双子のお願い
「うーん、女の子が何人か集まるとね、いつも『彼氏がほしい』って話で盛り上がるんだ。イケメンに優しくされて癒されたいとか、素敵なデートがしたいとか、嬉しいことも悲しいことも何でも話したいし、時には相談に乗ってほしいとか」
「いかにも女子の会話って感じ」
「まあね、どんな人がいいか話してキャーキャー言うのは楽しいんだけど……私は話に加われない。みんな、癒されたいとかデートしたいとか、やりたいことがあるみたいだけどさ、私にはないんだもん」
「ないの?」
「ない。だって、全部雪がやってくれるでしょ?」
「僕?」
「私を一番癒してくれるのは雪だよ。それに雪はデートしてくれるし、嬉しいことも悲しいことも話せるし、時には相談にも乗ってくれる。これまでだってそうだったんだし、今更、他の人にしてほしいなんて思わないよ」
あっけらかんとした顔で、椿は言う。
「もちろん、僕は椿のお願いなら何でもするよ。でもさ、僕と恋人とは違うでしょ。僕じゃあ、こう、きゅん、ってする感じのものは与えられないと思うんだけど。恋してる相手じゃなきゃ」
自分で言いながら、自分で突っ込む。
なんだこの発言、僕ってこんなにロマンチストだったったけ?
「その『恋』も、求めてるものをくれるから生まれる感情なんだと思うんだよね。愛がほしいから、愛を与えてくれる人を好きになる、とか」
「でも、絶対に振り向かない人を好きになることだってあるんじゃないの? 映画とかでよくあるでしょ。報われない系のお話」
「その場合には『求めるもの』が愛じゃないんだよ、きっと。自分がどんな道を選ぶか迷ってる時は、行き先を提示してくれるような人を求めてるし、辛くて苦しくてどうしようもない時は、優しさで救ってくれる人を求めてる……人って、自分で気づいていないような『求めてるもの』をくれる人に恋するんじゃないかなって……私は女子トークの中で気づいたのでした」
椿は元気で明るくて、のほほんとしたお気楽ガールに見られがちだけど、実は冷静な分析家のような一面もある。冷静に見えて感情に流されやすい僕は、椿がする淡々とした指摘に時折はっとさせられる。
「確かに、映画とか小説とか、恋する主人公はいつも何かに悩んでいるよね。そんな中、運命の出会いをする」
「運命かあ……雪は信じてるの?」
「信じてるよ」
誰が何と言おうと、僕は運命を信じる。
椿が思うようなロマンティックな理由ではないけど。
「そんな風に言うってことは、椿は信じない派なの? 運命」
「うん、私は運命なんて信じられないなあ。何ていうか、偶然、求めるものをちょうどいいタイミングでくれる人が現れたってだけだと思っちゃう。一つ何かが違えば、別の相手に恋するのに、運命なんて仰々しいよ」
「花の女子高生なのに」
「女子高生に夢見ないでください。男子高校生」
「夢なんて見てません。変に現実的な女子高生といつも一緒にいるから見られません」
「それもそうか」
顔を見合わせて笑うと、椿は仕切り直しのように言う。
「まあともかく、恋人がほしいって思えないほど、私は満たされてるんだよ。雪のおかげで」
弓なりに目を細めたその笑顔が眩しくて、嬉しくて、思わず手を握った。
小さい頃、公園で遊んだ後の帰り道みたいに。
「だーかーら、恋人なんていらないんだよ」
ぶんぶんと手を振りながら、椿は楽しそうに歌った。
*
「……夢、か」
瞼の裏に焼き付いた椿の笑顔が名残惜しくて、目を開かないままでぼそりと独り言ちる。
部屋に響いた自分の声が妙に感傷的に聞こえて、何だかやるせなくなった。
――椿には幸せになってほしい。だから、応援してます。
昨日志賀さんに言った言葉は本音のはずだった。
だけどこんなタイミングであの夢を見たってことは、強がりを本音だと思い込んでいただけなのかもしれない。さらに深い心の奥底では「恋人なんていらない」と断言した昔の椿を求めているのかもしれない。
「見るまではきれいさっぱり忘れてたんだけどなあ」
どこまでも続くように見えた公園の銀杏並木とか、頬に当たる風の冷たさとか、高校指定のセーターのちくちくした感じとか、夢の中ではそんな小さなことまで鮮明に再現されていて、人の脳みそって不思議だな、としみじみ思う。
椿はあの時のこと、覚えてるかな?
今もあの恋愛観なら……椿って、好きな男に何を求めてるのかな?
恋したってことは、僕だけじゃ満たされなくなったってこと?
