫ぶ声が聞こえて、石畳の地面に這いつくばった。瞬間、先程とは比べ物にならないくらいの大きな揺れが起こって、目前にある石がばりばりと大きくひび割れた。
辺りを見回すと、同い年くらいの子どもと、子どもを抱きかかえた女性が目に入る。羨ましさに涙が滲み、滲んだ視界で父を探していると、少し離れた場所にその背中を見つけた。
付き人の男性に守られながら、父は足早にその場を去ろうとする。
待って、と口にしようと思った時、もう一度揺れて、肩に鋭い痛みを覚えた。
ビルの窓ガラスが割れて、落下した破片が刺さったのだとはあとで聞いて知ったことで、その時は何もわからなかった。
ただ痛くて、怖くて、触れると指先が赤く染まって、血が出ているのだと気づいた。
「お母さん!」
無意識に助けを求めたのは、視界にいる父はなく、ほとんど話したことのない今の母親でもなく、実母だった。
上等な服なんて一枚も持ってなくて、この街には似合わない。だけどここにいたら、俺を抱きしめて、守ってくれるはずだ。怖いことからも痛いことからも……いや、怖くても痛くても、母が抱きしめてくれたら、大丈夫になるはずなのだ。
だけど、ここにはいない。
それどころか、もう二度と会うことはできない。
「……おか、あさん。おかあさん!」
叫ぶように言った時、今度は背中に強い衝撃が落ちる。
ああもう、俺は死ぬ。
妙に冷静な気持ちで思って、瞳を閉じた。
思い浮かべたのは、やっぱり母の顔だった。
別れてから数年、今の生活に順応することに必死で、思い出すことはしなかった。
思い出したら涙が出てしまうから、意識して考えないようにしていたのだ。
だから内心、ちゃんと思い出せるか不安だったのだけど……忘れてなんかいなかった。
最後に会った時の泣き顔じゃなくて、一緒に暮らしてた時、よく見せてくれた笑顔。
細められた優しい瞳や緩やかに持ち上げられた口角、顎にあるほくろやひっつめ髪から飛び出た後れ毛まで、鮮明に頭に浮かぶ。
会いたい。
口の中だけで呟くと同時に、俺の意識は途切れた。
目が覚めると病院だった。
怪我が治るまでの間、入院して治療を受けた。
当然のように広くて豪勢な一人部屋で、当然のように誰も見舞いに来なかった。
だけど、数日後、家に帰るとすぐに父の部屋まで通された。
「父さん、お怪我はなかったですか?」
「ああ、すぐにあの場所を離れたからな」
知っています。
どうして一人で去ったのですか?
俺を助けてくれなかったのですか?
言いたいことはたくさんあったけど、全部飲み込んで、笑顔を作る。
「それは何よりです」
「不満が顔に出ている。まだまだだな」
父は咎めるように言うと、小さく息を吐く。
「前々から言おうと思っていたことがある」
「何ですか?」
「お前は俺に家族としての愛情を求めているようだが、俺はお前を愛してはいない。これからも愛さない」
「……」
「俺の血を継いだ子どもじゃない。それなのに、愛せるわけがないだろう? もちろん、自分が危うい状況で守ることもできない」
淡々と、顔色すら変えずに、父は言う。
「それでは、どうして自分を引き取ったのですか?」
「後継ぎ候補がお前以外にいなかったからだ。かすかでも、血の繋がりのある子供が。……まあ、意味があるかはわからない程度の薄さだが、それでもお前が優秀なのは、その血のおかげだろう」
あんまりな物言いに少しの時間呆然として、それから乾いた声で笑う。
ああ、この人は、僕の養父は取り繕うことさえしてくれないのか。
その程度の愛情すらないのか。
「……そのようなことを伝えられて、どうして自分があなたの後継ぎになると思うのです」
「与えられるものは与えている。その恩を返してくれればいい」
「……恩を?」
確かに、貧しかったあの家になかったものを、十分すぎるほど与えてもらっている。
「そうだ。恩を感じて、恩返しのために励め。元よりお前が愛情のために励むとは思っていない」
「そんなことはありません。僕は愛されたかったんです、あなたに」
「俺がお前を愛せないように、お前も俺を愛せない。血の繋がりのない父を愛せるわけがない」
「違うと――」
「母親の名前を呼んだろう? 形だけの母親じゃない。お前を産んだ、本当の母親を」
無表情を貫いていた父が口端を引き上げた。
「聞こえていたのですか?」
「ああ、でかい声だったからな。おかげでお前の存在を思い出し、救助に向かわせることができた」
助けを求めたのも、最後に会いたいと思ったのも、血の繋がった実母だった。
「母を思ったからこそ、お前はあの声が出せた。俺を呼ぼうとしても、無理だったろうよ。愛する者がいて良かったな」
確かに……去り行く父を引き止めるためて大声を出すこともできたはずなのに、俺はそうしなかった。ただ瞳を閉じて、諦めた。
