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一話

 俺の名は羊野ひつじの春綺はるき。国立国際指定超自然的能力保持者専門西地区第三のうりょくしゃ高等学校一年生。入学してから二ヶ月ちょい。長ったらしい学校名だな、と見るたびに思う。


「いつからか、この世界には所謂いわゆる能力者が現れ始めました。火を操ったり、物を浮かせたり、雷を降らせたり。


 個人個人によって有する能力の社会的影響も違いますが、大なり小なり合わせて、大体全人口の0.1%がそれに該当するから、この国ではおよそ十二万人が能力者ということになりますね」


 社会の授業は俺らに関する事柄だった。先生はホワイトボードに文字を書きながら語る。


「その存在が認知され始めてから、世界はかなりの変貌を遂げました。政治、スポーツ、戦争、文化……様々なものに能力者は関与し、そのまま世界を牛耳るかのように思われました


 しかし、一般人の立場もありました。能力者ばかりが権力を握るのは、平等ではありません。故に、少しのいさかいの末、能力者の処遇を国際規模で取り決め、能力者団体も『身の安全を保証』という条件のもと合意


 そして、能力者と一般人は対等に、共存していく社会が作られてきました。ここまでが、1900年代……」


 退屈な授業だった。何が共存していく社会だ。一般人からの視線は厳しい上、能力者同士ですら共存なんかできていないのに。


 今朝テレビで見たニュースでやっていた事件だって、証拠もないのに能力者のせいではというふうな論調のやり取りが繰り広げられていた。


 その時、チャイムが鳴った。授業からの解放かと思ったが、時計を見てもまだ時間ではなかった。


「……佐伯さえきくん。先生の耳はごまかせませんよ」


「……ちっ。騙されねえか」


 いかにも柄の悪そうな佐伯は悔しそうに呟く。確か彼の能力は『どんな音も声で再現できる』だったか。使い勝手の良さそうなことで。くすくすと笑い声が起こる教室の中で、俺は内心ため息をついた。


 こんなふうに、この高校では能力者しかいないのだ。


 やがて本物のチャイムが鳴って、俺らは昼休憩へと移っていく。弛緩した空気が開けられたドアから漏れ出て、廊下も騒がしくなっていく。


 俺は席を立って、そんな居座りづらい場から離れる。廊下で誰かとすれ違っても、笑われるばかりでいいことなんか何もない。


 笑われる理由。それは俺の能力にある。


 能力者が集まるこの高校で、保持する能力はイコール校内での立場となる。


 教室でも人気者なのは『炎を自在に操れる』だとか『姿を認識されなくなる』だとかの便利で強い能力を持つ者だ。


 そしてそんな場所からあぶれるのが俺みたいな、能力とも呼べない能力を持つ者だ。俺らは一般人からは邪険に扱われ、忌避される。そして能力者世界では見下され、笑われる。そんな板挟みに遭う運命にある。


 俺は学生証を取り出して、そこに記された自分の能力を見る。なんだよ『食べ物の情報がわかる』って。大体裏に記載してあるだろうが。無人島に遭難しねえと使わねえよ。まあ実家では大活躍だけど。いまだに母ちゃんから『これ食える?』って文言と共に腐りかけの残り物の写真が送られてくるし。


 あとこの能力のせいかおかげか、何か食うのは好きになったが。逆に邪魔されると躊躇ちゅうちょなく相手をボコボコにするくらいに。


 そしてもう一個能力があるにはあるが、そっちは内容は良しとして別部分にカスっぷりがある。しかもこの能力の詳細は他者に知られたら意味をなさなくなる。だから隠している。余程のことがない限り使えない切り札みたいなもんだ。

 あと、二つ能力を持ってる存在、通称アマデウス——祝福されし存在——は能力者の中でもかなり珍しいからバレたくないというのもある。親にだって、学校にだって言っていない。最低限それができる能力ではあるからな。これを知っているのは……、知ってるのは……。誰だっけな。


 おほん。まあとにもかくにもそんなカス能力を二つも持った俺は、いつも行く三階の空き部屋に向かっていた。かつて相談室として使われていた、六畳ほどの部屋だ。一人になれる場所の方が、好奇の視線に晒されなくて済む。


 そう思って、見慣れたドアを開けた。


「え?」


「あ?」


 そこには見慣れない女子がいた。昨日までここには誰もいなかったのに。

 そいつは椅子に腰掛け、昼飯を食おうとしていた。


 その姿を視認して固まったきりの俺を見て、鼻をすんすんと鳴らすなり、彼女は問うてきた。


「……なんか困惑してる?」


「……ご明察……誰だお前は」


 感情を当てられ、俺はそういうタイプの能力者か、と悟った。鼻を鳴らしたことから、匂いから分かる、だろうか。能力としては弱いな。きっとこいつも教室に居づらくて逃げてきた口だろう。


