12. テレビの向こう側の戦場
「ヴィランを確認しました! 遊園地前、すぐ近くです」
イヤホンからアトラスピンクこと花村桃ちゃんの甘い声が聞こえる。
このままずっと聞いていたい。が、状況が状況なのでそんなのんびり呆けていられねえ。
俺は慌てて、ダイレンジャー時代のヒーロースーツを身にまとう。アトラスレンジャーの装備ほどではないが、それなりの物理耐性や筋力増強作用はしこまれている。ヘッドギアをつけるとゴーグルを通して、指示画像が送られてくる。
監視カメラ映像なのか、自前の衛星画像なのかわからないが、わりと鮮明な画像で、ヴィランのいる位置のナビが開始される。
それに合わせて、桃ちゃんの指示が矢継ぎ早に伝えられる。
「誰か人質になってます。急いで会敵してください」
「ラジャーっす。新生アトラスレンジャーの初出動っすね」
ここ豊橋動植物園、通称のんほいパークにヴィランが現れることは、神城さんの《未来予知》で事前にわかってた。
ただ具体的な日時まではわからないため、ヒーローショーに潜りこみ、その時を待っていたのだ。
しかし、もう人質がとられているとは。
建物の陰から、遊園地前を覗き見る。
いたいた、いかにもヴィランといった常人の3倍はありそうな巨人だ。俺と同じ《物理強化系ギフト》だが、俺が《蒼の爆炎》をまとって戦うのに対し、このヴィランは肉体そのものを強化するタイプだ。俺の力のほうがいろいろ小回りがきくが、単純な力勝負となると、相手のほうが一枚上手とみた。
ただこちとら神城&赤星のスパルタ教育で経験値爆上げしてるんでね。俺はまず《蒼の爆炎》を脚部に集め、《速度強化》をかける。あっという間にヴィランの懐に入ると、両腕に《蒼の爆炎》を移し、《攻撃強化》に一気にふりきる。
「てめえみてえな、脳筋バカに負けるわけにはいかねえんだ。こちとら、頂点まで駆け上がらなきゃなんねえんだからよ」
関節を極めて、一瞬の隙をつき、人質を奪い返す。そして、再びその場から《速度強化》をかけて過ぎ去る。トロいヴィランから見たら、見下ろしたら人質がいなくなってたくらいの動きのはずだ。
人質の様子を見ると、さっきのヒーローショーでブルーレンジャー役をしていたバイトだった。偉そうに俺に啖呵きってた奴だ。
おいおい、ヒーローになるまでの道のりは遠そうだな。ビビって完全に失神してやがる。
「人質は大丈夫っす。ブラック先輩、やっちゃってください」
「よくやった」
ブラック先輩にほめられると素直に嬉しい。
ブラック先輩の影が陽炎のように揺らめいたと思ったら、甲冑に覆われた剣豪が現れる。
《黒き侍》だ。
刀に手をかけたと思った、次の瞬間。
瞬きをする間に、ヴィランの向こう側に音速で駆け抜ける。まさに一瞬の抜刀。
多分切られたことに気づいてもいないだろう。
ヴィランはゆっくりと地面に突っ伏した。
俺とやったときなんて、全然本気じゃなかったんじゃん。
ブラック先輩……、怒らせちゃダメな人だ。気をつけよう。
パチパチパチ、と戦場には似合わない拍手が響く。
「けっこう強いヴィランのはずなんだけどな。相変わらずお強いことで」
細目で柔和な笑顔を顔に貼りつけた男がいつの間にか、倒れたヴィランの横に立っている。
「あれ、俺見ても、驚かないね。視えてたのかな?」
その通りだ。
神城さんの《未来予知》でこいつが現れるのもわかっていた。
ヴィランの出現場所には、当然ヒーローが現れる。
むしろ、こいつのほうがメインターゲットだ。
ただこれほどの大物が現れるとは……。
どう考えたって、罠だとはわかっている。それでも、この場所にこないという選択肢はなかった。
現在、国防を担う白宮英雄の率いるガイアソルジャーのリーダー、ガイアレッドこと北条新。
かつてアトラスブルーを名乗っていた男。
アトラスレンジャー崩壊の一因となった男だ。
*
「アトラスレンジャーが負けた要因は3つある。一つ目は白宮英雄の《時間跳躍》の力に、私の《未来予知》が負けたこと。二つ目としては、《黒き侍》の暴走。そして、決定的だったのは、アトラスブルーが裏切ったことだ」
豊橋市役所のワンフロア。
秘密結社『アトラス』の会議室。
その円卓を囲んでいるのは、俺と神城さん、サムライブラックと花村桃ちゃんだ。
2対2の合コンみたいっすね。と思ったが、とてもそんなことを言える空気ではなかった。
「あの日、東京でヴィランによる同時多発襲撃事件が起こった。私たちは他の戦隊に協力を要請し、各自分散して防衛に当たった。はじまりは渋谷のスクランブル交差点。《未来予知》にて事件発生は分かっていたので、アトラスブラックを出陣させた。東京スカイツリーにはアトラスブルー、レインボーブリッジにはアトラスイエロー、そして東京都庁舎にアトラスレッド。それぞれが補い合えるように、アトラスピンクに全方位補助を指示していた。指定したドアを通れば、危機的な状況の現場に、すぐに誰もが向かえるようになっていた。その全てが仕組まれていたんだ。おそらく他の世界線で、幾度となく同じ戦いを白宮英雄は繰り返していたんだろう。奴にとってはすでに手慣れたゲームだったんだ。全てが後手に回った」
確かに、東京同時多発襲撃事件――通称、東京スクランブル、は俺でも覚えてる。まだ俺はアカデミーに入学したところだった。
テレビにかじりつくように観ていた。
テレビの向こう側の戦い。それはまるで映画のワンシーンのようで、俺はただヒーロー達の戦いに憧れた。
でも、その頃すでに神城さんは、テレビの向こう側の世界で、悪と、ヴィランと、傷だらけになって戦っていたんだ。
「特に東京都庁舎がひどかった。一人も犠牲者がでなかったのは奇跡だ。けれど、アトラスレッドこと赤星猛は都庁舎から身動きがとれず、全ヴィランを打ち負かした後、力尽きた。アトラスレッドの活動限界を上回る戦力を投下してきたんだ。渋谷スクランブル交差点での決戦では大勢はアトラスブラックの勝利となった。残りの小競り合いは他の戦隊に任せ、ブラックは戦闘力の劣るアトラスイエローの戦うレインボーブリッジへ向かった。今思えば、それすら敵の誘導だったのだろう。そこから先は……、話せるか?」
神城さんはブラック先輩へと視線を向ける。
そのときを思い出すかのように、俯いていたブラック先輩だったが、意を決したかのように顔を上げ、立ち上がり、窓の向こうにあの日の戦場があるかのように彼方を見つめ、語り始めた。
俺の知らない、戦場の真実を。




