22. お前に愛を語る資格はねえ
ここは豊橋市警察署の裏手にある豊橋ハリストス正教会――聖堂は国の重要文化財に指定されている――の地下にあるアトラスの秘密基地だ。
豊橋市役所に構えていたのは、いわば張りぼて。俺たちにも知らされてなかったのだけれど、本当の司令部機能はここにある、らしい。
神城家の資産を投じて作られた最新鋭の設備が所狭しと備え付けられている。ここにいるのはアトラスの中枢にあたる少数の精鋭たちだ。
俺とブラック先輩、南方の3人は司令部の一番奥の神城司令のデスク前に並び立たされていた。
訂正。俺だけ正座だ。なぜだかわからねえ。指示されたわけでもないが、俺の全身の危機察知センサーみたいなものが自然と反応してこの体勢になっている。
それでも全身の震えが止まらねえ。目の前にはあれほど会いたかった俺の女神――神城さんが生きて、座っている⋯⋯が、黒目が真っ黒。光のまったくない瞳が怖すぎる。覗きこんだが最後、心の奥底まで見透かされそうだ。深淵を覗き込む時、深淵もまた、ってやつだ。
「報告書を読んだ」
氷のような声だ。思わず鳥肌がたっちまう。
「報告書⋯⋯とは?」
恐る恐る聞いてみるが、クソムシが喋るなと神城さんの瞳が念波を送ってくる。
いたたまれずといった感じで、南方がふわふわ漂っていた俺の言葉を受け止め、返してくれる。
「アイプラザ豊橋へ移動してからのことは、通信妨害の影響でアトラス本部は把握できていないので、アトラスブラックからの報告と僕の観察をまとめて報告書を作成しました」
南方か、南方ね⋯⋯。
⋯⋯うーん、不安すぎる。
「ってか、南方、お前いつからアイプラザ豊橋にいたんだ?」
「いつからって⋯⋯、青木先輩とアトラスブラックが抱き合ってたあたりからです」
おおおおお、おいおいおいおい。
なんだコイツ。
全然空気読めねえの!?
それとも、ナチュラル煽り系!?
勘弁しろよ、神城さんから白宮長官ばりの闇のオーラ出ちゃってるから。
「あれは違っ、《黒き侍》が暴走し始めて、ギフトを失ってた俺をかばってブラック先輩が気を失ったんで、支えただけで」
バンッッッ。
神城さんが書類を机に叩きつける。
「どうでもいいことでギャーギャー吠えるな」
司令部がシンとなる。
でも、司令部全員の耳がダンボになっているのがなんとなくわかる。
みんな他人のゴシップって好きなんよね。でも、当事者になってみろって、相手が神城さんって、地獄で閻魔様に向き合ってるみたいなもんだぜ。
「青木、お前、黒木とのバトルでいきなり全力で《黄金の爆炎》を使ったらしいな」
「⋯⋯はい、まあ」
唾をごくりと飲みこむ。
とんでもねえ緊張感が漂っている。
これは嘘をついてもすぐばれるやつだ。認めるしかねえ。
「そして、《黄金の爆炎》は黒木の《呪いの王》に飲みこまれた」
「そんなこともありましたっけ?」
「あれほど、黒木にはギフトを使うなと言ったよな」
だから、あなたに見惚れて聞いてないんですって、と言いたいが、言えない。この空気感でそんなことを言ったらマジで殺されそうだ。
「アトラス司令部を爆破され、みすみす黒木を取り逃がし、裏切った花村すら取り逃がし、またまた《黒き侍》が暴走⋯⋯」
「姉さん、それは私の失態で⋯⋯」
ブラック先輩が必死でかばってくれようとするが、とりつくしまもない⋯⋯。
「カナ、お前は黙ってろ。お前とは後からゆっくり話す。今は青木と話してる」
「はい、すみません」
ブラック先輩、カナちゃんって言うんだ。
神城カナ。素敵な響きだ。
「素顔をさらしたカナに欲情して、新たな力《白銀の爆炎》を発動⋯⋯」
「いやっ、ちょっ、まさか報告書にそんなこと書いてないですよね。あの、ちょっとみせてもらっていいですか?」
神城さんがツカツカツカと俺の前に歩いてきて、報告書を俺の目の前につきつける。三行半をつきつけられるってこんな感じなんかな、とぼんやり考えながら報告書に目を通す。
そこには⋯⋯「ヒーロースーツを破壊され、素顔をさらしたアトラスブラックに欲情して、新たな力《白銀の爆炎》を発動⋯⋯」
⋯⋯まんま書いてある。
「てめえ、南方。お前、わざとやってるだろ!」
「動くな!!」
「はい!!」
勢いで立ち上がった俺の前にむくれっ面の神城さんがにらみをきかせて立っている。
気づいた時には、俺は目の前の神城さんを抱きしめていた。
これはもう仕方ない。脊髄反射ってやつだ。
「急になんだ、離せ、ケダモノ」
「神城さん、無事でよかった。本当によかった」
俺の涙に免じて、特別ボーナスをくれるようだ。俺は10秒だけ、神城さんを思いっきりハグした。ブラック先輩とは違う、とても魅惑的な香りが鼻腔をくすぐる。
その後、思いっきりビンタされた。構わない、女神とのハグに、こちとら命をかけている。ビンタくらいへでもねえ。
司令の席に戻った神城さんの瞳に少し光が戻った気がするが、気のせいか。
ふとブラック先輩をみると、思いっきり視線を逸らされた。
なんだ、この姉妹。どっちも可愛い過ぎるんだが。
「青木、お前のギフトは下心で強くなる」
一瞬、周囲がどよめく。
多分、みんな知らなかったんだろう。ブラック先輩も南方も、司令部みんなの視線が俺に集まるのを感じる。
なんってフザケたギフトなんだ、とみんなの視線が語っている。
そら、しゃーない。俺もそう思うよ。ただな⋯⋯。
「違う、純愛です。俺は愛の力で強くなるヒーローです!!」
愛の理論で押しきるしかねえ。
「《白銀の爆炎》」
「はい?」
「お前のギフトはランプに例えるとわかりやすい。お前のギフトにはまず電源がいる。そのコンセントは私に繋がっている。ヒーロー契約、忘れてないだろうな」
「も⋯⋯、もちろんです」
「そこから私への想いで光らせた電球が《黄金の爆炎》だ。その電球を黒木に抜き取られて、お前というランプは光らなくなった」
「なるほど」
自分のことをよくもまあそんな風に語れるよな、とは思うが。そこはまあ、さすが神城さんってことで流しておく。
「そこでお前はカナへの想いという電球を新たにランプにつけることで再度光り輝くことができるようになった、それが《白銀の爆炎》だ」
「わかりやすいです!」
「だろ」
神城さんが微笑む。それだけで周りに花々が咲き誇っているようだ。毎回ここで油断するのは俺だけじゃないはずだ。神城さん鉄板の落とし穴。女神の微笑みの前に心のガードを外さねえやつなんざいないだろう。
「青木、純愛を語る資格があるのは、1つの電球を大事にできるやつだ。お前みたいに電球をとっかえひっかえできるやつに、愛を語る資格はねえ! だから、お前のギフトは『下心』なんだ、バーカ!!」
⋯⋯ぐうの音もでねえ。




