16. 白き太陽、黒き新月
舞台の照明を浴びて、白いスーツが光輝いていた。ヒーロースーツではない、高価そうなただの背広だ。白いネクタイもしめている。
スーツを着ていてもわかる、完成されたヒーローの頂点たる膂力。生まれつきだというトレードマークの銀髪をオールバックに固めている。そこにいるだけで迸る最強たる存在の威圧感。
だいぶ距離があるのに、敵に回すとなんて恐ろしい人なんだろうと思う。劇場内は空調で冷えこんでいるのに、手に汗をかいている。
俺もヒーローになったときに、免許をこの人から手渡しでもらった。俺の免許にも、彼の名前が書かれている。
ヒーロー省長官 白宮英雄、と。
舞台の上から、白宮英雄が俺たちを指さしてくる。
「君が新たなアトラスブルー、か。ガイアレッドの速度に追いつくとはね。ノーマークだったが、なかなかやるね。そして、アトラスブラック、久しぶりだね。最後に会ったのはいつだったかな?」
「7年前。⋯⋯裁判所だ」
「そうだったな。あのとき、せっかく生かしてあげたのに。また楯突いてくるとは、愚かな」
「生かしてあげた⋯⋯、貴様、何様のつもりだ!」
《黒き侍》が白宮英雄に音速の太刀を振るうが、白宮の目前で凍りついたかのようにその太刀は動かなくなる。
「君のスキルで、私を傷つけることはできない。あのとき、そう決めただろ。忘れちゃったのかい」
「うおおおおぉぉぉぉーーー」
ブラック先輩自身が白宮英雄に殴りかかるが、白宮の拳で易々と跳ね返される。腹部を殴られ、ブラック先輩は一階席の半ばまで吹き飛ばされた。
「ブラック先輩!!」
嘘だろう。
ブラック先輩がまるで赤子のようだ。
しかも、生身でヒーロースーツを着ているブラック先輩を殴り飛ばすなんて。
《時間跳躍》など、この男にとってはオマケみたいなもんなんだ。もともとの身体能力が超人じみてる。
白宮家――世事に疎い俺でも知ってる。生まれついての生粋のサラブレッド。ヒーローの柱になるべくして生まれてきた男。《最強7大レアギフト》を代々引き継ぐ名家だ。
「動くんじゃない」
目で威圧されただけで、身体が硬直する。
次元が違え。
動いたら、その瞬間に殺される。体調が万全でも勝てるイメージが全然できねえ。赤星さんと相対したときと一緒だ。ましてや満身創痍の今、悔しいが俺の今の死力を振り絞っても傷一つつけられないだろう。
「君はもともと豊橋のダイレンジャー出身だったな。ここがどこだかわかるかい」
さっきからなんとなく気づいてた。
昔から幼稚園やら学校やらの行事で、ここには何度も来ている。家族で劇団の観劇に来たこともある。豊橋の人間なら知らない人はいない。
最近は豊橋駅の隣にできた穂の国とよはし芸術劇場プラットという劇場の方が新しくて有名だ。だが、豊橋で育ったものなら、昔なじみのこちらの劇場の方が愛着がある。
「勤労福祉会館⋯⋯、今は名前が変わって、確か、あいプラザ豊橋」
「正解だ。こういう歴史のある劇場というのも風情があっていいものだ。私個人としては好きなんだが。壊してしまうのも惜しいね」
壊す? そんな話は聞いていないが。
「ここはね。神城レミくんにとっても大切な場所なんだそうだ。豊橋育ちなら、わかるだろう? 家族との思い出がつまっているのかな?」
そりゃそうだ。豊橋出身で、この劇場に来たことのない人の方が少ないはずだ。豊橋市公会堂と同じ、豊橋の人間にとってはシンボルのような建物。
ん、ちょっと待て。今なんつった!?
