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スノーカメリア  作者: 古浜夕
一ノ瀬侑吾
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10/16

結局のところ

「雪!」

 道路わきに車を避けて駆け寄り、雪の体をひしゃげた車体から引きずり出した。

「雪……雪!」 

 動揺している椿の横で、体を一通り確認し、脈を確かめる。

 良かった、大きな怪我はない。

「大丈夫、命に別状は――」

 ない、と続けようとしたところで、目を見開いた雪が口元を抑える。

「っ、あ……」

 苦しげな雪の姿を見て椿は泣きそうな顔になるけど、俺は冷静だった。

 医者を目指して良かった、おそらく生まれて初めて、心からそう思った。

「事故のショックで過呼吸になってる。……大丈夫だから落ち着いて。ゆっくり呼吸を繰り返して」

 そう言い聞かせながら、適切な処置を行うと、雪の呼吸は徐々に落ち着いた。

「トラックの方見て来るから、雪をお願い」

 雪を助ければ一応目的達成だけれど、怪我人を放ってはおけない。

 トラックまで駆け寄ると、運転手のおじさんを外に連れ出し、怪我の具合を確認した。

 どうやら彼も問題なさそうだ。

 安堵しながら椿たちのところに戻って、状況を説明する。

「おじさんの怪我もひどくない。雪もおじさんも、念のため病院には行った方がいいけど、大丈夫だと思うよ」

 口にしてから、ふいに疑問が落ちてくる。

 待て。どうしてだ?

 俺は事故を未然に防げなかった。

 なのに何故……雪はこんなに軽症なのだろう?

 椿を乗せていないことで、ぶつかるタイミングがずれたから?

 いや、未来の椿から教えられた場所で、ばっちりぶつかってたじゃないか。

 だとすると、どうして……

 答えなど誰も知るはずがないのに、縋るように椿の方を見る。

 さっきまで憔悴していた椿は、今はほっとしたように笑っている。

 落ち着いたらしい雪が椿に話しかけていた。

 特別な双子、かつて椿から聞いた通り、二人の関係がかけがえのないものだとわかる、優しい笑顔をしている。

 その時――気づいた。

 雪に心中する気なんてあるはずがない。

 彼は椿を心から大事に想っている。


 そして全てを察した。


 ――雪が死んだ事故で、彼はハンドルを右に切ったんだ。


 今、雪が乗っていた車体は左半分、助手席側がひしゃげている。

 向かって右車線から車がきたのなら、普通のことだ。

 我が身を守ろうとするならハンドルを左に切り、衝突を避ける。

 だけど、椿が乗っていたら……自分より、助手席に乗る彼女を守りたかったなら、右に切る。

 つまり、瞬くような刹那の時間で、雪は大事なものを守る選択をしたのだ。

「……良かった」

 笑い合う二人を見つめながら、思わず呟いた。

 雪はただ椿を思っていただけ。

 あとはそれを、椿がちゃんとわかっていればいい。

 ――一緒に死んであげれば良かったって、思うの。雪が望むこと、してあげられなかったのが、悔しい。

 椿がもうあんなことを言わずに済むように、俺はこの場に相応しくない言葉を、あえて口にする。

「ねえ、雪くん……雪くんは大事な人を絶対に殺せない。心中なんてできない。それを椿にわからせてあげてよ」

 俺はもう、何もできない。

 だから代わりに、椿を幸せにしてほしい。

 願いを込めて見つめると、雪はわけがわからないという顔をして、それでも小さく頷いてくれた。

 椿はそんな雪と俺を、やはりわけがわからないという顔で見守っている。

 もしも、これから何かしらの不安が芽生えた時に、さっきのことを思い出してくれたらいい。

 これで、俺が椿のためにできることは全て終了だ。

 雪はこうして生きているし、姉弟の絆も健在だ。

 ついでに椿が探していた子守唄も伝えられたし……良かった。

 うん、良かった。

 その思いは、嘘偽りのない本音だ。

 それなのに……

 悔しくて仕方がなくて、涙が溢れた。

 視界が滲んで不明瞭になるのと同時に、今までわからないでいた椿への想いがはっきりとする。

 この「悔しい」は、俺の手で彼女を幸せにしたかったのに、の「悔しい」だ。

 ああ、やっとわかった。

 俺はつまるところ、やっぱり椿が好きだったのだ。

 確かに初めは彼女の才能に恋をしたのかもしれない。

 その才能を自分のものにしたい、そう言う理由もゼロじゃないのかもしれない。

 だけど、そんなのきっと一パーセントにも満たなくて、もっとたくさんの、たくさんの好きなところがあった。

 指通りの良いさらさらの黒髪。

 感情が滲む大きな瞳。

 嬉しい時の、花咲くような笑顔。

 与えられた愛情を素直に受け取ってくれる純真さ。

 甘え上手なのに、ここぞというタイミングで赤くなる照れ屋な一面。

 小さなことは気にしない大らかさ。

 好きなことにひたすら一途で、失敗を恐れず取り組めるところ。

 今なら無限に思いつく。

 だってこんなにも好きなのだ。

 愛おしくて愛おしくて、たまらないのだ。

 もう遅い。

 お別れだとわかっている。

 それでも――

「椿」

 名前を呼ぶと、椿ははっとしたようにこちらを見た。

「侑ちゃん?」

 目の前の彼女は俺を愛してくれた彼女ではない。

 わかっているけど、どうしても伝えたかった。

 ポケットに手を入れ、神社で少女に貰ったユキツバキのかんざしを取り出す。

 ユキツバキの花言葉は変わらない愛。

 椿がそう、教えてくれた。

 彼女に近づき、俺はかんざしを持った手を伸ばす。

「ずっと変わらない。愛して――」

 光に包まれ、視界が塞がれる。

 こつんと音がして、かんざしが地面に落ちたのがわかった。



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