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スノーカメリア  作者: 古浜夕
有佐雪
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14/23

サークル活動

 呆然としていると、彼女はにっこりと無邪気に笑う。

「ようこそ、郷土料理研究会へ! 私は代表の基口日向、二年生。趣味はたくさんあるけど、一番は美味しい者を求めて、全国津々浦々旅することです! よろしくねぇ」

 基口さんは一気に言い切ると、ソファに僕たちを誘導する。

「ねえねえ、座って。ほらそこ、場所開けてくーだーさい」

 恐縮しながら腰掛けると、ソファに座っている男女二人が僕たちを見つめた。

「私は二年の長崎実里。趣味はお饅頭作りと、お饅頭屋さんの開拓。よろしくね。ほらほら、お茶飲んで、お饅頭食べな」

 椿の隣に座っている長崎さんは紙コップにお茶を注ぎ、さらにはテーブルの上にあった饅頭を一つずつ、僕たちの手に乗せてくれる。

「「ありがとうございます」」

「緊張しなくていいからね。うちは元々仲が良かった同級生三人で作った気軽な集まりだし、畏まったことなんて一つもしないから」

 それでサークルとして認められ、部屋までもらえるんだ。そういうもの?

 胸に湧いた疑問を察したように、僕の隣にいる男性が口を開く。

「二年だけでたった三人、普通はこれじゃ受理されないんだけど、こう、ちょっと根回ししてるんだよね。あ、俺は須中将司。趣味は、そうだな……人間観察かな。よろしくね、有佐姉弟」

 頷いたところで、パンパンと音が鳴った。

 前を見ると、ソファの前に立つ基口さんが手を叩いている。

「はいはーい、全員が名乗ったところで、サークル活動について、さらっと説明しまぁす。その後は雰囲気を見てもらって……入るかどうかは後日、メールとかで教えてくれたらいいよ。それじゃあ、まずは活動内容から!」

 基口さんはもう一度ぱんと手を打ち、僕たちに説明を始める。

「私たちがやってるのは、サークルの名前の通り、郷土料理を研究すること。みんなで話し合って月ごとに料理を一品決めて、料理について、それからその料理ができた背景、その地方の風土や文化を研究するの。まあ、研究って言っても、必ずしも図書館に籠って文献でってわけじゃなくて……その地方の知り合いに聞いたり、地方出身の芸能人のブログをチェックしまくったり、色々なレシピ本をとにかく読み込んだりとか、何でもあり! ね、二人とも?」

「芋煮がテーマの時は、山形旅行に行ったりもしたしね」

「そうそう。だから月の料理を決める時は、行ってみたい場所の料理にするのもいいよ。サークル費使えるから」

 長崎さんと須中さんが言いながら、壁の一角にぶらさがる「山形」と書かれた提灯を指さす。 

「うんうん、とにかくそういう感じでゆるーく調べてから、実際に料理するの。作って食べて味わいまでもを研究し尽くしたら、その月の活動は終わり。そしてまた翌月、別の料理を一品決めて、研究スタート! うちの活動はずーっとその繰り返しだよ。わかりやすいでしょ? 今の時点で何か質問ある?」

 基口さんから視線を送られて、椿は遠慮がちに尋ねる。

「メールでもお尋ねしたんですが、念のため……料理が下手でも本当に問題ないですか?」

「もちろんだよ! 楽しくやれればそれでOK! それに、実は私も料理、得意じゃないんだ。だけど長崎と須中は上手いし、フォローしてくれるから、安心して」

「良かったです」

「うん、それじゃあ、雪くんは?」

「僕は、えっと……活動の頻度ってどれくらいなんですか?」

 入りたくないのに、入らなきゃいけなくなりそうな僕からすれば、なるべく少ないと嬉しいんだけど。

「絶対来なきゃいけない日っていうのはないよ。ただ、料理を決める日と、実際に作って食べる日が月に一日ずつあるから、そこは参加してくれると嬉しいなぁ。あとは一応、定期報告ってことで毎週金曜日に集まることになってる。その他の日も大抵は誰かいるし、誰もいなくても部屋は自由に使っていいから、気が向いたら顔を出してね!」

「はい、ありがとうございます」

 思った以上に自由な雰囲気にほっとしながら頭を下げると、基口さんはにっこりと笑った。

「ちなみに今日はねぇ、月一の、料理を決める日なの。さっきまで話し合ってたんだけど、なかなか決まらなくて……雪くんは何か、気になってる料理ある? 椿ちゃんから聞いたけど、郷土料理、好きなんでしょ?」

