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伝染呪  作者: にょん
22/28

殺意

 もう何度目かの新月の夜。

着慣れてしまった白い装束に袖を通す。

「とても別嬪さんだよ」

祖母のお決まりのセリフ。お決まりのニヤケ顔。まぁ少し。その額に刻まれた皺が深くなった。そっと手を伸ばし、その皺をなぞる。

 祖母は私の手をのけると「どうしたの?」と不思議そうに、でもどこかおかしそうに笑っていた。

 昔は好きだった祖母。今は私はこの人をどう思っているのかわからない。嫌いなのだろうか。好きではないのだろうか。ただ、もうこの晩以降。この人と会うことはないと思うと寂しい気持ちにはなった。

「なんでもない」

 祖母に手を引かれ、舞台への道を歩く。大嫌いなこの村も、もう戻ってこないと思えば切ない感傷に浸れるのが不思議だった。

 すでに昼のうちに、折原は社に待機している。彼の滞在している部屋には丸めた布団が掛け布団を被っている。体調不良で一日中伏せっているという設定だったが、そもそも今日は村祭りで忙しい。部屋の中まで確認にいく暇もないし、部外者の折原は祭りに参加はできない。祖父母たちにとっては都合良い話だ。故に掛け布団がめくられることはない。

 あとは私が、明を下して。真夜中に社を抜け出せばいい話なのだ。

 座敷牢で痩せ細った女など、簡単に殴り倒せることだろう。

 神楽の舞台に出る。松明で虫の焼ける匂いが香ばしい。炎の向こう側には黒い影があった。 

 影はゆらりと揺れている。黒い装束を着て、顔を薄布で隠した明だった。こちらを見つめているようだった。

 怪我でもしているのか、明はずるりと足を引きずりりながら近づいてくる。

 私はそれをぼぅっと眺めていた。まだ開始の合図はなかったから。

 ざわめていた会場がその様子に静まり返る。

 うー。うー。と低い音が聞こえた。何かと耳を澄ますと、それは次第に大きくなる。

 その音は声だった。

 ゆらゆらと近づいてくる明は低い唸り声をあげている。

 その異様さに呆気に取られていると、明は眼前まで迫っていた。

 明の右手がゆっくりと上がり、振り下ろされる。顔の薄幕が捲りあがる。そこには、歯を剥き出しにし、目を見開いた明の顔があった。

 殺される。脳天に向かって降りてくる木刀を咄嗟に後ろに飛び退いて避けた。振り下ろされた木刀の切先が神楽の舞台にささった。

 一体どれだけの力で刺したのだろうか。これを明は私の脳天を狙ってやったのか。

 冷や汗が背中を伝う。明は刺さった木刀を引き抜くと、ギラリとした目をこちらに向けた。

 しんと鎮まっていた神楽に堰を切ったような太鼓が鳴り響く。噛みながら、早口ともとれる速度で、祝詞が唱えられた。

 明に合わせるために遅れてきた開始の合図。

 明は唸り声から一転、甲高い悲鳴のような奇声を上げると、神を振り乱しながら狂ったように木刀を振り回す。

 息を整え、それをいなした。

 私に向かってくる殺意が乗った剣戟。

 でも、晴太のとは違う。あいつのは、もっと研ぎ澄まされていて、鋭かった。いなすだけで息が上がった。でも明のは違う。鈍く、一つ一つだって軽い。狂った獣のような危うさ。

 だから、かわすことは容易であった。

 一つ一ついなしていき、明の木刀を弾く。天に舞った木刀は神楽の外を出て、群衆の中へと落ちていった。

「やった。勝った!」

 あとは、明を気絶させるだけ。

 群衆から視線を戻した時。眼前には、明がいた。あっ、と思った時には遅かった。私は馬乗りにされ首を絞められていた。

 明の白い肌に爪を立て、足をばたつかせ、身を捩り、握ってていた木刀で力の限り明の背を叩くが、その手をが緩むことはない。

 視線を縦横無尽に動かして、木刀を握ってない方の手で助けを求めるが、誰も動こうとはしてくれない。みな、呆気に取られていたのだ。そしてそれでも動こうとしている誰かたちをあいつが止めていた。

「おぼ…ろ…」

 手から木刀が溢れる。視界が狭まり、私は闇に落ちていった。

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