「当然のことだ。母親は産み落とした赤子をその瞬間から愛する。手間をかけさせられるだけの存在を命より大事にする。お前の母親もそうだった。苦しい生活の中で、精一杯お前を育てて、お前を愛するがゆえにうちに引き渡した」
そのくらい知ってる。
母は俺を愛してくれていた。
だから俺も……母を愛した。
貧しくても、苦しくても、満たされなくても、大好きだった。
父は俺の心を読んだように頷く。
「血の繋がりが愛を産む。無償の愛はまた愛を産み、親子は互いに愛し合う。逆に、血の繋がりがなければ愛は生まれず、愛のない場所に愛は生まれない。卵が先か鶏が先かとはよく言うが……俺とお前の間に親子の愛は生まれない。わかったか?」
ああ、そうか……これが、父の言う「恩」だ。
父がこれほどまでに俺に話したのは、初めてだった。
腹が膨れる食事、行き届いた生活、高度な教育、そして納得できるだけの言葉、それら全てが父が俺に与える恩で、家族としての愛の代わりなのだと、思い知る。
俺は母を愛したまま、父から受けた恩を返すためにこの家の子どもになる。
それはそれで幸せなことなのかもしれない。
でも……
「俺は、父さんを愛しますよ」
確かに今は、父への愛がないのかもしれない。
だけど、愛してみせる。
勉強も運動も、礼儀作法だって、自分でやろうと決めたものに対して、俺は努力で結果を出してきた。父もそれを知っているはずだ。
「必ず愛を産んでみせます。だから……愛を返してください。愛のあるところには、愛が生まれるんでしょう?」
尋ねると、父は意表を突かれたように表情を固まらせた。
初めて見る顔だった。
「……できるものならな」
「できますよ。約束します」
にっこりと微笑むと、家庭教師に仕込まれた優雅で堂々としたお辞儀をする。
そのまま真っ直ぐに歩いて、父の部屋を出た。
それからは父に従うだけではなく、父の期待以上の成果を上げるように努力した。褒美を問われるとコミュニケーションの機会を求め、父と直接話す時間を増やした。厳しい言葉は自分のためだと思うようにして、奇跡的にかけられた優しい言葉は宝物にして何度も思い出した。
そんな日々を積み重ね、大人になった。
親としての父を愛せるようになったと思っていた。
なのに、父が潤に殺されても、俺は少しも涙を流すことができなかった。
別れた元恋人、潤の死には心が痛むのに、父を失ったことには悲しめなかった。
――愛せて、いなかったのだ。
父は俺に、最後まで「愛している」とは言わなかった。
俺を愛さなかった。
きっと、俺が愛していないことも知っていたのだろう。
父は自分の心を知っていて、俺は自分の心を知らなかった。
俺はどこまで鈍いのだろう。
父に負けたのだと、そう思った。
*
翌朝、携帯を見ると、昨夜遅くに来ていたらしい雪くんからのメールに気が付いた。
慌てて画面をタップすると、いかにもな酔っ払いが打った文章が表示される。
〈雪と椿です。今日はお祝いありがとうごさ今なら大丈夫います。すぐに出かけるよ〉
ああ、不安になってきた。
どれだけ飲んでも酔わないザル体質である俺は、今までありとあらゆる酔っ払いを介抱してきた。
泣き上戸や笑い上戸、くどくど説教してくるやつに踊り出すやつ、酔っ払いには色々なタイプがあることはよく知っている。雪くんと椿ちゃん、テンション上がって家から出たりしてないかな。
〈今家にいる? 昨日、泥酔してたけど大丈夫?〉
メールを打つけど、返信はなかなか来ない。
一時間待って、二時間待って、不安がピークに達して家を出た。
ちょうど昼過ぎ、二人のことだから、昼食は、家で健康的な手料理を食べているはずだ。
デザートにケーキでも買っていって、お節介なおじさんだと笑ってもらおう。
行きつけのケーキ屋で雪くんが好きな抹茶のケーキと椿ちゃんの好きなモンブラン、あとは今日のおすすめ数種類を調達してから二人の住むマンションに向かう。
インターホンを押して少し待つと、ゆっくりとドアが開いて、隙間から雪くんが顔を出す。
「あ、志賀さん……待ってください、今、チェーン外すので」
「ごめんね、急に」
ガチャガチャと音がしてドアが全開に開く。
「どうぞどうぞ、いつでも大歓迎です」
「ありがとう、お邪魔します。あ、これ、ケーキ持ってきたよ」
「好きな店のだ」
「知ってる。お昼後のデザートにどうぞ」
「僕は今からいただきます。でも椿は今から出かけるので、後でいただくことになりそうです」
話をしながら部屋に入ると、椿ちゃんがテーブルに座って化粧をしていた。
「椿ちゃん、忙しい時にごめんね」
「そんな、志賀さんならいつでも大歓迎ですよ!」
「椿、ケーキもらったから、帰ってきてから食べなよ」
ケーキの箱を開けて、自分の分と俺の分を皿に移しながら、雪くんが言う。
「ううっ、今から食べたい……でも面接に遅れたら流石にアウトだよね。絶対にあそこでバイトしたいから……我慢する!」
「バイト? 今日、バイトの面接なの?」
目を見開くと、椿ちゃんはにっこりと笑う。