悶々と考えるけど答えが出るわけがなくて、小さくため息を吐いた時、ノックと一緒にガチャリと扉が開き、慌てて目を開ける。
「ゆーきー、おはよ。遅いから迎えに来たよ。ご飯の時間です」
部屋に入ってきた椿がベッドの傍まで歩み寄り、上からぐっと顔を近づけた。
さらさらとした髪の毛先が頬に触れて、くすぐったさに身を捩る。
「ご飯……椿が作ったの?」
「トーストだけ焼いた。おかずは雪の作り置き」
「良かった」
「もう、良かったって何ー」
椿がばさりと布団をはぎ取る。
「寒い!」
「そんな恰好で眠るからだよ」
呆れ顔で見つめる椿の視線を辿り、自分の体を確認する。
……わ、下着だ。
そう言えば、昨日はお腹いっぱいで苦しくて、服を脱ぎ棄てて、そのまま眠ったんだっけ。確かシャワーも浴びてない。
「昨日、帰ってくるの一時過ぎてたでしょ?」
進学を機に東京に越してきてから、椿と一緒に大学近くのアパートを借りている。
田舎に暮らしていた頃より狭くて壁も薄い二LDKでは、いくらこっそり帰ってきても椿に気づかれてしまうのだ。
「バタンって音がしたから見に行ったんだけど、布団も着ないで眠ってたよ? もしかして、お酒でも飲んだの?」
すでに眠っていたはずなのに様子を見に来てくれたことに感謝しながら、僕はのそのそと身体を起こし――って、重っ!
「っ、食べただけ……食べすぎて苦しくて、すぐに寝ちゃったんだ」
「そんなに食べるとか珍しいね。それにしても、あんな遅くまで……お店に一人って居心地悪くない? 私を誘ってくれたら良かったのに」
一人と決めつけられてるけど、まあ、それは仕方ない。外食は基本いつも一人だし、そもそも僕には一緒に食事をする相手なんて、椿以外には志賀さんしかいない。
「いいの、一人、好きだし」
「言うと思った」
椿はクローゼットまで歩いて服を取り、僕の方に投げた。
「ありがと。あ、でも他のがいいな。この服、生地が固くてあんまり好きじゃないんだよね」
「今日はこれ着て? それ着た雪、すっごくいい感じだから」
「えー、何で。何かあるの?」
大学の講義を受けて帰ってくるだけの日だから、正直ジャージでいいくらいなのに。
首を傾げて聞くと、椿はにこりと笑った。
「うん、今日は雪と行きたい場所があるの」
講義を受けた後(僕と椿は大学は同じだけど、学部が違うのだ)学食で待ち合わせて、そのままサークル棟に向かう。
「待って、椿、サークル入る気なの?」
「うん、雪も気に入りそうなサークル、見つけたんだよ」
椿はご機嫌に言って、他の棟より古ぼけた感じのあるサークル棟を歩き続け、ある部屋の前で止まった。
ところどころに傷のある木製の扉にかけてある看板には――
「郷土料理研究会?」
「うん、見学して、良さそうだったら一緒に入ろうよ。雪、こういうの好きでしょ? 活動内容も面白そうだし、メンバーも良い人っぽいの。リサーチ済み」
「いや、どんな郷土料理だろうと、黒焦げにするに決まってるじゃん。だって椿だよ?」
「失礼だなあ、下手ですってちゃんと言ってあるもん。それでいいって言われたもん。それに、下手だからこその挑戦だよ」
胸を張って言う椿に少しだけ違和感を覚える。
椿は典型的な「好きこそものの上手なれ」タイプで、好きなものには凄まじいほど熱中し、すごい勢いで上達するけど、嫌いなものや苦手なものには一切手をつけない。だから料理だって今までは僕に任せっきりにしていた(その分他の家事を請け負ってくれていたけど)のだ。
頭の中が疑問符で埋め尽くされるけど、すでにここまで来てしまっている。今ここで問い詰めても意味がない。
「……わけわかんないけど、じゃあもう椿はそれでいいよ。でも、僕は入らない」
人付き合いを楽しいと言い切る椿と違って、僕は群れるのは好きじゃない。
有無を言わせず集団活動させられる高校生活がやっと終わったのに、サークルなんて入ったら、また他人との煩わしいやり取りに時間を割かないといけない。
僕はなるべくなら、椿以外の誰とも関わり合いになりたくないのだ。
「だめ、二人で入ろ」
椿はそう言って、逃がさないとばかりに僕の手を握る。
「それ、双子のお願い?」
「そう言ったら聞いてくれるなら、そう」
「……」
ため息を吐いて頷くと、椿は握った手にさらに力を入れて、もう片方の手でドアをノックする。トントン、という音の後、「どうぞぉ」と声がした。
ドアを開けると、男性一人、女性二人、全部で三人の学生が大きなL字型のソファの真ん中に座って、顔を突き合わせている。
「こんにちは。昨日メールした、有佐椿と有佐雪です」
元気いっぱいに挨拶する椿の隣で小さく会釈すると、ぱあっと顔を輝かせて小柄な方の女性が立ち上がった。彼女は僕たちに駆け寄り――僕と椿、二人を一緒に、小さな体でぎゅっと抱きしめた。
「椿ちゃん、雪くん! 待ってたよぉ!」




