21. 魔王の降臨
ちょ、待てよ。理解が追いつかねえ。
赤星さん、あの人、めちゃくちゃ笑顔の素敵な人なのに、どんだけ隠し事多いんだよ。
俺、もう人を信用できなくなっちまう。
「母は幼馴染みだったそうで、でもアトラスレンジャーに入り、国防に関わることになったときに離婚したそうです。危険な目にあわせるわけにはいかないから、と。ちなみに南方は母の実家です」
話しながら、南方は眼鏡をとる。すると、その顔には確かに赤星さんの面影があった。
「なるほど、な」
どうりで赤星さんに家庭を感じなかったわけだ。いつもトレーニングルームにいるイメージしかないし、仕事をしてる赤星さんしか記憶にない。
「黒木朔夜の呪いで、父は徐々にギフトを失いました。でも、《最強7大レアギフト》は7つ揃うことで世界の均衡を保っていると言われます。なので、世界から完全に失われることはないんです。父から失われていく力は、同時に僕に流れこんできました。ヒーローアカデミーに入学したものの、ギフトもなく、落ちこぼれだった僕のもとに」
「よかったじゃないか」
けれど、南方の顔は複雑だった。
「よかった、と割り切れればいいんですけどね。もともとできそこないだったやつが、とんでもない力を手に入れてしまって。コントロールもできないもんだから友人を傷つけてしまったり、アカデミーの建物を破壊してしまったり。いろいろありましたよ。嘘つきだのなんだの言われましたし。青春真っ暗ですよ。おかげでノーギフトでは絶対不可能と言われてた卒業試験も合格できて、はれてヒーローにはなれましたけどね。問題児のレッテルを貼られて、教師にも煙たがられて。挙句の果てに、就職先もなくて困っていたら、父が現れて、わけの分からない秘密結社に勧誘されて⋯⋯」
なんとなくこいつの性格がゆがんでる理由に共感できなくもない。
南方は机に置いていた眼鏡拭きで眼鏡をふきながら、「数年ぶりだったんですよ。父に会うの。もう一生会えないかもしれないって母に言われてたので、嬉しくなってしまって」と言いながら、眼鏡を再びかける。そのせいで、表情が読みづらくなる。わざとなのかもしれないが。
「バカですよね、素直に喜んで。でも、今思えば、みんな僕じゃなくて、僕のこの力を必要としてるだけなのに」
「そんなこと⋯⋯!」
言いかけて、ブラック先輩が口をつぐむ。
1ヶ月だけなんだが、ずっと一緒にいたんで、なんとなくわかっちまう。ブラック先輩は優しすぎるんだ。多分、赤星さんの想いをブラック先輩は知ってて、だから南方の誤解を解いてあげたいのだけれど、部外者の自分が首をつっこむことじゃないとかなんとか、ぐちゃぐちゃ考えてんだよな。
はー、どいつもこいつも。
「⋯⋯そうかもな」
「なっ⋯⋯」
何を言ってる、とブラック先輩の目が語る。
俺はその目をまっすぐに見すえる。
「赤星さんはいつも仕事のことしか考えてない仕事人間だからな。子供のことなんてカケラも聞いたことねえよ。でも、よかったんじゃねえの。とんでもねえ力を手に入れたおかげで、愛しのパパから連絡がきたんだから。あとはいいところみせて、ほめてもらわねえと⋯⋯」
パシィィッッ。
思いっきり平手でぶたれる。
なんか最近こんなことばっかりしてる気がする。
大人しそうに見える人ほど意外とキレやすいんだよなー。もうちょっと語る予定だったんだけど。
⋯⋯まあ、しゃーない。
目の前でボロボロ泣いてるブラック先輩の顔を見たら、これ以上煽れない、わな。
ブラック先輩は南方の方に顔を向け――俺からは見えないけど――多分そのまま真っ直ぐ南方の瞳を見すえているはずだ。
「駆くん、こんなこと私が言うことではないのだけれど、赤星さんは心の底から奥さんと君を愛してるんだよ。君たちにヴィランの手が絶対に及ばないように、普段君たちのことを話すことは決してなかった。でも、一度だけ私と司令にだけ、本音を話してくれたことがある。妻と子供に会いたい。駆くんが赤ちゃんの頃、自分の指をつまんだ小さな手が忘れられない。家族が平和な世を生きられるように、俺は命をかけるんだって。そのために赤星さんは多分一生二人に会わないつもりだったんだと思う。けれど、黒木の呪いの力によって、駆くんに力が渡ってしまった。そのことは私にも責任がある。《不死鳥の流焔》は《最強7大レアギフト》。その力を受け継いだ以上は世界各国から狙われる。だから、赤星さんは生涯の誓いを破って、君の前に姿を現したんだ。君がその力をうまく使いこなせるように。⋯⋯赤星さんはきっと言わない。多分、言えない。君が父親を必要としていた時に、側にいてあげられなかった負い目があるから。でも、君には知っていてほしい、どれほど深い愛に君は守られているのか。そして、君に力が渡ってしまったことを後悔しつつも、もう一度君に会えたことを、どれほど赤星さんが喜んでいたか」
そのときの光景が目に浮かぶ。
赤星さんはきっとすごーく普通に、「ようっ、駆」って呼びかける。
南方が感情を処理できないうちに、南方に近寄ってきてギュッと抱きしめちまうんだ。
そして、「すまない、すまなかった」って、先に言っちゃうもんだから。南方の性格だと、素直に対応できなかったんだろうな。事務的な対応しかできなくて、心が詰まっちまってたんだ。
だからまあ、よかったんじゃねえの。
南方は俺たちに背を向けて、肩を震わせていた。
泣け泣け、感情なんて詰まらせておくもんじゃねえ。全部流しきって、そして、ようやくまた先に歩みだしていけるってもんだ。
そんな南方の姿を見て、ブラック先輩もまた感情があふれて、涙が止まらなくなっていた。
そんなブラック先輩が可愛くて、可愛くて。
俺は思わず彼女を抱きしめていた。
ブラック先輩は何も言わず、なされるがまま。全身に力ははいっていたが、イヤがる様子はなかった。
これは⋯⋯いける!?
甘い香りに頭がおかしくなりそうで、俺はそのままブラック先輩の顔にゆっくりと自分の顔を近づけていた。
「青木⋯⋯くん⋯⋯」
そんな矢先だ。
どこぞにある扉がゆっくりと開く。
うす暗い部屋の中にまばゆい光が差す。
光の中に見慣れたシルエットが現れ、「ほぉ」と言う。そのままツカツカと部屋の中に入りこんでくる。
俺は恐怖で体が硬直して動けない。
「ちょっと見ない間にずいぶんと仲良くなったもんだな」
「かっ、かか、神城さんっ、これはちがっ⋯⋯」
笑っているようで全然目が笑っていない。
魔王が降臨された。