突然の質問に、頭に浮かんだのは――

「……イワシの糠煮」

 首を傾げる椿とは対照的に、基口さんの目が輝く。

「いいね、糠煮! みんな、どう?」

「ああ、前に基口がお土産に買ってきてくれたよね。美味しかったし、いいんじゃない?」

「俺も異論なし。でも、有佐弟って関東出身だよね? 博多じゃなくて、北九州の料理にいくとか、なかなかニッチだな」

 きょとんとしている椿以外の全員が、糠煮を食べたことがあるらしい。

 さすが郷土料理研究会。

「よし、じゃあ糠煮でいこう!」

 基口さんのその言葉に他の二人がぱちぱちと拍手して、僕と椿もそれに倣って手を叩く。

「雪くん、ありがとうね。それじゃあ今日は糠煮の基本情報だけ、みんなで調べて共有して、あとは各々が好きなことを研究しよう」

 基口さんは言いながら立ち上がり、本棚から分厚いレシピ集を持ってくる。

 机の上で開かれたページには、つい昨日食べた糠煮の写真が載っていた。

「はーい、ほとんどの人が知ってると思うけど、これが糠煮です。糠には九州北部にある福岡県、北九州の食べ物で――」

 レシピを知りたいとは思ってたけど、こんな形で知ることになるなんて。

 不本意ではあるけど、正直……少しだけ楽しみだった。

 胸の奥底から湧き上がるわくわくが顔に出ないように平静を装っていたのだけど……ちらりと僕を見た椿はそれを見透かしたように小さく笑った。


 見学に行ったの日の夜、サークルに入るという決断をした椿は基口部長へメールを送った。翌日にはもう一度部室に行って、届けに名前を書いて提出し、夜には行きつけだというお好み焼き屋さんで歓迎会を開いてもらった。――そして僕たちは郷土料理研究会の一員となったのだ。