「あ、えっと、私は鷹崎。鷹崎たかさき李紅りく。一年C組です」


 おさげにした茶髪をいじり、鷹崎たかさき李紅りくは軽くお辞儀をしながら言った。


「そうか……お前も、か?」


「え?」


「お前も教室が嫌でここに来たのか?」


「んー、まあそんな感じ」


 にへらと笑って、鷹崎は誤魔化すように言った。俺らは想像通り同族だった。能力者からは見下され、一般人からは冷ややかな視線を浴びせられる、そんな同族だ。


「そうか」


「あ、もしかして邪魔だった? それなら出ていくけど」


「いや、いい。早い者勝ちだ。俺の方が出ていくよ」


 そう言って振り返り、後にしようとしたが。そんな背中に声がかけられる。


「あの……」


「あ?」


「もしよければ、一緒に食べませんか?」


「いや食わねえけど……」


「え、即答!? えっと、でも……私……そう! 友達が作りたくて!」


 鷹崎はもじもじしながら言った。俺を友達にすると碌なことにならんぞ。対応クソほど悪いし、愛嬌もないし。そもそも俺的には、友達という存在をいらないとすら思っている。


 ただそういうふうに言ってくれる人間を無碍むげにできるほど腐っているわけでもない。どうせ今日だけの間柄だろうと見当をつけ、俺は振り返る。


「わかった。が、全然面白い話はできないぞ。あと、食事の邪魔はすんなよ。した瞬間終わりだからな」


「……! やった!」


 その子は小さくガッツポーズして、コンビニで買っただろうパンを開け始めた。やれやれ、なんて思っていたのも束の間、俺はそれを見た瞬間に彼女に対して告げる。


「それ、食わない方がいいぞ」


「え?」


「貸してみろ」


 彼女の手から半ば強引にそれを奪い取ると、該当箇所を千切る。そこに現れたのは、裁縫針だった。能力で読み取った情報と一致していた。


「やっぱりか」


「嘘……なんで」


「誰かのイタズラか、或いは悪意を持った誰かが、ってところだろうな」


 その俺の推測に、彼女は口を押さえたのちに、頭を振って感謝の言葉を述べ始めた。


「……ありがとう。君が止めなかったら、私怪我してた」


「いや、別に俺は……」


「そういう能力なの?」


「まあ、そうだな。こういう特殊な場面じゃないと役に立たない、カスみたいな能力だ」


 こんな能力だと知られるのが恥ずかしくて、つい謙遜を飛び越えた自虐をしてしまう。


「あ、恥ずかしがってる」


「感情を読める能力か知らんがやめてくれ」


「嫌がってる」


「やめれ」


 彼女はくすくすと笑っていた。どうも調子が狂うな。俺は首を軽く掻いた


 買った菓子パンに視線を落とす。八本入りだ。そこから半分抜き取って、袋に入った残り四本を彼女に向けて差し出した。


「やる」


「え、いやいや、そんな……」


 と言ったところで、ぐぎゅるるると腹が鳴る音が聞こえた。気まずい沈黙が二人の間に生まれる。


「……あはは。えっと、いいの?」


 少し顔を赤くして、誤魔化すように苦笑いを浮かべて鷹崎は問うてきた。


「ああ。食うもんないだろ?」


 チラリとそのパンを見やる。針が入っていた物を食うのは抵抗があるだろうしな。勿体無いから針は取って、後で俺が食っておこう。※スタッフが後で美味しくいただきました。じゃねえんだよ。


「安心しろ。やばいもんは入ってない」


「何から何まで……ありがとう、えっと……」


羊野ひつじの


「え?」


羊野ひつじの春綺はるき。俺の名前」


「じゃあ……ありがとう、ひつじくん!」


「まあ、なんでもいいけど」


 手近にあった椅子に座り、俺らはそれを食べ始めた。いつもと異なり、二人で食べる菓子パンは味が普段と違う……こともなかった。こちとら食べ物が情報として伝わってきてんだよ。そのせいで感慨にふけることなんか許されないんだから。



×



 二人して昼飯を食べ終え、階段を降りる途中でそれじゃと言って別れた。鷹崎の在籍するC組は一階にあり、俺が在籍するD組は二階にある。


 まあなんにせよ、一人の女の子の怪我を未然に防げたのは良かった。この能力、数日経過した食べ物が食えるかどうか分かる以外に使い道あったんだな。


 その時、俺の脇腹に鈍い痛みが走った。


「おっと〜。地味すぎているの気づかなかったよ〜」


 そんな不快なセリフと共に、脇腹を強めに小突かれた。こんなのは慣れてしまっている。能力が弱い人間に、平凡に生きる権利なんかないのだ。


 無言のまま立ち去ると、下品に笑う声が背中越しに聞こえる。


 俺に関していえば能力関係なく、昔からこんな扱いを受けることはよくあった。だから現状に不快になることも、不満を募らせることもない。


 ただ……昼休みに会った彼女のことを思うと、少し気がかりだった。こんな境遇に、彼女はいないだろうかと。こんな俺とは違って、優しそうな、人の良さそうな彼女のことだ。目をつけられたりして、そして、


 ——嫌な気持ちになっていないか、と。


 なんで彼女のことを心配しているのか分からなくなって、俺は頭を振って余計な考えを霧消むしょうさせた。

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