夜明
視界が開ける、最初は光。次第に色、線、奥行き。それでもぼやけた視線に焦点があったとき。そこは見慣れない高い天井だった。
ゆっくりと体を起こす、壁の隙間から優しい光が差し込んでいる。目が慣れてくると、自分が寝ている場所が床より少し小高い場所であることが分かった。周りには果物やひなびた料理などが供えられるように置いてある。いや、供えてあるのだ。ここは社。敗者が供えられ。勝者が舞を踊るために建てられた神のための建物。
そっと自分の首元に手をやる。私は明に首を絞められた。そして気を失って負けたんだ。
「折原…」
呟いて祭壇を降りた。壁の隙間からは優しい光が線を描いて差し込んできている。
あたりに明の姿はない。
私を東京に連れ出してくれると、明と一緒にこの村を出してくれると、そう。折原は言った。
まさか、置いてかれたのか。結局私は利用されただけなのか。
駆け出し、扉に手をかけるが、開かない。何かがつかえているようだった。
「やだ……やだ…置いていかないで…」
涙を堪えて、全体重をかけて扉を押す。
鈍い音を響かせながら、ようやく外への隙間があいた。その、隙間に体を捩じ込ませ、やっとの思いで外に出る。
体が全て出たところで、バランスを崩して転倒した。妙な体制で飛び出したせいでろくに受け身もとれず地面に顎をうつ。恨めしく睨んでやろうかと振り返る。
そこにあったのは従兄だった。
がらんどうの目をした従兄の服は浅黒く染まっており、切れ目があった。その中身を凝視しないうちに顔を背ける。でも一瞬でも見てしまったそれに吐き気が湧いてでる。胃の奥からこみあげてきたものを地面に逃した。
口を拭い、改めて周りを見渡し。愕然とした。従兄だけではない。何人も、何人も社の周りで人が倒れている。
皆の瞳に、生は宿っていない。
ゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩く。目的地もないまま、村の中心まで歩いていく。
途中に、祖父母の姿もあった。
血を流し、ただ倒れている。
嫌いだと思ってた家族の死も、その屍を見つけた途端、涙は溢れてきた。
縋りついて泣いてみたが、冷たくなった体に熱が戻ることはなく、ひとしきり泣いてから再び歩み出す。
一体自分が寝ている間に何があったというのだろうか。
誰か、誰か生きている人間はいないのか。
ただひたすら、村を見てまわる。
行けども行けども屍ばかり。
祭りの会場までたどり着いた時。
あいつはそこにいた。
神楽の舞台で折原が座っていた。血まみれの折原は明を抱きしめながら、ただ茫然と一点を見つめている。
「あっ、あああ……」
神楽の舞台によじ登り、そっとその肩に触れる。他とは違う弾力。
「あっ…あの。折原…さん」
肩を揺さぶっても、返事はない。
恐る恐るその手に触れる。温かった。
温かい。生きている人間がいた。その事実に涙がボロボロと溢れ出た。
「折原さん!折原さん!」
しかし、折原が返事をすることはなかった。
彼の腕の中にある明にはすでに息がない。その傍には鞘のむけた御神刀が転がっている。赤黒く染まったそれが、この惨状の凶器であることを物語っていた。
「折原さん。なにあったの?一体何が……」
何度も語りかけた、時に罵倒してみた。無理に舞台から引き摺り下ろそうとした。
それでも折原は明を抱きしめたままうんともすんとも言わず。この場所から動こうとしない。
どれくらいその場にいただろうか。
もう彼は壊れている。そう見切りをつけるのには随分と時間がかかった。
そうして、一人。道なき道を歩いていく。
行く当てはない。ただあの腐敗臭の漂い始めた村に残っている理由がなかっただけだ。
どれぐらい歩いただろうか。森を抜け、山を下り、ひたすら歩いた。あてもなく、夜になっても、歩みを止めない。足のマメも潰れ、もう限界だとその場に寝転んだ。
しばらく転がっている。頭はぼんやりとせるだけで、少しの思考もしてはくれない。
動けなくなってからどれぐらい時間がたっただろうか。永遠とも思えるその時間に終止符を打ったのは、頬に伝わる小刻みな揺れだった。
地震でも置きのかと目だけを開くと、そこには見たことのない黒い怪物がいた。
怪物の腹の中から、誰かが慌てた様子で出てきた。ああ、これが自動車というやつだ。前に写真を見せてもらったことがある。
本当にあったんだなぁ。
東京には自動車。たくさんあるのかなぁ。
それ以上もう何も、考えたくなかった。