 気は乗らないが、それ自体は想定内だ。

 だけど……

「こんなに毎日通うとか、思ってもみなかった」

 誰もいないサークル部屋に入ると、ソファに座って小さくため息を吐く。

「だって、居心地いいんだもん。雪だって楽しんでるでしょ?」

「そりゃあ、全く楽しくないわけじゃないけど……」

 サークル部屋にはレシピや資料がたくさんあって、それらを読み耽るだけで、いくらでも時間を潰せてしまう。

 ここ数日と同じように、今日もレシピ集をぺらぺらと捲っていると、

「あ、あった!」

 部屋の奥の棚を探っていた椿が小さく叫んだ。

 椿は小さな紙箱を手に取り、ソファの前のテーブルまで持ってくる。

 既に開封されているその箱の中を覗けば、個包装されたピンク色の饅頭が入っていた。

「長崎先輩が食べていいよってメールくれたんだ。最近ハマってるお店のお饅頭なんだって。洋菓子と和菓子の奇跡のドッキングって言ってたよ」

「ありがたいね」

「うん! じゃあ早速……」

「「いただきます」」

 手を合わせ、口にしてから、二人で顔を見合わせる。

「「美味しい!」」

 食べ物の趣味は完全には一致しないけど、お互いの好みはわかってる。

 これは両方が好きな味だ。

「ふわふわの生地~蕩けるあんこと生クリーム~ほっぺが落ちそう~」

「悔しいけど、歌いたくなるのわかる美味しさだよね……もう一つもらってもいいかな?」

「たくさん食べてって言ってたし、いいと思うよ」

「お礼言わなきゃ。長崎先輩、今日来るかな?」

「うん。五時ごろって言ってたから、もうすぐだと思う。ちなみに、部長と須中先輩も来るよ。今日は勢ぞろいだって」

「へえ」

 みんなが集まったら、すぐにお菓子を食べながらのお喋りタイムが始まるだろう。

 だったら今からお茶の準備をしといた方がいいかも。

 かなり甘いから、渋みのあるお茶にしようかな。

 サークル部屋のキッチンには色々な飲み物が常備してあって、緑茶だけでも色々な茶葉がある。数日のうちに覚えたそれらを思い出していると、椿は僕を意味深にじっと見る。

「何さ」

「ふふ、やっぱり入ってよかったな、って思って。先輩たちも良い人ばかりだし、雪も馴染んでるし」

 先輩たちが良い人なのは間違いないし、当たり障りのない話題を考えることに苦労していた高校時代とは違って、料理の話をしていればいいから、気は楽だけど……

「馴染んではない。そう見えるのなら、それは椿のせい」

「ん?」

 椿は惚けたように言うが、自覚がないとは言わせない。

「ねえ、椿。どうして――」

 そこまで口にした時、扉が開いた。

「あ、もう来てたんだぁ!」

「皆勤賞だね、有佐姉弟」

「お饅頭、どうだった?」

 部長と須中先輩、長崎先輩が揃って部屋に入ってくる。

「「すごく美味しいです」」

「今日も揃ってる、さすが」

「気に入ったなら、たくさん食べなよ。二人暮らししてたら、食事抜いたりしがちでしょ。栄養たくさん取って」

 長崎先輩は箱から饅頭を取り出し、僕と椿の手に三個ずつ饅頭を握らせた。

 お礼を言う僕たちの横で、須中先輩と部長が笑う。

「有佐姉弟、食べたくなかったら、断っていいよ」

「長崎はねえ、暇さえあれば人に食べさせたい、田舎のおばあちゃんみたいなところがあるけど、断ったら潔く諦めるから!」

「おばあちゃんって……他に言いようあるでしょう。でも、断りたいなら、遠慮なく言ってね」

「いえ、美味しかったのでいただきたいです。あ、僕、お茶注いできますね」

 立ち上がってキッチンに向かい、お盆に乗せたカップを持ってソファに戻ると、椿が流れるような仕草で全員にお茶を配った。

「――ん、美味しい。有佐弟、お茶淹れるの、めちゃくちゃ上手いね」

「そういえば、料理も得意なんだよね。椿ちゃんから聞いた」

 味わうようにゆっくりとお茶を飲みながら、須中先輩と長崎先輩が言う。

「得意かどうかはわからないですけど、趣味ではあります」

「得意だよ! 雪の料理、美味しいもん」

 隣で熱弁する椿に「余計なことを言わないで」と視線を送ると、須中先輩が微笑ましい、と言わんばかりに目元を和らげた。

「一緒に住んでるんだよね? 料理は有佐弟の担当?」

「はい、私は何を作っても失敗しちゃうので……」

「ふふ、椿ちゃんの最初の連絡は、『料理が下手でも入部可能ですか』って内容だったよねぇ」

「部長、笑わないでくださいよ!」

「ごめんごめん。だけどね、そんな椿ちゃんも得意になれるかもしれない料理があるよ!」

「何ですか?」

「た、こ、焼、き」

「たこ焼き?」

「ああ、有佐姉弟はまだ食べたことないっけ。基口は料理が下手だけど、たこ焼きだけは異様に上手いんだよね」

「基口は、実家の関西からわざわざたこ焼き機持ってきてるんだよ」

「わあ、すごいですね!」

 本当かな? 歓迎会の時、お好み焼きをひっくり返そうとして見事に失敗してたけど。

 そんなことを思った瞬間、部長がくるりと振り向いて、僕に人差し指を突き付けた。

「雪くん、今、本当かなって思ったでしょ?」

「え、そんなこと……」

「いや、絶対に思った。思ってた顔だった。だったら、目の前で証明してあげようね。――今夜七時から、タコパやります。イン基口邸。みんな参加できる?」

「長崎、参加!」

「須中も参加!」

 ぴしりと手を伸ばした長崎先輩とゆるく手を上げた須中先輩がそう口にした後、三人の視線が僕たちに向いた。

「残念ですが、僕は――」

「有佐椿と雪、参加します!」

 遮るように言われてじろりと見つめるけど、椿は素知らぬふりを決め込んでいる。

「じゃあ二人には、あとでうちの住所送っとくからねぇ!」

 部長の元気な声を聞きながら、僕は小さくため息を吐いた。


  *


 部長の作ったたこ焼きは美味しかった。

 つい先日後悔したばかりの僕が、またもや食べすぎてしまうほどには。

「ゆーきー、大丈夫?」

「大丈夫じゃない。お腹、はち切れそう。気持ちが悪い」

「じゃあ少し休憩しようよ。そこ、公園あるし」

 部長宅でのタコパの帰り道、よろよろと歩いていると、椿が僕の服の裾を引っ張った。

 視線を向ければ、路地に面した公園がある。滑り台とベンチだけがある小さな公園は、月明りと電灯に照らされていても薄暗くて、誰も人はいない。

 椿に連れられて「よっこらしょ」とベンチに座ると、椿がくすくすと笑う。

「雪、おじいちゃんみたい」

「僕がおじいちゃんなら、椿はおばあちゃんだよ。双子なんだし」

「ふふ、そうだね」

 椿はそう言って、鞄からペットボトルの水を取り出し、ぐいっと飲んだ。

「雪も飲む?」

「飲まない、水分すらも入る余裕がない」

「そっか、そっかあ。でも仕方ないよ。あの楽しい雰囲気じゃ、雪だって食べすぎるよね」

 小さく頷く椿は嬉しそうで、何だかそれが癪に障った。

 本当は……参加するつもりなんてなかったのだ。

 参加したくなかった。

 これ以上、先輩たちと交流を深めたくなかった。

「……」

「……」

 まだそう遅い時間でもないのに、辺りはしんと静まり返っていた。

 ベンチの横にある電灯は、ついたり消えたりを繰り返していて、目がチカチカする。

 一旦瞳を閉じてから小さく深呼吸し、ゆっくりと開いて――昼間、聞けなかった言葉を聞くには今しかないと、ふいにそう思った。

「ねえ、椿……どうしてサークルの人たちと僕の仲を取り持とうとするの?」


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