「神城さんが豊橋育ち⋯⋯!?」
「そうだ、知らなかったのかい。彼女は高校まで豊橋で育った。国防を担う御三家――我が白宮家、ガイアレッドの出身である北条家、そして彼女の神城家。神城レミくんはその神城家の分家に生まれた。けれど、ある事件をきっかけに彼女が《最強7大レアギフト》である《未来予知》を有していることが発覚してね。神城家を継ぐために、東京の本家に引っ越し、そこからアトラスレンジャー司令まで駆け上がったというわけさ」
今までこんなにお偉いさんの講釈を真面目に聞いたことはない。だってそうだろう。俺の知らない神城さん情報満載だ。敵だろうとなんだろうと関係ねえ。神城さんは俺の全てだ。神城さんのことを教えてくれるっていうのなら、一言一句写経する勢いで聞いてやるぜ。
ってか、神城さんが同郷だったなんて。もはや、幼馴染みと言ってもあながち間違いではないのでは!
「彼女はね、私の許嫁だったんだ」
アメコミばりに目ん玉飛び出るとこだった。
急に何マウントとりにきてやがんだ、こいつ。
幼馴染み設定を余裕で上回ってきやがって。
家柄ですか? そういうの、なんかいいとこのお家は気にしますもんね。
御三家同士の許嫁、ありそうな話だ。
どんだけループしても、神城さんが俺の許嫁になる世界線なんか見えやしねえ。
けど、なんだろう。いまいち腑に落ちない。
「あの、質問なんですが、俺には神城さんが許嫁なんてカワイイところにおさまるタイプにゃ見えないんですが」
これがどうやら白宮長官の逆鱗に触れたようだ。
長官の周りの温度が急に冷えこみ、全身に電流が流れたかのように、銀髪が逆立った。
「その通りだ。可愛らしい見た目に反して、どの世界でも彼女が私に嫁ぐことはなかった。どころか、常に私に反旗を翻してきた。まさに狂犬、だな。白宮家当主の私に、神城家とは言え、分家の小娘が⋯⋯」
えれえもんを叩き起こしちまった。
その形相はまさに阿修羅のそれだ。
「はじめは彼女を愛そうとした。だが、彼女はいつも私の邪魔をする。あの忌々しい《未来予知》の力で。その後、何度も何度も《時間跳躍》を繰り返した。何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。それこそ気の遠くなる時間を彼女に費やしてきた。俺の人生何周分もだ。そこまでしても、彼女が私に心を開くことはなかった」
まあ、だろうね、と思う。
上からどれだけ手を差し伸べられても、噛みつく神城さんのイメージしか浮かばねえ。
「もう彼女を手に入れるのは諦めた。私を否定したければするがいい。ならば、こちらも容赦はしない。ぶっ壊してやろうと思ってね。彼女の大切なものは全部片っ端から粉々にしてやるんだ」
白宮英雄の雰囲気が変わる。全身をまとうオーラが神々しい白のオーラから、禍々しい黒いオーラへと変貌する。
トレードマークの銀髪が黒く、そしてボサボサの長髪へと変わる。
一見優しそうだった目は釣り上がり、紅く光る。
「いけねえ、いけねえ。ヒーロー省長官が闇を見せちゃいけないな。毒をはくときは、こちらの姿でいなきゃあなぁぁぁ」
神城さんに聞いてはいたが、目の前で変貌をみると度肝を抜かれる。
白宮英雄はヒーロー省長官としての表の姿。
人生を繰り返す中で、白宮英雄の中に淀みが徐々に溜まり、別の人格を形成するに至ったのだろう――神城さんからはそう聞いている。
その裏の顔は、日本を牛耳るヴィランの親玉、黒木朔夜。
どちらが表に出るかで、顔や体つきも変化するらしい。確かに先ほどまでより、やや手足がほっそりとして残忍な蛇を思わせる風貌だ。放つオーラも先程までの眩さはどこへやら、禍々しい闇のオーラだ。見ているだけで吐きそうになる。
「俺が本気になれば、神城の誇るアトラスレンジャーを潰すのなんてわけなかったぜぇ。ここまですれば大人しくなるかと思ったが、また立ち向かってくるとは。驚きを通り越して、あきれるな。⋯⋯さて、殺すか」
どうする、神城さん!?




